ウラガーヌのこと

 ハコが大賢者の弟子になり、ヒヨコがハコに造られたのなら、彼女のことも話さねばならないでしょう。

 大賢者ウラガーヌのことです。


 ウラガーヌはかつて大賢者と呼ばれ、今もなお衰えない魔法の腕を持つエルフの老婆です。

 エルフといえば人族より長い寿命をもち、魔法の扱いに長け、見目麗しい種族と思う方もいるでしょう。

 ウラガーヌは腰が少し曲がり、顔はしわくちゃで、それでも可愛らしい笑顔を浮かべる柔らかい印象の上品なおばあちゃんです。


 エルフがみな美しく若々しいものだ、というのは間違いないのですが。

 それは人族が「エルフ」としている人たちを指します。

 エルフとはアールヴ人のことであり、アールヴ国の人全般です。

 アールヴ国はこことは少しズレた次元にある異界の先、もう一つの世界にあります。独自の文化と言語が発達していますね。

 アールヴ国とはエルフたちのそれぞれの種族が出入りする門を中心とした敷地で区別されていますので、世界に国の入り口が点々としているようなものです。


 人族が一般にエルフとしているのはボーグル。弓の扱いに長け冒険者として人族と交流することの多い種族です。

 スレンダーで全体的に薄い印象を受けるのはハイアルヴ。魔法技術に精通したエルフのイメージは彼らから来ているものでしょう。

 ダークアルヴは大柄で、女性ともなれば肉感的に、男性は筋肉質に。どちらかと言えば近接戦闘寄りの種族ですが寿命は長くありません。

 獣人と明確に区別されていなかったり、魔獣として扱われたりするオークはいわば獣エルフ。完全な戦闘特化型であり蛮族のイメージが強いですが厳粛な規律を重んじる種族です。

 巨人種で単眼のトロールも魔物扱いを受けることのあるエルフですが、建築技術と木工技術においてはドワーフと張るほど。

 同じくドワーフに負けず劣らずの能力を秘めるのが小人種のコボルト。青い肌をしていて子どものように小柄ですが金属加工と鉱石加工に秀でています。

 多種族とのハーフを酷く嫌うハイアルヴや魔物として扱われる地域のあるオーク、トロール、コボルトは門の外へあまり出ませんが、それ以外の種族は人族や亜人族に対しても友好的です。

 ウラガーヌはそのどれにも属さず、門の中へ帰ることもせず、1人王国の所有する森に棲んでいましたが。


 さて、ハコのことをお話しした際にウラガーヌは諸事情で王城から帰る途中でしたが。

 王さまはウラガーヌに弟子をとることを勧めていたのです。

 しかしながら紹介される弟子候補は名誉ばかりに気をとられていたり、弟子になるということ自体を目的にしていたり、あるいは目がぎらついていたり、あるいは目が死んでいたり。

 おとぎ話で語られる、かつて魔王を倒したという異世界からの来訪者と共に旅をした大賢者ウラガーヌは弟子の1人もいやしない。

 彼女の弟子になることが出来ればそれは最大の名誉である。

 ……なんて、噂されているのがいけないのですが。

 王さまも悪い人ではないのです。15も歳下の正室さまと結婚した王さまも悪い人ではないのです。

 見る目が無いわけではないのですが、それはそれとして。

 ウラガーヌのお眼鏡にかなわなかった事実は変わらず、結果として勧められた弟子候補を断り、家路についたはずの道で出逢ったのがハコでした。


 ハコを見たウラガーヌは、その瞳を見て確信していました。きっとこの子は私を超えることが出来るだろうと。

 ですが話しかけるきっかけをつかめずにいたのです。

 靴磨きの少年に仕事を頼んで、そして、そして。

 仕事が終わるまで話しかけることが出来ずにいるウラガーヌをじっと見つめたのです。

 その瞳を見た彼女は、いつもの自分の調子で良いじゃないかと思います。

 彼女にとって目を見るということは、相手の心を見るということ。

 かつて共に旅をした異世界の少年や、髭面の戦士や若い騎士や僧侶の少女に対してのそれと同じだと。

 真面目に王さまの言葉を受け止めすぎて、考えが凝り固まっていたウラガーヌは極めて軽い調子を心がけて話しかけることにしました。


 こうして大賢者ウラガーヌはハコを弟子にしたのです。

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