第11話 エピローグ
エピローグ
事の顛末というか、ネタバレ。
「あの影は何だったんですか?」
草薙さんの指示の下、僕達は怪しげな像がある境内の裏に移動していた。水桐さんの残骸も榊枝先輩が担いで持ってきている。映画の撮影が全て終了した後、草薙さんが全てを説明してくれたのだ。
「君達は御神体を見たね? 漁火さんも過去にそれを見ている」
御神体というのは、納屋にあった木彫りの像のことだろう。確かに漁火さん以外の部員全員で見た。神社の娘である漁火さんが過去に見ていても、何ら不思議は無い。
「あの御神体は人の願いを叶える神様の憑代なんだ。しかし叶うと同時に、使用者に災厄が降りかかるというが、それがあの影だったとはね」
「願い?」
誰もあんなものに拝んでなどいない。
「それは、自分が幼い頃に願ったことです。自分はこの髪色のせいか、同年代の友達ができなかったんす。いつも一人で境内を散策して、鍵を使ってあの納屋を開けました。それであの御神体に出会い、無意識の内に願いを言ったのかもしれません。友達が欲しいと……。みなさんにはご迷惑をおかけしたっす」
深くお辞儀をした漁火さんは、罪悪感で押し潰されそうになっていた。そんなことはないと、僕は慌ててフォローする。
「でも、災厄は使用者に降りかかるって話だし、その災厄が僕達にまで降りかった理由にはならないよ」
「それに漁火さんは苦しんでた。あれは何だったの? あたしでも読み切れなかった」
蓮美が僕の意図を読んでくれたのか、話題を少し逸らしてくれた。草薙さんが説明する。
「願いが叶うと、次はその巫女が憑代になってしまうんだよ」
というと、漁火さんがあの御神体になってしまうってことか? 何それ怖い。ホラーじゃん。道理であれほど漁火さんが苦しんでいたはずである。
「じゃあ、あの影は? それだと僕が狙われる理由にはならないはずです」
「それは君自身の願いだ。御神体を見た中で、君だけ抵抗力が弱かったんだろう。他は異能持ちだしね」
願ってもいないのに勝手に叶えさせようとするとは、なんともありがた迷惑な神様である。余計なお世話だ。
「流石はデスラックイーター《運喰らいの死神》だな。恐ろしい……」
「霙先輩が呼んだんでしょ⁉」
映画のタイトルもそうだが、彼女はネーミングセンスが壊滅している。
「私達はこの力を超能力と呼ぶのですけど、それを異能と呼ぶあなたは何者ですか?」
草薙さんが何気なく言った一言を、祭は聞き逃さなかった。こんなにも詳しく事情を知っている草薙さんの素性が、一切の謎に包まれているのである。
「俺は機関から配属されたエージェントだ。近頃は異能に目覚めた能力者による事件が多発していてね、事前に防ぐため全国を旅している。この街に来たのも、大きな力を感じたせいなんだよ。君達もそれに影響されたんじゃないかな?」
漫画みたいな話であるが、こうして話を聞く限りでは信憑性がある。確かに蓮美とかは能力が強まったみたいなことを言っていたし、頭から否定することもできない。かといって、全部を信じるわけでもないけど。
「七海君の願いは何だったのかな? 大よその予想はつくが……」
「弱い自分が許せない」
草薙さんの言葉を遮り、蓮美がピシャリと言い放つ。
「だからあの影は音流を狙ったんだよ」
「でも僕は弱いままだ」
自覚している。弱い自分が許せなくなったのは、蓮美に苛められてからだった。僕は強くなっていないのだから、あの黒い影は消えないはずである。
「音流は自分の弱さを許せたじゃないか。打ち勝つでもなく、排除するでもなく、乗り越えて受け入れた。そういう弱さに向き合う強さのおかげで、俺達は心の支えになった」
榊枝先輩の励ましに、僕は不意に泣きそうになった。人から頑張りを認めてもらったことって、いつ以来だろう。少し大人になると、こんなにも嬉しいものなんだな。
「しかし自分はこんなものに頼って、せっかくできた友達を傷付けてしまいました。これが許されるんすか?」
漁火さんの罪の意識は重い。映画研究部の仲間として、なんとか解消させたかった。
「あたしは過去の自分が許せない」
「俺は周りの見えない自分が許せない」
「私は外面を取り繕う自分が許せない」
蓮美、榊枝先輩、祭の順で、お互いのコンプレックスを打ち明ける。それはどこかしら、自分の持っている能力と関係性があるような気がした。
「誰にだって許せない部分はある。人ってそういうもんだよ。なんとか折り合いをつけて生きるしかないんだ。漁火さんが許せないんなら、あたし達が許すから」
