第10話 これから
第四章
○13 シャックの家・玄関
靴を履きながら、トイレに篭っているシャックに呼びかけるナナ。
ナ ナ「早くしないと遅刻しちゃうよ!」
シャック「俺に構わず先に行け!」
ナ ナ「言いたいだけでしょ!」
シャック「いいから先に行ってろ!」
ナ ナ「もう、バカ」
シャック「んぁ? 何か言ったか?」
ナ ナ「なんでもない! 先に行ってるから!」
○14 二年八組
教室でガヤガヤ騒ぐクラスメイト達。(オッサンも交ざっている)
チャイムが鳴ると同時に転がり込むシャック。
シャック「うおっしゃーっ! 松田先生は⁉」
ナ ナ「まだ来てないみたい」
シャック「あっぶねぇ! ギリギリセーフ!」
途端に入室する松田先生。急いで席に着くクラスメイト達。
松 田「はぁ~ほら静かに。今日はみんなに転校生を紹介するぞ」
一同、どよめく。
扉が勢いよく開かれ、出てくる女子高生(サリー)。教卓の前で一礼。
サリー「初めまして!サリーっていいます!よろしくお願いしますね!」
シャック「あっ! お前は!」
サリー「あなたは今朝の!」
ナ ナ「ちょっと、どういうこと?」
シャック「いや実は……」
○15 288号線(回想)
街中を疾走するシャック。
シャック「くそ、間に合うか? って、うおおっ!」
サリー「きゃっ!」
曲がり角で衝突し、尻餅をつく二人。
サリー「いたた~。あ、あなたは……?」
シャック「大丈夫か! すまない、俺の不注意だ」
サリー「い、いえ! あたしこそごめんなさい!」
シャック「その制服、うちの学校だな? 早くしないと遅刻するぞ!」
サリー「いや、あの、それが場所分かんなくて……」
シャック「? 変な奴だな。じゃ俺について来い。近道教えてやるよ」
手を掴み、引っ張りながら走るシャック。
○16 二年八組
シャック「……というわけだ」
ナ ナ「漫画かっ!」
サリー「一緒のクラスなんですね! よかったぁ~。仲良くしてください!」
シャック「そのつもりだぜ!」
ナ ナ「なによ、鼻の下デレデレ伸ばしちゃって……」
離れた席でセーラー服がピチピチの女子生徒(サチコ)が悪態をついている。
サチコ「やーねぇ、これだから男子は。特にシャック最低ぇ~」
サチコの近くにいたいっちーが一緒にナナを冷やかす。
いっちー「おっと、これはライバル登場かな?」
ナ ナ「いや全然そんなんじゃないし。シャックとかどうでもいいし」
明らかに挙動不審に陥るナナ。パントマイムをしている。
松 田「そんじゃ~、空いている席はぁ~……」
シャック「せんせーっ! 俺の隣空いてます!」
見ると既にナナの席と空席が交換されている。
ナ ナ「なにしてるの⁉」
松 田「はぁ~そうかぁ。ほんじゃそこ座れほら」
サチコ「シャック人間のクズじゃな~い? ナナ可哀想ぉ~」
いっちー「こりゃ災難だね」
ナ ナ「いやいや勘違いしないで。心配ご無用だし」
キャラ崩壊中のナナ。
後ろの窓から一列挿んで二番目。シャックの右隣の席に着くサリー。
サリー「よろしくね! あなたのお名前は?」
シャック「みんな俺のことはシャック、って呼ぶからシャックでいいよ!」
ナ ナ「いやいやいや全然焦ってないし、むしろ余裕だし」
サリー「あはっ☆じゃあ~。あたしのこともサリー、って呼んでね!」
シャック「おうよ、サリー!」
サリー「よろしくね、シャック君!」
二 人「アハハハハハハ!」
ナ ナ「……………(ぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶる)」
あまりの振動にサリーの後ろでナナの隣に座っている
