王城にて

 リュビエ王国の王城は扇型の部分にあるお城です。

 王国自体が緩やかな傾斜をもつ地形に出来たため、お城から国全体を一望できるようにと建築されました。

 多くのトロールたちによってかなり頑丈にされましたので少しのお手入れで済む、というのは王宮直属の魔法使いさんたちの話。

 そんな王城にどったんどったん駆けていく影。

 四角いものに子どもが乗ったそれは紛れもなくハコとヒヨコの2人です。

 お昼のちょっと前に出てきて、鍛冶屋さんに二日酔いの薬を届けて、今ならまだ間に合います。

 休憩に入る門番さんと交代の門番さんがいた場合、お金を使わず休憩さんのお昼に誘ってもらえるから。そこのところ、ちゃっかりしているハコです。

 門番さんの詰所にやってきた2人は、すぐにドアをノックします。

 ココンコン、コン。

 王城にお届け物がある場合の商人や医者が使うノックは符号のようなものです。

 それは大賢者ウラガーヌが使いに出すハコとヒヨコも同じ。


「はーい……あら、ハコちゃん!」


「うぇ……」


 いつもならやたら渋い声のハンサムな髭面が笑顔で迎えてくれるのですが、今日は違いました。

 筆頭侍女のメアリさんです。

 その声を聴いた瞬間のヒヨコと言ったらもう。

 すぐさま立ち上がり背中に手を回します。

 はやくお薬出して逃げようの合図ですが、これをやっても逃げられないことを知っているヒヨコですのでポーズだけでもあなたに関わりたくありませんよ、と意思表示をしているのです。

 ハコはダメだよ、と言うようにヒヨコの頭をなでると器用にピョンとおりてからしゃがませ、背中を開き薬の入った箱を取り出します。


「めありさん、おくすりもってきたよ!」


 メアリさんと会話をする時は本当に舌を噛みそうなくらいの舌足らずで相手をしなければなりません。

 そうしないとテンションが下がって午後のお仕事に支障をきたし、王城からウラガーヌにクレームの魔法通信が行ってウラガーヌの機嫌が大幅に損なわれ、ひいてはセベルノヴァへの旅だちが遅れる。すなわち巡り巡ってハコに被害が及ぶからです。

 メアリさんはそれはそれは美しい女性です。

 金の御髪はに、翡翠の瞳は黒縁眼鏡で飾られ、白い肌は右腕だけ焼けただれた跡のある、その大火傷だけで行き遅れた18歳の淑女です。

 18歳という若さながら筆頭侍女に上り詰めるほどの手腕と要領の良さ、引き換えにそれらを妬んだ愚か者たちによって大火傷を負い、現場が王城のパーティー会場だったために居合わせたウラガーヌとハコが対処という流れをもって面識のある侍女です。

 そんなメアリさん、ちょっと趣味が特殊な方でして。

 男女平等に年下趣味。男女平等に、年下趣味でして。

 休みの日がそういうお店に行ってお金をばらまいてただ相手を愛でるだけに費やされるくらいにはアレでして。

 それを知ってしまったハコは少し彼女が苦手なのです。


「ああ、大丈夫ですよ。大賢者さまより伺っております」


「え?」


「わたしのためにそのような口調で話さなくても結構、ということです」


「……?」


 ハコ、本気で何が何だか分からない様子ですが。

 ヒヨコは口に出せない分、額を押さえるようにしていました。

 ウラガーヌ、ハコを売ったなと。




―――――――――――――――――――――




 ウラガーヌの策略によりメアリさんに捕まって侍女たちの休憩室へ通されたハコとヒヨコは、若い侍女やメイド、見習いメイド、召使いと一緒にご飯を食べていました。

 ヒヨコは食事をする機能が無いので壁の方で待機でしたが。


「しかしおかしな話もあったものですね」


「おかしな話?」


 自分と同い年か、あるいは自分より年下の少女たちにお茶を入れながらメアリさんが呟きます。


「はい。王城、ひいては陛下に直接届いていないとおかしいじゃないですか、セベルノヴァにドラゴンが襲来したという話が」


「ああ、そこなんだ」


「それなのに大賢者さまへの簡素な手紙だけで助けを乞うなど、他国を信頼していない証拠では?と勘ぐってしまいます」


「僕はなんというか慢心?みたいなものだと思うけど」


 正直なところ、ハコはウラガーヌの反応や伝え聞くセベルノヴァの評判からこう評するのが良いと判断しています。

 おとぎ話になるほどの昔、魔王が世界を混沌の坩堝に陥れていた時代に、異世界から黒髪の勇者を召喚し、大陸中の国々を救った逸話が存在するのがセベルノヴァという国です。

 ですが、歴代の王はご先祖様の七光りを全力で振りかざすちょっと困った王しかいないらしいのです。

 もし本当に困った王が現在もセベルノヴァを治めていた場合、どうして他国を頼るのでしょう。

 頼るのであれば、かつて自国が召喚した勇者の末裔か、あるいは勇者の関係者の末裔か、自称勇者に尻を触られて思わず杖で昏倒するまで殴り飛ばしたウラガーヌくらいなものでしょう。

 そしてかの国はウラガーヌを頼った。

 いえ、正確には「勇者の仲間なら我が国を助けて当然」という慢心から手紙を送ったというわけです。


「だからおばあちゃんは手紙みたとたん捨てたんだろうなって」


「なるほど、それは素敵な判断力ですね。さすがは大賢者さま」


 何がさすがなのか。

 何が素敵なのか。

 そこはおそらく、言わぬが花というものでしょう。

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