蓮美の時もそうだった。ずっと僕を苛めていたことに後悔していた彼女は、何度も頭を下げて謝ってきた。そして僕は許した。それだけの話なのである。それだけがとても難しいことも、僕は知っているつもりだ。
「それにそんなものに頼らなくたって、僕達はきっと友達になれたよ。断言する」
僕達は映画を撮ろうとして漁火さんに声をかけた。それは偶然なんかではなく、漁火さんのSОS信号に蓮美が気付いたからだろう。それは必然であり、漁火さんも映画研究部の運命の輪の中に入っている。
「ありがとう、ございます…………」
顔を伏せ、泣き崩れる。互いに胸の内を吐き出して、これでようやく僕達は本当の親友になれた気がした。
「心の弱さか……」
一人そう呟く霙先輩が、とても強く印象に残った。
「じゃ、俺はここを出るよ。水桐、いい加減に目を覚ませ」
草薙さんが徐に、バラバラになった水桐さんの亡骸を呼びかける。僕のせいで亡くなったと同義なので、なんとも致し難い。
「チッ、了解した」
水桐さんの亡骸から、舌足らずな声が聞こえた。胴体に亀裂が入ると、そこから小さい女の子が飛び出してきたのである。
「お、女の子?」
「ジロジロ見てんじゃねーよ」
間違いない。この挑発的な口調は、水桐さん以外にありえなかった。
「博士じゃないか」
「博士って、あの? この子がっ⁉」
霙先輩の言う博士とは、殺人兵器を生み出すマッドサイエンティストのことだ。僕と祭も、オリハルコン製の爆弾付首輪で殺されかかっている。
「我は飛び級で外国の大学を卒業してんだよ。テメーの百倍頭いいぞ。なめんな」
なんとも腹立たしい。だったらその頭脳を社会に活かせよ。何馬鹿な発明してんだよクソガキ。僕の水桐さんを返せ。
霙先輩はやれやれと、溜息を吐いている。
「ったく、ロボットを探しに行った本人が音信不通になったから、両親は捜索願まで出したというのに……。どうしてこんな機械の中に入ってたんだ?」
「霙にバレたくなかったんだ。お前どうせ、家族に告げ口するだろ? それに草薙の仕事も手伝いたかったし……」
「やられた衝撃で気絶していたくせにな」
おどけた調子でからかう草薙さんに、花篝博士は顔を真っ赤にして怒り出した。
「うるさいなっ!」
こうして草薙さんと二人並ぶと、いい凸凹コンビのように見える。いや、そういう卑猥な意味ではなく……。馴れ初めは知らないが、軽愚痴を叩けるだけは仲が良いのだろう。
「それにしても、よく無事だったわね」
目の前でバラバラにされたので、祭が感心する気持ちも解る。
「このコックピットは核だって通用しない」
「これ、あたしの念波も遮断してるし、榊枝先輩の透視もできないようになってる……」
蓮美までもが、その技術力に感嘆していた。
「凄いだろ。まぁ、内部が守られているだけで、それ以外は影響を受けるけどな」
花篝博士が自慢するように言う。これだけ小さい核シェルターにいながら、人型ロボットを操縦できるのだ。確かに凄い発明家らしい。
「帰らないのか?」
最後に霙先輩が訊く。未成年の女の子だったら親元にいた方が安全だと思うのだが、博士の返答は簡潔だった。
「あばよ、霙。家族にはよろしく言っといてくれ」
「自分で言え。……達者でな」
別れの言葉を告げ、背中を向ける。
「本当に言ってしまうんすか?」
目を泣き腫らした漁火さんが、最初に出来た友達を引き止めた。足元は覚束なく、体がふらふらしている。それでも博士は冷たく突き放した。
「寂しいのは我も一緒だが、新しい仲間が癒してくれるだろ」
「水桐さん……」
水桐というのが偽名だと判明した後でも、漁火さんはその呼び方を変えなかった。博士は騙したことで、後ろめたいのかもしれない。
「さん付けなんて水臭いぞ。また会おう、辻っち」
「はい、また……」
それが漁火さんにしてやれる、博士の最後のことだった。それで去っていくのかと思いきや、またトテトテと戻ってきた。
「あ、それと、そのカツラ捨ててしまえ」
「コレっすか? それもそうっすね。元の場所に戻しておきましょう」
軽い感じでポロっとカツラを取ると、水色の髪が露わになる。
「え、それって御神体のだったのっ⁉」
「ついでに拝借しといたんすけど、その翌日に水桐ちゃんと出会えたんで、ラッキーアイテムくらいに思っていたんです。でも、もういらないっすね」
そう言うと、持っていた黒髪のカツラを御神体の頭に被せた。この御神体、女性の像だったらしい。禿頭だったので男性像と勘違いしていた。
まぁ、これで漁火さんも悩みから解放されただろう。
「お世話様でした」
あれ? 扉を閉めた直後、漁火さんの頭の上に輪っかのようなものが浮いて見えたような……。気のせいかな?