金髪男子生徒の岩沢君(ガン)が驚く。
ガ ン「ナナさん⁉」
○17 同・教室
松 田「で、あるからしてぇ~。ここが疑問系だから……」
松田先生の授業中、またも爆睡しているシャック。
ナナが後ろからペンで突付いても起きる気配が無い。
消しゴムを毟り始める。
サリー「可愛い寝顔だね」
シャック「んぁ? なんだよ見てんなよ」
松 田「はぁ~、ほらそこ、何やってんだぁ」
咄嗟に逆さまの英語の教科書で顔を隠すシャック。
シャック「ヤベ」
松 田「どっちでもいいから、教科書の続き読んでみろぉ」
挙手をして、姿勢正しく読み始めるサリー。
サリー「はい(坊ちゃん朗読)」
読み終わった途端、手を叩いて号泣する松田先生。
松 田「ブラァボォ――ッ! 地中海が目に浮かぶようだ!」
シャック「サンキューな」
サリー「どういたしまして」
ナ ナ「……………(ガリガリガリガリガリガリガリガリ)」
シャーペンを彫刻刀のように使い、
鬼の形相で黒板の内容を机に直接掘り込んでいる。
それを見て、トイレから戻ってきたガンが驚愕する。
ガ ン「ナナさん⁉」
○18 同・教室
サリー「シャック君! 一緒にお昼しよう!」
シャック「おう。じゃ、こっち来て一緒に食おうぜ」
サリー「えーと、その子は?」
シャック「ただの幼馴染だよ」
ナ ナ「……ナナです………よろしく……」
サリー「こちらこそよろしくね。でも、あたし今朝急いでてお弁当作れなかったの。
だから校内の案内がてら、購買部の場所教えてくれない?」
シャック「だとよナナ、行ってやれ」
サリー「できればシャック君にお願いしたいんだけど、いいかな?」
シャック「ったく、しょうがねぇな……」
サリー「わーい、ありがと!」
両手を挙げて喜び、シャックの腕に抱きつく。
シャック「ということだナナ。先に食っててくれ」
ナ ナ「う、うん。わかった……」
シャック「あんまくっつくなよ」
サリー「えへへ。ちょっと嬉しくって」
そのまま二人は教室から出て行く。
いっちー「あらら~、修羅場ってやつ?」
サチコ「ナナ一人置いてくなんて、シャックってゴミ屑以下よぉ~。女の敵ぃ~」
いっちー「まぁ、こっち来なよ。慰めてあげる」
ナ ナ「いや私、慰めてもらえる程の人間じゃないし」
引き続きのパントマイム。
サチコ「あっれぇ~! もしかして動揺してるぅ? ウケるんですけどぉ~」
ナ ナ「うっせブス」
サチコ「えっ、ちょっと何それ、聞き捨てならなくなぁ~い⁉」
いっちー「まあまあ落ち着いて。ナナは今、正常な判断ができないから」
サチコ「だよねだよねぇ~。あーびっくりしたぁ~。
私美人だしぃ~、それじゃしかたないのも頷けるかぁ~。うんうん」
いっちー「うっせブス殺すぞ」
サチコ「え、何々? よく聞こえなぁ~い!」
いっちー「幸福の呪文ザラキーマ。それよりこっち来なって」
いっちーの手招きに応え、椅子に座る。
いっちー「ナナ、このままでいいの?」
ナ ナ「何言ってるか全然分かんない」
いっちー「現実逃避しちゃ駄目! 今までシャックは甲斐性なしで
ナナ位しか飼い慣らすことができなかったけど、
まさかの底辺ヒモ野郎に貢ぐ女が現れたんだよ⁉ このままでいいの⁉」
サチコ「あんなシャクレ男のどこがいいのか私には理解不能だけどぉ~。
諦めるにはまだ早いじゃん?」
ナ ナ「ありがと……二人とも」
いっちー「礼には及ばんさ……。お弁当食べちゃおっか」
ナ ナ「うん。私朝から何も食べてなくて、お腹ペコペコ……
(ガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジ)」
