セベルノヴァのうわさ
王宮でおしゃべりしてご飯をごちそうになって、それからちょっと気になってしまったので。
ハコは今のセベルノヴァについて詳しそうな人に聞こうと冒険者ギルドを訪れていました。
この冒険者ギルドは冒険者を受け入れる窓口であり、依頼が行きかう集会所であり、情報が飛び交う酒場のようでもあります。
酒場のよう、というのはギルド内での飲酒が禁じられていますので少し違うのかもしれませんが。
ともかく冒険者ギルドで話を聞くこと自体は簡単にできますので、帰りに少し寄ってみようと思ったわけです。
「おいおいおいおい!なんだァこのガキはァ?」
思っていたわけですが。
「
なんとも可哀想な人たちに絡まれてしまいました。
このギルド、いえこの国でウラガーヌとその関係者に絡むような人はいないというのに、いったいどこから来たのでしょうか。
「えー、貴方たち……」
「カッコだけのウスラトンカチは黙ってなァ!おい、なんとか言えよクソガキ!」
「ダメダメ、怯えちゃって声も出ないよ。借りるよ?借りるからね?」
へらへら笑う2人の男たちに困った顔を向けるギルドマスターさん。
苦労してますね、心中お察しします。
「ハコくん、飛ばして良いよ」
「【夢追イ狐ハ空ヘト眠リ・スベテハ嵐ノ前触レ成リテ】ほらヒヨコ」
ハコ、受付のお姉さんに言われて間髪入れずに詠唱開始。
魔法詠唱においてすべてを省略して結果だけを引き起こすことはできませんが、ウラガーヌやハコに限らず世の魔法使いの大半が知っている基本中の基本があります。
長い詠唱は威力が高く、効果が大きく、能力が凄まじい。
そして長い詠唱を事前に杖や持ち物、触媒や魔方陣に書き込んでいれば詠唱したものと同じ扱いになることを。
例えば、ハコの持つ大ぶりなナイフとヒヨコの大腕にびっしりと刻み込まれた小さな小さな文字列とか。
「魔法使いのまねごとでちゅかあ?」
「あれ、いやコレまずいってヤべえ!助け…」
気づけば2人はギルドに集まっていた老若男女問わず様々な種族の人々に笑顔で見捨てられています。
そして2人の肩を万力がごとく掴んでいるギルドマスターさん。
「【悲シムコトナカレ・悲シムコトナカレ・空ヲ駆ケル喜ビヲ知レ・柔ラカナ大地ニ腰ヲ下ロセ】!」
舌足らずではありますがしっかりとした発音に、その詠唱の長さと意味にギルド内の魔法使いがウットリと耳を傾けます。
光り輝くヒヨコの腕を見つめてうんうん頷くのはオークの戦士。
人狼の剣士はナイフを見て、自分の財布を見て、またナイフを見ています。
次の瞬間と言うべきでしょう。
ガラの悪い2人組が声をあげる間もないほどの速さでヒヨコは掴み上げました。
2人組が真上にカチあげられました。天井をぶち抜いてしまいハコが大変慌てたのはご愛敬。
そのままフェードアウト、優しい詠唱が混じっていたのでどこか遠いところでそっと地面に横たえられることでしょう。ケガをさせないような詠唱が心憎いです。
魔法の才能がちょっとアレな部分があり、ゴーレム造りの才能がスバ抜けでいるということは、ゴーレムを使えばそれなりの魔法使いであるということです。
ハコ1人では大変弱っちいわけですが、ヒヨコがいれば大丈夫。
これには家で待つウラガーヌもニッコリ。
「弁償なら気にしなくていいですよ、何せ私がギルドマスターですから」
見た目だけならでっぷり肥え太り腐った権力を振りかざしそうな貴族にも似たギルドマスターが言うと迫力が違う。
ドッとギルドが湧きました。
―――――――――――――――――――――
セベルノヴァに襲来したドラゴンの情報はあまりありませんでしたが、代わりになんとも言えぬ、大人たちが苦い顔をしそうなことだけはわかりました。
というのもセベルノヴァ、10年前に歴代七光王から考えれば比較的温厚な先王から継承した国をゆっくりと堕としていく現王派である富裕層と、貧民や国民の大多数に一部の貴族で構成される層とで分裂しているのだそう。
その原因として、先王が廃止した奴隷制を復活しちゃったとか、積極的に亜人を奴隷化とか、珍しい生き物や強い魔獣を玩具のように取り込んでいるとか、自分に甘く他人にめちゃくちゃ厳しいとか、もう目も当てられない状態だそうで。
現在の王も甘い汁啜って生きていく方が良い感じの人であり、家臣たちが胃をきりきり痛ませながらなんとか国を保たせている最中なのだとか。
かつて異世界から勇者を召喚した伝説の影も形もないような泥沼国家と化しているとまで言われるほどになってしまっているようで。
かく言う先程の2人も最近になってリュビエに来た北方からの冒険者だというのだから、もう。
「ドラゴン素材は欲しいけど、欲しいけど…うーん」
子どものハコでさえ悩んでしまうような黒い話でいっぱい。
おとぎ話にある国も一筋縄ではいかないな、と子ども心に感じてしまうのでした。
ウラガーヌはセベルノヴァの現状を知っていたのでしょう。おそらくうわさのほとんどが真実だと肯定できてしまう根拠が彼女にはあり、それに基づいて手紙を暖炉にアンダースローしたのでしょう。
ギルドからの帰り道、悩んで悩んで、悩んで悩んで悩みぬいた末に家にたどり着いてしまっても、むむむと声をあげ悩むハコを見てウラガーヌ。
「何してんだい!調合の続きだよ!」
「はい!」
悩む暇はないとばかりに一喝してハコの頭からそれらを吹き飛ばしてしまいました。
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ところ変わって、話題のセベルノヴァから1人。
ある有名な家のお嬢さんが行方不明になりました。
彼女は昔から結構なおてんば娘でしたが、国中が大変なことになっている今だからこそ輿入れ準備を、と頑張っていた使用人たちの顔が蒼白になったのは言うまでもありません。
執事のお爺さんも彼女を探せと声を荒げますし、両親はふらふら倒れ込みます。
王子の側室候補として選ばれた彼女を、誰も見ていなかったのか。
そう言われてしまうと何も言えませんが。
お嬢さんは見事セベルノヴァから行方をくらませて見せたのです。
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