考え直す暇も無く、祭が思い出したように言う。
「そういえば、漁火さんと音流君の願いは別物なのよね? 音流君が生み出した黒い影はいいとして、漁火さんを憑代にしようとした者は、どこへ行ったのかしら?」
「俺も漁火さんの補助をしていたけど、最終的にどこに行ったのかは不明なんだ。修業不足で申し訳ない」
草薙さんも見えない所で戦っていたらしい。
漁火さんの最初の友達が水桐さんだとして、その願いの対象である水桐さんを、奇跡的に僕の影が破壊した。結果的に水桐さんは生きてはいたけれど、漁火さんは死んだと勘違いしていたはずだ。
その時点では、憑代の力が弱まっていたのかもしれない。そして僕のように漁火さんは自力で負を乗り越えた、という仮説はどうだろうか? 考えを照らし合わせるため、蓮美に視線を送ってみる。
「この話はもうお終い。結果的に無事なんだから、いいでしょ?」
これ以上の詮索はするな、ということだろうか? なんにせよ、これで今日の活動は解散となったのだった。
憑代の行方は謎のままで。
× ×
映画の最後にキスシーンがあった。僕は演技のつもりだったのだが、完全に瞼を閉じていたせいで少し触れてしまうという事故が起きてしまった。
蓮美が何も言ってこなかったので、多分バレてはいないだろう。本人である僕が不確かな感触だったのだから。霙先輩はどう思ってたのかな……。
次の日学校に行ったら、グーで思いっきり殴られた。それがこの湿布だ。
映画の撮影は終わったわけだが、編集の作業は残っているわけである。発表まで三日もないので、僕らは今回チートを使った。
機材のスペシャリストである蓮美がいるとはいえ、本来なら霙先輩はネットサーフィンするくらいの知恵しか持たないし、僕に至っては嫌われているんじゃないかという位の、極度な機械音痴なのだ。
榊枝先輩と漁火さんも、霙先輩と同等のスキル。あのようなレベルの高い流麗なグラフィックを実現できたのは、他ならぬ委員長のおかげだ。
委員長のエレキネスとかいう超能力を駆使し、映像を自由自在に編集したのである。蓮美と二人で徹夜の作業だったらしく、二人とも目にうっすらと隈ができ、親睦を深められたようだ。お疲れ様。
事情を知っている人なら気づいたと思うが、ガン役とフェス役の一人二役もこなしており、まさにハイブリッドだった。霙先輩の考えである、疑われたくない事は、逆に見せることで疑われなくなるというトリックが上手く作用した。成果は上々、誰も同一人物だと気づくことはなかった。
逆にカツラと包帯を取り去った漁火さんについては、学校全体を揺るがすほどの衝撃となった。クラスの端っこで一人静かに寂しくしていた少女が、水色の髪を引っ提げて学内一の美少女になっていたのだから、驚くのも無理はない。
少しこっちから話しかけ辛くなったのが寂しいけど、素直に祝福すべきなんだと思う。あのカツラと包帯は、心の傷と痛さを象徴していたのだから。
同じく心に傷を負っていた榊枝先輩は、無事バスケ部に復帰している。副会長を交えた部員達とのミーティングで、何故か映画研究部と試合をすることになったのだ。なんとか辛勝したものの、柄にもなく真剣にプレイしたせいで筋肉痛だ。