筆箱に噛り付いているナナ。
ガ ン「ナナさん⁉」
またも通りすがりのガンが叫ぶ。
○19 同・教室
清掃中。
机が後ろへと運ばれてあり、空いたスペースで野球に興じている
シャック、ガン、サリーの三人。
サリーがピッチャーでガンがバッター。シャックは見てるだけ。
サリー「よーし、いっくよぉ………それ!」
大きく振りかぶってを投げるサリー。ガン、あえなく三振する。
サリー「やったーっ!」
シャック「腰が入ってねぇんだよ!見とけ、お前の仇は俺が必ず取ってやる!」
ガンとバッターボックスを入れ替わる。
それを確認してから投球フォームに入るサリー。
ナ ナ「遊んでないで真面目に掃除してよ!」
シャック「見切った!」
箒で打ったゴムボールが、ナナの顔面にクリーンヒット。
ナ ナ「きゃっ!」
ガ ン「ナナさんっ⁉」
シャック「へへっ、バカでー。ノロマなんだよ!」
ナ ナ「う~~っ! もう知らないっ! シャックのアホ!」
プンプンしながら教室から出て行く。
シャック「どうせアホだよ……」
○20 河川敷・夕暮れ
丘サーファー達が屯している。
夕焼けの土手に座り、一人佇んでいるナナ。
川に向かって小石を延々と投げている。
そこに近づく怪しい影。
女 「何かお困りのようですかな?」
ナ ナ「……え?」
見上げると、黒いフードを被った謎の女。
女 「とても落ち込んでいるご様子だ。悲しく、嘆かわしい、負の感情」
ナ ナ「あ、あなたは誰……?」
女 「悩みは恋か?」
ナ ナ「な、なんでそんなこと……?」
女 「なーに、思春期の女子なら当たり前の悩みです。恥じることは無い」
ナ ナ「そうじゃなくて……」
女 「私なら、あなたの心の隙間を埋めてやることができる」
ナ ナ「え……?」
女 「言い直しましょうか? 私なら、意中の彼を振り向かせることができる」
ナ ナ「そ、そんなの嘘。できっこない……」
女 「なんなら試してみるかい?」
ナ ナ「どうやって……?」
シャック「おーいナナ! やっぱりここにいたのか!」
河川敷の上からシャックが現れる。
ナ ナ「シャック! ………とサリーさん……」
丘サーファー達を蹴散らしながら降りてくるシャック。続いてサリー。
サリー「迷惑かけてごめんねナナさん。あの後みんなで反省したの」
シャック「他の女子から一方的に責められたから、仕方なくな」
ナ ナ「へぇ、そうなんだ……」
サリー「ところで、その人は誰?」
女 「私は迷える子羊達を解放へ導く、愛の探求者フェスティバル」
シャック「あ、宗教団体の方ですか。そういうの間に合ってるんで。
ほら、さっさと家に帰るぞナナ」
手を繋ぎ、後ろを向くが、すぐに呼び止められる。
フェス「そこのあなた!」
シャック「なんすか? うち真言宗なんで、勧誘はお断りします」
フェス「あなたが負の元凶。そしてその女が原因」
サリー「え、あたし?」
シャック「おい、なんかヤバイぞ……」
ナ ナ「みんな離れて!」
フェス「魂のルナに負の奔流を促せ、夏いぜガール、メガラバれ!」
シャック「ここでタイトルコールっ⁉」
ナ ナ「キャぁ―――――っ!!」
瞬くフラッシュに、目を閉じる一同。
* *
倒れ伏しているナナに呼び掛けるシャック。
シャック「ナナ! おい、無事かっ⁉」
ナ ナ「うう……大丈夫」
サリー「二人とも、あれを見て!」
黒煙立ち上る中から出て来る全身黒タイツ。(以下黒ナナ)
サリーに殴りかかるが、シャックがそれを庇って吹っ飛ばされる。
シャック「危ない!」
ナ ナ「シャック⁉」
シャック「まさかの超展開すぎてワロタ!」
フェス「ははは! そいつは願いを享け賜りし戦士!
