旅立つ前に
遥か北の国セベルノヴァ。
この遠き地を訪れる前に、まずは準備をしなければなりません。
リュビエ王国からセベルノヴァに向かう日程は短い方が良いです。
なにせドラゴンの繁殖期間は冬から春にかけて。
春までにセベルノヴァにたどり着けなければどうなってしまうか分かりません。
ウラガーヌはかの国がどうなろうと知ったことではないようにしていましたが、ハコが大変慌てていたように一つの国が傾いた、あるいは消えてしまったとあれば物流から政治から色んなものが転がり落ちていくに違いないのです。
しかしながら陸路で向かうには春など簡単に越えてしまい、空路にソルデを使っても乗り継ぎ便で60日ほど。
冬の入りから春季を迎えてしまっては意味が無いのです。せめて冬季の半ばでたどり着きたいもの。
そこで門です。ただの門ではなくアールヴ国の門を使います。
アールヴ国はこことは違う次元に分けた異界。
門は世界各地にありますが、それぞれがこちら側と正しくつながっているわけではありません。
例えば、あるボーグルの集落門から入ってあるオークの集落から出ればあっというまに別の地域へ行けるというもの。
つながりは大昔の魔法で作られていますが、エルフたち全員がその仕組みを理解できているわけでもないため、人族にはもう何が何だか。
とりあえず凄い魔法でつながっててアールヴ国を経由すれば最短距離でセベルノヴァに着くとだけ考えておけばいいでしょう。
旅に出る前にはいろいろな物も準備します。
旅の道具?いえいえ、違います。
その日は朝からハコとウラガーヌが大忙しで薬の調合をしておりました。
ちょっとした離れから、たくさんの種類がある薬草の在庫を玄関前に運ぶヒヨコの姿も見て取れます。
昨今の魔法使い見習いならこれの調合は許されないとか、あれの調合ができないとか、まあ師匠によっては当たり前のようになっていますが。
才能が大変偏っているハコでさえ基礎基本の調合としてあれこれ片っ端から詰め込み教育されていますので、師匠も弟子も甘えは許されないといったところでしょうか。
たくさんの種類を、同時進行で、並行して、たくさん作るわけですから。
1人では到底補えない部分を魔法に頼り、魔法ではやれない部分を人に頼る。
良い師匠と弟子です。
「ヒヨコ、一端そのへんでやめな。ハコや、セブル坊のぶんと鍛冶屋のぶんお願いできるかい?」
「はい!おばあちゃん!」
セブルさんと鍛冶屋さんにおつかいです。
セブルさんとは、セブルス・フラン・シャルリオー・リュビエさん。つまり国王さまのことですね。彼は胃の腑に穴をあける病を患っています。
鍛冶屋さんは、王国全ての鍛冶屋さんでなく、鍛冶師を束ねるギルドのオーナーさんです。オーナーさんは二日酔いの薬をウラガーヌからしか買いません。
ウラガーヌは言葉をより少なく言うことが多々ありますが、それを即座に理解するのが良い弟子だと教え込まれたハコは簡単にうなずいてみせました。
どたんどたんとヒヨコが歩いて調合台の近くまで来ると、しゃがみます。
「え、と。【我ハ開ケル虚空ノ鍵】」
なんとも気の抜けた声でしたが、ハコはなんの迷いもなくヒヨコの背中に大ぶりのナイフを突き立てました。
ナイフは音もなくするりと背中に入っていき、何かに引っかかると止まります。
がちゃり、と聞こえた気がしましたが気のせいでしょう。実際音などなっていませんから。
からからからから、何かの部品が鎖をこすれ合うような音はハッキリ聞こえます。
するとヒヨコの背中の一部が引き出しのように開きました。
そこに迷いなく荷物を詰めていくハコ。大変手慣れています。
今日は物が多いから、鍛冶屋さんを先に届けてお城に行こう。だからお城の荷物は押し込んでしまいます。
鍛冶屋さんの薬は粉薬で、量はそんなに多くありません。でも国王さまのは瓶で、結構な量があります。
しかし簡単に入っていき、何事もなかったように閉じます。
もう継ぎ目すらありません。
「行こ、ヒヨコ」
ヒヨコ、両腕を掲げるタイプのガッツポーズ。
ハコ、つられてガッツポーズ。
大変ほほえましいです。
「はやくしな!帰りに何か食ってくるんだよ!」
「え、でもスープあるよ?」
「食ってきな」
「はーい」
冬になるとほぼ毎日常備されているといっても良い、たくさんの野菜とたくさんの魚をいろんな種類のチーズと煮込んだスープがありますので、お昼を食べてくる必要はないはずなのですが。
どうやらウラガーヌは考えがあるようです。
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