映画撮影とは関係なくなるが、生徒会室から泣き逃げした会長を慰めるのが一番大変だった。あのままだったら、独断と偏見による会長の一存で映画研究部が潰されるとこだったのだ。これに貢献したのが副会長の鐘崎平先輩。付き合いが長いだけあって、会長の扱いもお手の物である。彼は回りくどくも分かり易く、会長を説き伏せた。
「いい会長というのは、生徒の悩みを聞けること。次に優秀な会長とは、生徒のお手本となれること。そして最も優秀な会長とは、生徒の心に火を点けることです。生徒会長、あなたはやる気の無かった部活を、ここまで本気にさせた。これは称賛に価すべき偉業ですよ! 胸を張って誇ってください!」
などという、教師を会長に置き換え、自分の都合のいいように解釈した褒め殺しを述べたのだった。それに会長は、
「えへへー、そうかなぁ?」
とか浮かれていたのを見逃さず、
『そうですともっ!』
その場にいた全員でユニゾンアタックをした。そのかいあって、なんとか廃部だけは免れたのであった。
「おい音流。何ボーっとしてるんだ?」
「あ、すいません。感慨に耽っちゃって」
今は恒例の、霙先輩との部室でお食事タイムである。弁当も食べ終わり、霙先輩はソファーで横になりながら本を読んでいた。
「爺か貴様は」
「いやでも、自分達で部室を守ったっていうか、感動して泣いてる人達を見て、やり遂げたっていう、達成感と優越感がごちゃ混ぜになってるんですよ。嬉しいんですけど、なんか実感湧かなくて……」
たった一週間の撮影期間で起こった出来事とはいえ、客観的視点から見れば、中々の青春だったのではないかとさえ思えてくる。凄く楽しかった。
「とは言え、次に映画を撮るのはかなり先のことだろうな」
「ですよね……」
蓮美は新聞部だし、榊枝先輩にはバスケ部がある。祭は学級委員長だし、漁火さんは今や学校の人気者だ。主に男子に……。みんなそれぞれに自分の居場所があって、みんなが映画研究部の部室に集まることは滅多になくなった。
「音流もバスケ部に勧誘されているのだから、そっちに行けばいいだろうに」
「霙先輩といたいんですよ」
「…………」
部室に甘酸っぱい空気が流れる。僕としてはこの居心地をもっと楽しみたいのだが、思わぬところで邪魔が入った。
「そこまでだぁっ!」
勢いよく扉が開かれ、蓮美が入室してくなり大声で叫んだ。後ろにはちゃっかり祭も同伴している。
「邪悪な思念を嗅ぎつけてやってきたよ。二人で一体何をしているのさっ!」
「何って、いつもと変わらないよ」
後ろにいた祭が前に出る。
「それはどうかしら? 部長の顔が赤く見えるけど?」
確認すると、祭の指摘通り霙先輩の顔が赤くなっていた。
「あれだ、タバスコ飲んだからだ」
「どんな昼食ですかっ! 隠し事はできませ……、頭が割れるぅ!」
霙先輩の思考を読もうとして、蓮美に頭痛が襲った。
「蓮美! 気をしっかり持つのよ!」
「おのれ~、精神攻撃とは卑怯なり……」
お前が勝手に自滅したんだろ。というかあんたら二人、いつの間に下の名前で呼び合うようになったんだ?
「何しに来たんだ貴様ら!」
「チューーーーーッス!」
霙先輩が我慢できなくなったと同時に、大声で挨拶しながら部室に入ってきたのは、筋肉が暑苦しい榊枝先輩だった。特殊ゴーグルは川に落ちた時に無くしたらしく、今後も装着を強制されなくなった。僕は男同士だから透視で裸を見られても平気だけど、女性陣はそれでいいのだろうか?
