第9話 エキストラ
部長がいなくなったのなら、私達がいつもでもここにいる理由は無い。後を追おうとすると、音流君に呼び止められた。
「祭。さっきは霙先輩を助けてくれてありがとう」
私、小岩井祭には、機械を遠隔操作できるエレキネスという能力を持っている。その能力を行使し、ロボットから部長を守ったのだ。この能力を使うと金髪になるという副作用があるのだが、今はもう元の黒髪に戻っている。
「畏まらなくてもいいわ。お礼を言われたくてやったわけじゃないから」
そのやり取りを見ていた漁火さんが、急いで駆け寄ってくる。
「あの、自分からも謝らせて欲しいっす。いつもの水桐さんはとても優しい人なんすけど、今日は機嫌が悪かったようでして……。その、すいません」
あのロボットを“人”ねぇ……。いや、人間離れしているのは私もか。
「漁火さんに免じて許してあげるわ。音流君もそれでいいわよね?」
「え? まぁ、漁火さんの友達なら僕も仲良くしたいしね」
それは本心からの発言なのか、私には判別のしようが無かった。
日も沈みかけた頃、電車通学の私と音流君と伊織さんとの三人は、駅まで一緒に帰っていた。今まではこの三人で帰ることはあまり無かったのだけれど、行動を共にしている以上、これからは機会が増えていくのだろう。
「今日はあまり進まなかったなぁ……」
音流君が溜息まじりに呟く。
「まだ初日なのだけれど、前の方がスムーズだったのかしら?」
私の質問に、伊織さんが答える。
「スムーズというか、撮影が雑だっただけだよね、音流? 今回はクオリティの高さが重視されるから、丁寧に作成しないと」
「それはそうなんだけどさぁ。発表は来週の水曜だよ? 間に合うかどうかも分からない」
私達が通う朝芽黎明高校は、前期後期の二学期制だ。九月下旬に期末テストがあり、それが終わると生徒会総会で選挙が行われる。発表はその一週間前だ。音流君が焦るのも無理はないだろう。本当ならば、私だってテスト勉強に集中したい。
しかしそのためには、今日の出来事を分析しなければならない。映画と並行して勉強しようにも、神社で見た像が気になって仕方がないのだ。このことを伊織さんと話し合いたいのだが、音流君には聞かれたくない。どうしたものか。
「音流、ちょっと先に帰ってて」
「え? それはいいけど、何かあったの?」
そういえば彼女にはサイコメトリーという超能力があった。こういう時には便利である。
「委員長とガールズトークするの。男は邪魔」
少し言い過ぎなような気もしたが、音流君はあまり気にする素振りを見せなかった。
「分かったよ。明日もあるんだから、あまり遅くなるなよ」
「うん、じゃあねー」
私達はお互いに手を振り、一人で帰る音流君を見送った。
「さてと委員長、あたしに話があるんだよね? 近くの喫茶店でいい?」
「ええ」
伊織さんが選んだお店は、スターバックスコーヒーだった。彼女は慣れた風にハニーなんちゃらという、甘そうな飲み物を頼む。私は寄り道自体あまりしないので、無難にブレンドを注文した。
「あれ? 委員長は紅茶の方が好きだと思ったんだけどなぁ」
だから彼女はメニューの種類が豊富なチェーン店を選んでくれたのか。少し悪いことをしたかもしれない。
「確かにそうだけれど、考え事をしたい時はコーヒーの方が冴えるのよ」
「あたしは糖分が無いと落ち着かないんだぁ」
自分が飲みたかっただけらしい……。
店内を見回すと、二人用の丁度いいテーブル席は全て埋まっていた。中にはそこで勉強をしている学生も複数いる。あれで勉強の効率が上がるのだろうか?
「ああ、アレは自分がお洒落だと思われたいだけだよ」
そんなまさかと思っていると、何人かの学生がそそくさと立ち去っていった。これだから超能力は怖い。
「席空いたね。座ろ」
さっきまでいた男子学生に同情しつつ、伊織さんと向かい合うように座る。彼女はさっそく話を切り出した。
「あたしに相談ってのは、昼間に見た像のことだよね?」
「そう、話が早いわね。あの像を見てから能力が強まったと思わない?」
能力が強化されていなければ、あのロボットを制御するのは不可能だった。それはそれで良かったのだけれど、これでは日常生活に支障が出る。強める方法があるのなら、弱める方法だってあるはずだ。それを期待しての相談だった。
「あたしは微妙かな。でも榊枝先輩もそう感じていたみたいだよ」
榊枝先輩がそう感じると言うのなら、特殊ゴーグル越しでも透けて見えたのでしょう。音流君には悪いけれど、あの人になら見られても気にならないのが幸いね。個体差があるということかしら?