その女の欲望を媒体にし、叶える!」
ナ ナ「やめて! どうしてこんなことをするの⁉」
フェス「あの女を殺せばお前の願いは成就する。違うか?」
ナ ナ「違う! 私はそんなこと頼んでない!」
フェス「それはお前の都合というやつだろう。
あれはただ従順に、捻じ曲がった形で目的を完遂するだけだ」
ナ ナ「そんな……」
代わりに殴られたシャックに駆け寄るサリー。手を貸して立ち上がらせる。
シャック「誰か作者の暴走を止めろ!」
サリー「シャック君! これを付けて!」
取り出したのは仮面ライダーのような変身ベルト。
シャック「俺に味方はいないのかっ⁉」
サリー「あたしが味方だよ? 信じて」
フェス「貴様、それはもしや……⁉」
サリー「お察しの通り、あたしは機関から配属されたエージェント!
シャック君にこのベルトを託すため、やってきたよ!」
シャック「はぁ⁉」
フェス「やはりそうであったか……忌々しい駄犬が。しかし私の敵ではない」
サリー「シャック君、落ち着いて聞いてね。今すぐ変身して、あの化物を倒すの。
大丈夫、君ならきっとできる」
シャック「なんかよく分からんが、適応力には評判のあるシャックさんに任せろ!」
ベルトを受け取り、腰に装着する。
フェス「そうはさせるか! やってしまえ!」
黒ナナがシャック目掛けて突進する。
サリー「早く!」
シャック「変身中の攻撃はマナー違反だぞ! 変身っ!」
× ×
「カット!」
夕暮れの河川敷に、蓮美の元気な声が良く通る。
「じゃ、着替えてくる。覗くなよ?」
霙先輩が僕に振り返って言う。
「早くしないと日が落ちますよ?」
「チッ、冗談の通じん奴め……」
ここから本格的なバトルシーンの突入となるため、霙先輩は丘の向こうへライダースーツに変身しに行った。変身といっても黒のライダースーツに、ブーツとベルトとグローブとマントとヘルメットを被っただけの恰好となる。傍から見ればただの変質者なので、さっさと撮り終えたい。
「いやそれにしても、水桐さん迫力がありますねぇ」
待っていても手持ち無沙汰なので、小休止として映画泥棒に労いの声をかける。
「ソウ言ッテ貰エルト、悪イ気ハシナイ」
「この後も頼みますね」
そう言って肩を叩いた時だった。上空から黒い物体が飛来し、水桐さんの体をバラバラにしたのは。
「え?」
映画泥棒の被り物は無残にも拉げ、手足は捥げて四散している。そんな水桐さんの胴体の上にいるのは、大きな黒い何か。
僕の目の前に、黒い影が立っている。それは人の形を模していて、赤い目と、兎のような長い耳が特徴的だった。
「音流っ! 危ない!」
黒い影の長い腕から、拳が振り上げられる。蓮美が叫ぶも、僕は足が竦んで反応できない。
「ボケッとするな!」
入れ替わるように榊枝先輩が身を挺して僕を突き飛ばしたが、影の拳を受け止め切れることはできなかった。水桐さんの時よりも強い力で、川へと殴り飛ばされる。そのまま水面に着水し、水飛沫を盛大に巻き上げた。
「榊枝先輩っ!」
あの巨体が、ヤンキー漫画みたいに吹っ飛ばされただと⁉ その事実を目の当たりにし、開いた口が塞がらない。
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――っ!」
何の前触れも無く、離れていた漁火さんが頭を抱えて悲鳴を上げた。すぐさま草薙さんが駆け寄る。
「七海君、俺が漁火さんの症状を抑えている間、できるだけあの影を引きつけてくれ!」
「どうして僕がっ⁉」
「あの影は君を狙っているからだ」
だから、どうしてって訊いてるんだよ! 草薙さんは事情を知っているようだけど、僕が何をしたっていうんだっ⁉ 何故、漁火さんは苦しんでいる⁉