「おっ、全員揃うのは久しぶりだなぁ! ほら、漁火君も入れ!」
「こ、こんちわーっす……」
続いて入ってきたのは漁火さんだ。鬱っぽい性格は相変わらずだが、頭に大きな星の髪飾りを付けている。水色の髪に似合うファンシーなデザインであり、いかにも女の子らしかった。
「部室の前でウロウロしていたのを捕まえたんだ。何か渡す物があるんだろ?」
「あ、あの、これ、どうぞ……」
そう言って渡されたのは、可愛いチェック柄の紙袋だ。
「僕に?」
「その、クッキー焼いてきたんで、良かったら食べてください」
ということは手作りか。外見だけでなく、内面も女子高生らしくなっている。少し顔も赤いし、弁当がタバスコだったのかな? そんなわけないか。
「ありがとう。じゃ、みんなで食べようよ」
「先にお前が食え」
「え? ああ、はい。分かりました」
テーブルに広げようとしたら、霙先輩に怒られた。何かまずいことしたかなぁ……。
「バスケ部から持ってきたプロテインもあるぞ」
いらねぇよ。
榊枝先輩は無視して、紙袋に入ったクッキーを口に入れる。
「うん、美味しい」
「良かったぁ……」
食べる直前までモジモジしていた漁火さんが、ほっと胸を撫で下ろす。僕も料理を作るから分かるけど、人に食べさせるのは緊張するよね。
「七海君は以前、自分と友達だと言ってくれましたよね?」
「ん、うん」
正確には一緒に映画を撮影した時点で、自然に仲良くなったということを伝えたかったのだが……。漁火さんにはまだ不十分だったのだろうか?
「でも自分は、親しい友達というのがいません。ですから、ちゃんと線引きしたいっす」
確かに、友達の定義というのは曖昧だ。どこからが友達で、どこからが友達でなくなるのか、彼女は見えない不安が嫌なのだろう。
漁火さんは胸に手を当て、深呼吸しながら気持ちを落ち着かせている。
「改めまして、自分と友達になってください! そして行く行くは、七海君の親友と呼べるような存在になりたいっす!」
右手を差し出し、目を瞑ってガチガチに震えている。なんというか、酷く不器用な生き方だと思う。まぁ、僕も器用とは言えないし、だからこそ固く結ばれる絆が生まれることだってあるだろう。一歩を踏み出す。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
クッキーを食べながら、差し出された右手を握る。その瞬間、漁火さんの表情がパーっと華やいで、少しトキめいてしまった。
「実は僕も友達がいないんだ。嬉しいよ。でも、どうして僕なの? 今の漁火さんだったら、同性の方が気安いんじゃない?」
祭もいるし、なんだったら蓮美でもいい。彼女たちの方が、漁火さんの良き理解者になれると思うのだが?
「それは七海君が、学校で最初に話しかけてくれたからっす。だから七海君を探して、この映画研究部に入りました」
最初に言っていた入部理由は嘘だったのか。話しかけた時は少しも楽しそうに見えなかったので、驚きではある。
「…………それだけ?」
「えっと、ちゃんと目を見て話してくれたっす。ですから、まずは七海君から落とします」
そんなギャルゲーの主人公みたいなことを宣言されても……。まぁ、友達ができるというのはいい事だ。これからも仲良くやっていこう。
「茶番は終わりだぁ!」
握手をしていた僕達の間を、キャラブレしている蓮美が引き裂いた。
「お前、もはや誰だよっ!」
「和んでいる暇は無いんだよっ! また映画を撮らないと!」
「は? 何言ってんの?」
ついに頭がおかしくなったか。蓮美の世迷言かと聞き流していると、祭から驚きの事実を告げられる。
「それがそうもいかないのよ。前回の映画が、思いがけず好評だったでしょ? 続編の希望が多いからって、生徒会から作製を要請されているの」
あんな映画のどこがいいんだ……? 口にはしないが、元生徒会長の感想は正しいと思う。
「霙先輩はいいんですかっ⁉」
「大方、副会長の要望だろう。って、今は会長か。…………よし、また活動するぞっ!」
「えええっ! 本気ですかっ⁉」
過ぎたことだからこそ、感慨しく思えるのだ。またあると知ったら嫌気が差す。体力が持たない。
「正直私だってやりたくはないが、また難癖つけられるのも面倒だしな。準備に越したことは無い。予防策は打っておくべきだ。というわけで、ミーティングを始める! 早く定位置につけ!」
霙先輩がホワイトボードを叩くと、示し合わせたかのように素早い動作で席に座る。
「それではミーティングを始める! まずは有耶無耶になっていた前回の反省会からだ!」
ムードメーカーのサイコメトリー、伊織蓮美。
「脚本家を変更しましょう! それが全ての元凶です!」
事務的な鉄仮面を被ったエレキネス、小岩井祭。
「前回の続編にするには、設定上に無理があるわ」
馬鹿笑いしている、透視能力の榊枝優。
「バトルは燃えたな!」
水色の不思議系美少女ネクロマンサー、漁火辻。
「ラブコメがあればいいっす……」
男勝りの最強先輩、汐氷霙。
「ええい! じゃ、次は新作にするかっ⁉ それと蓮美、貴様は後で殺すからな! 音流もなんとか言ってやれ!」
もうここは先輩との二人きりの場所じゃない。寂しく思う反面、このメンバーならもっと凄いことが出来そうな気がしてワクワクする。
霙先輩の楽しそうな笑顔が見られるだけでもいいや。賑やかな方が面白いし、何しろ、ここでなら自分のやりたいことが見つかりそうだ。
「女装はしたくないです」
『却下っっっっっ!』
以上、特に特徴の無い、不幸体質の七海音流でした!