「あたしの能力はサークルの範囲内でしか作用しないんだ。いつもは最小限に抑えているんだけど、あれを見てから抑えが利かなくなったの」
能力が暴走してしまったのね。それでは単純に強化とは言い難いか……。
「それにもかかわらず、依然として霙先輩と今日出会ったあの二人の思考は読めなかった。いや正確には読めるんだけど、内容が理解できないんだよねー」
「一体どのような思考だったのかしら?」
「霙先輩は前からそうだったんだけど、抽象画みたいなイメージが流れ込んで見えるのね。理解するのは早々に諦めたとして、他の二人が問題なの。自分は機関のエージェントで世界の平和を守っているとか、異常でしょ」
私にはただのホームレスにしか思えなかったのだけれど、それにしては外見が不釣り合いだったようにも思える。なんて奇々怪々な……。
「そういえば、音流の時もこんなんだったんだよねぇ」
危ない人だとは知っていたけれど、今後の付き合い方を考えた方がいいようね……。
「いやそういうんじゃなくてね、あいつは行動理念が謎なの」
また考えを読まれた。しかしそれも慣れたくはないけど、慣れてしまった。
「伊織さんは音流君と幼馴染なのよね? その時から人の心が読めていたとして、どうして今でも仲良しなのかしら?」
あの腹黒い性格を知っていたなら、幼心として近寄りがたいと思うのだが……。
「あいつは今も昔も変わってないよ。昔から気が弱くて女々しくて挙動不審で、見るからに情けない奴だった。出会うきっかけも、小学生の時にあいつが苛められているのを助けたからなんだ。あたしの能力は生まれつきでさ、タメの喧嘩じゃ負け無しだったんだから」
私の能力は後天的なものだ。朝起きて鏡を見ると金髪になっていて、戸惑ったのをよく覚えている。
「でもやっぱ小学生高学年の頃になると、男女で肉体差が表れるじゃん? いつもは音流を苛めていた苛めっ子が上級生に絡まれていたのね。あたしは相手が誰であれ助けようとしたんだけど、今度は私が返り討ちにあっちゃったの」
何の意味があって能力が発動したのか、ふと考えてしまうことがある。他人とは違うことを正当化させることで、意味を見出したかったのかもしれない。幼い伊織さんにとっては、それが人助けだったのだろう。
「人を助けて痛い目に遭うのなら、最初から出しゃばらなければ良かったって、後悔し始めた時だった。あのバカ、教室の椅子を片っ端から投げて殴りかかったんだよ!」
伊織さんは笑い話のように語ってくれるが、聞いているこっちは笑えない。
「あれだけ臆病だったくせに、何で喧嘩したのか訊いてみるとさ、弱い自分が嫌だったんだって。そんな素振り全く無かったくせに、男の子って短期間で成長するよね」
本当は嬉しい事なのだろうけど、伊織さんはちょっぴり寂しそう。
「委員長ってさ、音流のこと好きでしょ?」
コーヒーを噴き出しそうになった。
「何の事かしら?」
「いや、能力を使わなくたってバレバレだって」
「あなただって音流君のことが好きなのでしょ?」
こうなったら本音トークだ。映画研究部の人物相関図を把握しているのは伊織さんだけだし、色々と訊き出してやる。
「でも音流の本命は霙先輩だよ。霙先輩も音流のことが満更でもないみたい。これって両想いじゃん」
もしかしたらとは思っていたけれど、やはりそうだったのね……。他人の口から聞いてしまうと、やりきれない焦燥感が襲ってくる。
「それがどうしたと言うの? 私は諦めないわ」
「本当は動揺してるのに、表情には億尾にも出さない。だから鉄仮面って言われるんだよ? あたしにそういう計算性はいらない」
「それも含めて私なのよ。個性を変えるつもりはないわ」
嘘偽りのない返答に、伊織さんは小声で笑う。
「委員長って変わってるよね。あたしの能力を知ってて普通、自分から近づこうとする?」
言われてみれば、確かに普通の人なら離れていくだろう。自分の思考が読まれるほど、気味の悪いことはない。
しかし私は、それを承知の上で伊織さんと相談をしたいと思っている。しかもあわよくば利用しようとしているのだ。そんな私を伊織さんは面白そうだからという理由で、話し合える場を設けてくれたのか。現状を冷静に分析することで、自分でも驚くほど素直に答えることができた。
「それは私が鉄仮面だからなのでしょうね」
能力で金髪になってから、隠し事が得意になった気がする。少しでも感情を表に出せれば、もっと女の子らしくなれるのかしら? 音流君は、気づいてくれる?