「後ろ、後ろっ!」
蓮美が指示する方向を振り返ると、影が仁王立ちしていた。足を上げて踏みつけようとしてくるが、僕は腰が抜けて逃げられない。観念して受けようと思っていると、間一髪のところで金髪化した祭にお姫様抱っこで救出された。
「まるでお姫様ね。男のくせに」
「情けないのは分かってるけど、あんなのどうすればいいんだよっ⁉ 祭の能力でこのまま逃げ切れる?」
間違っても戦うなんていう選択肢はありえない。
「私の能力も強化されてスピードは上がったけれど、筋力までは強化されてないのよね」
「つまり?」
「音流君を抱えたままでは逃げ切れない」
「絶対に離すもんか!」
「あなたと言う人は……」
「言い争っている場合じゃないよっ!」
蓮美の声で正気に戻る。あーだこーだと言っている内に、黒い影がダッシュで接近しようとしていた。得体の知れない脅威が迫るのは、とてつもなく恐ろしい。
「うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――っ!」
祭にしがみ付いてみっともなく絶叫すると、いつの間にか川から復帰した榊枝先輩が、黒い影を横から殴り飛ばしていた。さっきのお返しとばかりに、負けず劣らずの勢いで影は土手に突っ込む。土煙が立ちこむ中で、濡れた上着を脱いだ榊枝先輩は、引き締まった上半身を露わにしてから告げる。
「小岩井君、俺と合体しろ!」
特殊ゴーグルを外して格好良く助けてくれたと思ったら、なんという変態発言で登場してくれるんだ。おかげで祭が呆けて、僕を地面に落としてしまったじゃないか。尻が痛い。
「見たところ小岩井君の能力は機械系統の電子機器だけでなく、人体の電気信号をも活性化させる働きがある。それを俺にも適用させるんだ」
榊枝先輩の透視能力が進化している? 物体が透けて見える能力ではなく、危機的状況において、全てを見通す能力に進化していた。
「やってはみますが、勝手が分かりません」
祭は渋っていた。自分でも不明瞭なエレキネスの高等な技術と期待に、応えられる自身が無かったのだろう。
「遠隔操作では駄目だ。そのままの姿で触れてくれれば、後は全力で俺が力を引き出す」
「負担は激しいですよ?」
「承知の上だ」
なんて頼もしい背中なんだ……。
「もう四の五の言っていられません。私も覚悟を決めます。共闘しましょう」
「心強い」
祭が榊枝先輩の背中に負ぶさったその時だった。土手に叩きつけられた影の姿が、いつの間にか消えている。
「下から来ます!」
黒い影に思念があるのかは別として、さっきから蓮美のサイコメトリーのおかげで何度も命を助けられている。だとしても下から来るって言われても、予測のしようが無い。
「影だよ! もしくは陰っ!」
表現はどっちでもいいのだが、僕は蓮美が言う意味を思い知ることになった。尻もちをついていた僕の影が蠢くと、そこから敵が飛び出して来たのだ!
敵は何故か最初から僕を狙っている。予想外の奇襲に為す術が無かった。今度こそ拳が振り下ろされる。
「よく見える」
敵の右ストレートに合わせ、榊枝先輩のクロスカウンターが炸裂した!
「そして反応できる」
後ずさる敵の反撃を許さず、目にも止まらぬ速さで次々と拳を叩き込む。人一人を背負っているとは思えないほどの、軽快なフットワークだった。これなら勝てる。
「これはヤバい! 奴の直線状から回避してくださいっ!」
さらに猛追しようとしたところで、蓮美が焦って指示を出す。すると敵の手から黒い球が浮かび上がった。