× ×
どうやら誤魔化せないみたいだ……。避けては通れぬ道らしい……。
口付け。接吻。チュー。キス。
色々な言い方はあるが、私、汐氷霙は人生初の、ききき、キッス、をしてしまったのだ……。しかも後輩の音流と……。
最後のキスシーン、当初の予定では寸止めするつもりだった。演技で終わらせるはずだった。しかしなんの因果か、その、触れてしまったのだ……。唇が……。
眠るように目を閉じ、徐々に近づいてくるあいつの顔が忘れられない。気づいていたら、私の方から唇を重ねてしまっていた。あの童顔のせいだ……。お洒落なリッジカールパーマスタイルめ……。
これは一時のテンションに身を任せた、気の迷いなのかっ⁉ 恥ずかしさで顔から火がでそうだ! 何をやっているのだ私はっ⁉ あの日から、あいつのことばかり考えてしまっている……。
日課となっている絵日記ばかり書いていて、勉強も手につかない。
私は次の日から一体どうやってあいつと顔を合わせればいいのか分からず、一晩中苦悩していたのだ。なのにあいつはヘラヘラとだらしない顔で、普段通りに接してくる。私だけ悩んでいたのが馬鹿らしくなり、胃がムカムカしてきたので、顔面パンチをお見舞いしてやった。
それでも気が晴れない。
あ~~っ! 今度は胸がモヤモヤしてきた……。息が苦しい。これは病気なのか? ヤブ医者から、私の寿命は後半年とか宣告されるのだろうか? 笑えない冗談だ。可能性として考えられるとしたら一つだけ。
これは恋?
いやいやいや、それはない。私はそんなキャラじゃない。でもキスをしてしまったのは、隠しようの無い事実だ。心が、心が乙女に侵食されていく……。ジワジワと蝕んでくるウィルスに抗えない。
心臓に悪い。誰かに話せば楽になれるのだろうか? しかし、もしその相談相手が音流のことを好きだったらどうする? 相談するとしたら部員にしか話せないし、修羅場だ……。
それに私は一つだけ、みんなに嘘を吐いている。
私には、なんの取り得も無い。私だけが、超能力を持ってないのだ。超能力者を探そうと言ったのも面白半分、遊び半分だ。いて欲しいなぁとか、いたらいいなぁ、くらいで考えていた。なのにみんな本気で信じているのだ。
蓮美のサイコメトリーは感が鋭いのと、情報量が豊富なだけ。苛めっ子だった自分を許せないとか言っていたが、幼い頃は好きな子を苛めたくなるものだ。仲直りできたのも、持ち前の明るさのおかげだろう。
優君は筋力と視力が強いだけであり、透視能力なんてものはない。ただ彼は人一倍の無茶をする、努力家だということなのだ。バスケ部だってなんとかなったしな。
辻のネクロマンサーは、中二病を拗らせた妄言なだけ。幽霊なんているはずがないのだ。何より、本人がそう言っている。彼女はかまって欲しかったのだと思う。だから人が寄りつかない髪色を隠して、わざと人目につくような恰好をしていたのだ。どっちにしろ逆効果だったようだが、見つけてくれた蓮美には感謝している。
祭のエレキネスに至っては、何かのトリックだろう。今度やり方を訊いてみたいが、それだと私のサプライズ企画が台無しになるからな。自粛しよう……。
何とも複雑な設定だろうか。
こういう遊びで喜ぶのは、花篝博士の娘の泉ちゃんだけだと思っていた。泉ちゃんというのは、博士のガラクタを勝手に持ち出した女の子のことだ。人前では博士と呼ばないと怒る。そういうキャラ設定らしい。親である花篝博士は放任主義だし、姉代わりの私がしっかりしないとな。
泉ちゃんとは私がファンタジー好きということもあり、よくその手の話題で盛り上がった。だから音流ともそんな会話をしたかったのだが……。
それがまさか、みんなして私の我儘に付き合ってくれるとは思わなかった。今更冗談だとは言えない。
しかも私が撮影で衣装に着替えている間に、盛大なドッキリが仕掛けられていた。わざわざプロの俳優さんを雇ってくれたのである。
プロの演技を間近で見た私は触発され、とても気持ちのいいバトルアクションをこなすことができた。おかげでバトルシーンは白熱したものが撮れ、映画の完成度に満足である。あの全身黒タイツの人は何者だったのだろう? 今度お礼を言っておかなければ。
私はよく嘘を吐く。それも吐く意味の無い嘘ばっかりだ。優しい嘘でもないし、大した理由も無い。私の判断基準は面白いかどうかなので、ノリで生きているのだ。それでも程度は弁えているつもりである。
しかし今回は行き過ぎた……。
私はエスパーじゃない。音流にさえ、特殊な体質があるというのに。だがそれも、白状すればいいだけなのだ。何も問題ではない。ただ変な意地を捨てればいいだけ。それだけのことだ。それだけのこと……。
反省はしているが、それで懲らしめたと思われるのも癪だ。こうなったら超能力を信じたフリをし続けて、どちらかが音を上げるまでの徹底抗戦といこう。果たして、どちらが先に降伏するかな?
音流といると飽きない。驚きの連続だ。些細なことがどうでもよくなる。あいつといれば、宇宙人と未来人にも会えるかもしれない。それは流石に期待しすぎか?
音流は、どう思っているのだろうか? 二人きりの時間。私のこと。みんなのこと。そしてキスのこと。こんな時にばかり、思考の読める超能力が羨ましくなる。私はファーストキスだったのだぞ! 責任をとれ!
はぁ、これで自覚した。これは気のせいじゃない。気の迷いで誤魔化しきれる相手じゃない。敵はいつも目の前にいるのだ。
そう、これは恋の病。
勘違いして申し訳ない。ヤブ医者は案外、腕の立つ名医だ。恥ずかしいことを、臆面も無く言わせてくれる。おかげでスッキリした。脳が冴え渡り、道標が光っているように見える。恋は麻薬なのだ。甘美で、誘惑させるもの。
恋焦がれるような苦しみも、頭を打ち付けたくなる身の悶えも、私を後押ししてくれる。治療法は知っているのだ。全部が終わったら、自分に素直になればいい。私には、それができるはず。
だってあの脚本を書いたのは、他ならぬ私なのだから。
× ×
窓を開けて風が吹き抜ける映画研究部の部室の中、学校指定のジャージを着た三人の男女がせっせと作業をしている。
「埃が酷いなぁ」
棚の上を整理していた男子学生が咳き込む。
「掃除するなんて言った奴は誰だよ……」
次々に文句を垂れる二人の男子生徒達。それに対し、叩きを振っていた少女が叱るように返答する。
「松田先生が定年退職するんだから、卒業生を交えて感謝を込めたお祝いをしよう、って提案したのはあんた等でしょ?」
「だからって、なにも部室でやらんでも……」
「口じゃなくて手を動かしてよね!」
「へいへい……」
黙って棚の上を整理し続けていると、奥に小さな段ボールがあった。
「おい、ちょっとこれ見てみろよ」
ダンボールをテーブルの上に下ろす。意外と重い。
「なんだそれ?」
部室の家具を運んでいた、もう一人の男子生徒が覗き込んでくる。
「ちょっと! また手が止まっているわよ!」
女子生徒が注意するも、既にダンボールは開けられていた。
「映画の台本に、議事録? DVDもある」
「おい、この内容読んでみろよ。こりゃ酷いぞ」
「ぷぷっ、確かに。松田先生の台詞もあるな」
いつの間にか女子生徒も台本を手にしていた。
「どれどれ……。何よ、クオリティは私たちとあまり変わらないじゃない。それに冒頭のこれは何? エメラルドスプラッシュとか」
「ジョジョだよ。いいセンスしてるぜ」
「おい、何か落ちたぞ」
台本のページから、一枚の紙をひらりと落としてしまう。
「拾えばいいんでしょ。……これは写真ね。私は知らないから、昔の先輩達みたい」