これはもしかしなくても危険だ。榊枝先輩と転がるように正面から逃れると、さっきまで僕達がいた場所を黒い何かが通過し、地面を抉り取っていった。
「そんなのありか…………」
榊枝先輩がそう呟くのも解る。僕も同じ気持ちだ。幸い蓮美達とは敵に分断される形にあったので、彼女らに被害は無い。しかし、もしあれが動けない漁火さんに向けられたらと、嫌な想像をしてしまう。
「また撃つ気だ! 逃げて!」
影が一回目と同じモーションをとっている。今度も避けられる自身は無い。絶体絶命のピンチだ。
「小岩井、君だけでも逃げろ!」
「キャッ!」
言うが早いか、榊枝先輩は背負っていた祭を少し離れた所に投げ飛ばした。
「俺が囮になる。後は頼んだ」
カッコ良すぎる……。今僕の中で、榊枝先輩の評価がうなぎ上りになっていく。
「そうします」
そこは否定する場面だろうがっ! なんて薄情な奴だ! 僕も逃げよう……。
「うおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ――――――――っ!」
この中で唯一逃げなかったのは、榊枝先輩だけだった。まさに男の中の男。僕に足りないのは、ああいう男らしさだろう。
影の手の平から浮かぶ、黒い球体が瞬いた。
直線状に放たれる、一筋の黒いエネルギー波。容赦なく榊枝先輩に襲い掛かるが、二人の間にさらなる影が出現し、敵の攻撃を弾き飛ばした。
「なんだか面白いことになってるな」
「霙先輩っ!」
黒いライダースーツに、赤いマント。顔はヘルメットに覆われて識別できないが、その声は紛れもない霙先輩だった。
あの黒いエネルギーまで通用しないとは、これは本格的に人間じゃない。化物だ。
「蓮美、よーく撮っとけよ」
日の落ちかけた夕焼けの河川敷で、颯爽と赤いマントを翻す。
「撮影スタートだ」
× ×
○21 河川軸・夕暮れ
* *
光に包まれ、赤いライダースーツに着替えたシャック。ヘルメットは特注。
黒ナナの攻撃を片手で受け止める。
フェス「何っ⁉」
シャック「やめておけ。闘うことは、もはや無意味だ……」
後ずさる黒ナナ。
シャック、倒れているナナにゆっくりと歩み寄る。
ナ ナ「シャック……?」
シャック「もう安心していいぞ」
ナ ナ「……うん」
フェス「なっ、何をしている! 早くこいつを倒せ!」
再び殴りかかる黒ナナ。
それに合わせ、シャックがカウンターパンチを繰り出す。
黒ナナはスウェーで避けながら足払い。
それを予想し、ジャンプしてキックを叩き込むシャック。
身を捻ってかわし、裏拳を放つ黒ナナ。
屈んで避け、そのままカポエラーキック。
手に汗握るバトルシーン。最後に吹っ飛ばされる黒ナナ。
* *
シャック「変だ。手応えはあるのに、全く効いていない……」
フェス「契約した女の負の源が貴様にある以上、攻撃しても無駄だ!」
シャック「なら、お前を倒せばいいわけだな?」
フェスの方を向く。
フェス「くっ、そ、それ以上近づけば、あの女の命はないぞ!」
黒ナナに首を絞められているサリー。苦しそう。
シャック「ゲスが……」
フェス「ふふふ、なんとでも言え」
サリー「だ、騙され、ないで……。彼女の目的、は、契約者の怨念……。この、ままだと、ナナさ、んが、危険……」
シャック「でもそれだと!」
サリー「あた、しはいい、から……」
動けないシャック。
ナナが立ち上がる。
ナ ナ「シャックはそこにいて。私がなんとかする……」
シャック「おい! その体じゃ無茶だ!」
ナ ナ「自分が蒔いた種だもの……。私になんとかさせて……」
片足を引き摺りながら黒ナナに歩み寄り、後ろから抱きつく。
ナ ナ「ごめんね、もう一人の私。損な役目ばっかりで辛かったよね?