他の男子生徒にも見せる。一枚の集合写真には、かつての映画研究部員が仲良く写っていた。
「うひょーっ! 美人揃いじゃねぇか!」
「男一人に、女が五人。夢のハーレムだな」
「でもこれ変装しているし、そうとも限らないんじゃない? 髪が水色だったりして、けっこう滅茶苦茶よ」
「いや、俺のアンテナは誤魔化されないね。特に真ん中の女の子! 一番タイプだわ」
「俺は眼鏡に一票」
「あんたが好きなのって、この茶髪っぽい人? どこがいいのよ」
「見るからにお淑やかで儚い。妹のように守ってあげたくなる可愛さだろ⁉」
「お淑やかでなくて悪かったわね……」
お転婆な女子生徒が、アホそうな男子生徒の耳を引っ張る。ダンボールがその拍子で横に倒れてしまった。
「いだだっ! なんでお前が怒るんだよ⁉」
「ふんっ、知らない!」
「おいおい、喧嘩は止せよ。またなんか落ちたぞ」
「拾うわよ! 拾えばいいんでしょ⁉ …………キャァ―――――――――ッ!」
「何だよ、うるせーなぁ」
「こ、これ、何⁉ 気持ち悪いっ!」
女子生徒が手にして騒いでいる物は、バイブだった。
「うおっ! それ大人の玩具じゃないか。どうしてここに?」
「そんなの私が知るわけないでしょ!」
「痛いって! それは殴るものじゃない!」
我に返った女子生徒は、バイブをダンボールの中に戻す。
「しかし何故、思い出のダンボールの中に卑猥な物が混じっているんだ? もしや写真のこの男、幼気な少女達を、これで甚振って遊んでいたのかぁ――っ!」
「何ぃぃ――っ⁉ 許せねぇ! 俺がぶっ殺してやる!」
「似合っていないのに女装をしているあたり、かなりの変態だな!」
「こういう変態が世の中の害悪なんだよ! 俺達は変態に負けないっ!」
盛り上がっている男子生徒二人を尻目に、女子生徒は無関心に言い放った。
「あっそ。じゃ、今度会う時に言ってやったら?」
「会う機会なんかねーよ」
「松田先生へのお別れ会に、OBも招待しているのよ?」
「……マジで?」
「マジで」
「良かったな。お前が変態だと罵った先輩を成敗できるぞ」
「返り討ちに遭って、俺が掘られるわっ!」
「体格が良いから、あんたの方が弱いでしょうね。その時は私が慰めてあげるわよ」
「いるかっ!」
「しかし会えるのは楽しみだな」
「ああ、この美少女達に会えるかと思うと、今から緊張してきた!」
「あんたが緊張してどうすんのよ、バーカ」
またもや喧嘩してしまいそうな二人を大人しくさせるため、もう一人の賢そうな男子生徒が一つの提案をする。
「まぁ、落ち着けよ。そうだ、テレビでこの映画を観てみないか?」
「でもまだ掃除の途中だし……」
「そんなに長くないかもよ? 二枚組で前後編らしいし、合わせても一時間位だな。面白かったら続編もあるし、逆につまらなかったら前篇だけさっと観ればいいだろ」
「うーん、それなら……」
「じゃ、決まりだな! 早く観ようぜ」
アホそうな男子学生が、ブラウン管テレビとDVDプレイヤーのセッティングを始めた。
「ちょっと待て、監督の名前が書いてある。……なんだこれ、見慣れない名字だな」
「あら、本当。なんて読むのかしら? でも下の名前は霙らしいわ。きっとあの写真の中の誰かでしょうね」
「ほら、コンセントの準備できたし、後はDVDを入れるだけだ」
「分かったよ。じゃ、再生するぞ?」
「待ってました!」
ディスクはDVDプレイヤーの中に吸い込まれ、読み込みを開始する。
暫くすると電源の入ったテレビ画面いっぱいに、映画のタイトルが表示された。
『夏いぜGIRLメガラバれっ!』
END
恋の288! 笹熊美月 @getback81
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