でもね、好きな私と、嫌な私は一つなの。全てを受け入れてからでないと、
本当の私にはなれないの。それは惨めなことだってあったけど、
あなたを憎いなんて思ったことはない。もう一人の私を含めて、
強い私でありたい。だからね、戻ってきてよ。
もう一人の私は、私を愛してるんでしょ?」
穏やかに消滅する黒ナナ。
* *
解放されたサリー。地面に崩れ落ちる。
サリー「はぁはぁ……ありがとうナナさん。助かったわ……」
ナ ナ「お礼はいらない。あなたに対して苛々していたのは事実だけど、
悪いのは全て私だもの。だから私はもう我慢しない。自分に嘘はつかない。
言いたいことははっきり言うから、覚悟していてね?」
サリー「望むところよ」
握り拳を突き合わせる二人。
* *
シャック「勝負あったな」
変身を解く。
フェス「そ、そんな馬鹿な! 負のエネルギーを浄化するでもなく、
まさか取り込むなんて……。ありえない!」
シャック「憎しみや怒りは押し殺すためのものじゃない。
人は負の感情を乗り越えてこそ、成長するんだ」
ジリジリと距離を詰めていく。
フェス「知らない、私はそんなもの知らない……」
シャック「か弱い少女の心に付け込んで、悪行を働かすとはいい度胸だ。
神も仏もあったもんじゃねぇが、俺が代わって天誅を下す!」
フェス「や、やめて、来ないで!」
逃げようとするフェスを捕まえ、コブラツイスト。
日の沈みかけた空に絶叫が響く。
○22 288号線・夜
歩道を歩いている三人。
サリー「フェスティバルとかいう魔女の目的は、心の隙間を増長させて負の連鎖を
引き起こし、世界を破滅に導くこと。そして契約対象は本人ではなく、
本人の中に眠るもう一つの人格。ほっといたらその人格が入れ替わって
危険なのに、なんで逃がしちゃうの⁉」
シャック「なんつーかその、根っからの悪い奴には見えなかったんだよ」
サリー「女の子だったからでしょ? そんなんじゃいつか足元を掬われるんだから」
シャック「憎しみの連鎖はいずれ断ち切らなければいけない。
それがたまたま俺達の役目だったってことさ」
サリー「んー。納得いかないなぁ」
ナ ナ「もう過ぎたことをグダグダ言わなくてもいいじゃない。
元を糺せば、私の心の弱さが生んだ事故みたいなものなんだし」
サリー「確かに一般人に被害が及んだわけではないけど……」
シャック「そんなことより、変身したときの名前決めようぜ、名前!」
ナ ナ「えー、そんなのどうでもいいよ……」
シャック「どうでもいいってなんだよ!」
サリー「残念ながら、名前はもう決まっているのでしたー!」
シャック「何々?」
サリー「弱きを助け、悪を挫く正義のヒーロー、奇跡体験バスターマン!」
シャック「ないわ」
サリー「ええっ! なんでなんで⁉」
シャック「センスねぇよ! それに仮面ライダーじゃなかったのかよ⁉」
ナ ナ「バイクの免許持ってないでしょ?」
シャック「そうだった、クソッ!」
ナ ナ「……保留ってことでいいんじゃない?」
サリー「うー分かった。じゃ、あたしここまでだから、バイバイ!」
手を振って別れる。
残された二人、暫し無言のまま歩き続ける。
シャック「……あのさ、弁当ある?」
ナ ナ「シャックがお昼に食べなかった分があるけど、もうとっくに冷めてるよ」
シャック「チンすればいいだろ」
ナ ナ「いいよ気使わなくて……」
シャック「そうじゃなくて! なんも食ってねぇんだよ!
ナナの弁当じゃないと、食った気がしねぇんだよ!」
ナ ナ「……え?」
シャック「だからその、くれ! そして明日もまた弁当作ってくれ!」
ナ ナ「うん……! ありがとうシャック。でも嫌」
シャック「どうしてだよ⁉ 俺、なんか悪いことしたか?」
不意にキス。
ナ ナ「これで許してあげる。また明日ね」
満面の笑顔で弁当を渡し、離れていくナナ。
弁当を受け取り、呆けるシャック。そして息を大きく吸い込む。
シャック「マジでぇぇぇえええええええええええ――――――――――っ!?」
END
× ×
残暑も無く、適度に涼しい生徒会室。時刻は既に六時を回っており、カーテン無しでも人の判別ができないほどに暗かった。
人が息を呑んでいる中で、唯一プロジェクターだけが律儀に働いている。BGMを背景に、この映画に係わった人達の名前が映し出された。
監督、汐氷霙。
最後に監督の名前だけが、デカデカと何十秒も映っている。
「もういいわ……」
闇の中で蠢く、小さな影。生徒会長の姿理宇が、溜息混じりに言い放つ。僕の右隣には蓮美、辻、祭、榊枝先輩が並んでいる。共に切磋琢磨してきた戦友達の間で、僅かに緊張が走った。
もうすぐ結果がくるのだ。漁火さんから貰った湿布が冷たくて気持ちいいくらいに、脈打つ鼓動が熱くなる。
「これで分かったでしょう、映画研究部の体たらくさが。さぁ、電気を点けて」
いきなり発光するガラス管に目が眩む。しかし目を閉じてはいけなかった。瞼に焼き付けておかなければいけなかった。なぜならそこには、映画を観て号泣する人達の姿があったからだ。
「ナナ……よかったなぁ。ぐすっ」
「流石俺の嫁だ……」
「いや俺の妹だ」
「いや俺の娘だ」
「なんだとコラ!」
「やんのかオラ!」
「表出ろコラァ!」
この所構わず喧嘩を始めた人達は、体育会系の部活を取り締まる重鎮である。もっと分かり易く説明すると、それぞれの部活の主将達だ。今回の映画で、批評をさせてもらっている。バスケ部はいない。
僕の演じているナナを取り合っているらしいが、男だとバレたら殺されてしまうんじゃないだろうか。身震いする……。
「うるっさぁぁーーーーーーーーいっ! どうして泣いてんのよ、あんたらっ⁉」
「すいません……ナナが可愛すぎて、つい」
「感動的ですよ、これは」
みんなで小さくガッツポーズ。
前編と後編を合わせて、一時間程度の上映時間。文化系の女子達も揃えて高評価だった。だが喜ぶにはまだ早い。会長だけは否定的である。
「これのどこがっ⁉ あなた達、集団催眠術にでもかかってんじゃない⁉」
「おっと、いくら生徒会長でもそれは聞き捨てならねぇな……」
「俺達の愛が偽物だって言うのか?」
主将たちが生徒会長に詰め寄る。
「うっ! そ、それは……。なんなのよ、この気迫は⁉」
ゴゴゴゴゴ……と、背後に炎を背負って揺らめいているのが伝わる勢いだった。会長の貞操が危ぶまれる頃、今まで黙視していた左隣の霙先輩がついに動き出した。
「墓穴を掘るのは、そこまでにしておけ」
『かっ、監督!』
いつからあんた等の監督になったんだ……。
「で、出てきたわね! なんと言われようが、通用しないんだからっ!」
強く追求できる相手を見つけ、好機と思ったのか、いつも以上に威勢のいい会長だった。しかしそれが餌なのだということに気付かない。
「愚かな……。ここまでくると意地の張り合いが醜悪なものに見えるな」
「何を言っても無駄! 私はこんな駄作、絶対に認めないんだから!」
「謝れっ!」
緩んだ空気を一閃。恫喝する。
「お、大声出して何よぉ……」
小動物のように驚いた会長は、少し涙ぐんでいた。
「この映画の監督をしたのは私だ。責任もあるし、私に対する誹謗中傷は甘んじて受けよう……。だがしかし、この製作に係わった役者達と、今まで支えてくれた協力者達。そして汗水流して、ようやく作り上げた集大成を観て感動し、涙してくれた視聴者達。それら全てを紛い物だと侮辱するのは許さんっ! 謝罪を要求するっ!」
「な、何よ偉そうなことを……副会長! こいつらを追い出して!」
「ぬぁあ~ぬぁあ~~~~っ!」
「ひゃあっ! あ、あんたまで敵の手の内だというのっ⁉」
感極まっている副会長の鐘崎平(かねざき たいら)も、重要な映画研究部の協力者だ。ここまで感情移入してくれるのは、正直ありがたい。
「いい加減に気づいたらどうだ……」
会長を指差し、止めの一言。
「お前は一人なのだよ!」
「うっ、うっ、うっ、うわあああああああああぁぁぁぁんんっ!!」
悔し涙を流しながら、自分の本拠地であった生徒会室をダッシュで退場していった。少し可哀想な気もする……。
「……ふっ、また一つ余計な花弁を散らせてしまったか」
「明らかに楽しんでましたよね?」
それには答えず、霙先輩は口の端を引き上げるだけだった。
僕は冷や汗を垂らしながら、湿布のある左頬を摩る。
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