「あたしも時々思うんだよねー。あたしの想いも届けばいいのになって……」
何年も一緒にいるのに、音流君は伊織さんの気持ちに気づいてないのかしら? だとすると、伊織さんも簡単には想いを告げられない……。もし本当にそのくらい音流君が鈍感なら、彼から私の想いに気づく可能性は皆無?
「伊織さん」
自然と語彙が強くなる。
「何? 委員長」
「共闘しましょう。二人で部長に対抗するのよ」
霙先輩は普段から態度が大きいので、かなりの奥手と見た。出し抜くなら自覚症状が出ない内に決めるしかない。
「いいね。その話、乗った! よろしくね、祭!」
人の悪意に晒されて育ったというのに、どうして無邪気な笑顔ができるのだろうか? 彼女も音流君に影響されたのだと思うと、自然と心が休まった。
「ええ、蓮美。よろしくね」
× ×
日曜日にまた集まり、僕等は引き続き学校で映画撮影をしていた。前半から中盤にかけては教室でのシーンがメインとなる。
「死にたい奴からかかって来い!」
「刃向う奴らは皆殺しだ!」
「Go to hell !」
「新しいマイホームじゃああああっ!」
草薙さんが連れてきてくれたエキストラの方々が、あまりにも騒々しすぎる。いくつもの死線を潜り抜けてきたような猛者から、そこら辺にいそうな妖精さん達まで、実に幅広い人脈である。
叫び声からして、エキストラに収まるような器ではない面々ばかりだ。でも流石に銃を天井に向けて連射するのはやりすぎだと思う……。
「I am gonna beat the shit out of you!」
さっきから水桐さんが一際うるさい。
「こんな騒いじゃっていいんですか?」
「撮影に影響は無い。邪魔者が来る前に、さっさと撮るぞ」
観る側からすれば、前回のクラスメイト達が改造手術を受けたみたいになっているのだが……。時間が無いし、僕も細かいことは気にしない事にしよう。
「この騒ぎは何だっ⁉」
衣装に着替えて定位置にスタンバイ。撮影を開始しようとしたその時、やはり生徒会の邪魔が入った。
「これはこれは副会長殿。何か御用ですかな?」
部長の霙先輩が、へつら笑いを浮かべて対応しに行った。これはまた一悶着あるぞ。
「汐氷、どうして一般人が学校内にいるのか説明してくれないか?」
まともに話し合う気が無いのを感じ取ったのか、見るからにイライラし始める副会長。挑発に乗っては相手の思う壺なので、努めて冷静に振る舞っている。
「彼らはエキストラだ。撮影に協力してもらっている。顧問の松田先生の許可も得ているぞ」
「困りますよ松田先生。こういうのは生徒会にも話を通してくれないと」
「また今度な」
出た、大人の『話は通じませんよ』の態度。不満を訴えかける生徒を流すために修得した会話術の前では、例え生徒会でも何を言っても無駄だ。
「貴様こそ、日曜の学校に何故いる?」
「生徒会の引継ぎで忙しいんだ。ちゃんと生活指導の先生から許可を得ている」
日曜日はセキュリティのため、関係者でも立ち入りを禁止される。僕達は家族で朝ご飯を食べている松田先生の家を襲撃し、撮影のため無理やり学校に連れてきた。
「生徒会様はお偉いこったね」
「会長の標的にされたのは気の毒だが、決まりは守ってもらう。これは約束の三の『撮影のために風紀を乱すことは許されない』と、四の『生徒会の許可無き場所での撮影を行ってはいけない』というルールを破っている」
今更のような気もするが、ここは霙先輩に任せよう。
「風紀が乱れないように誰もいない日曜日を選んだわけだし、教室での撮影に生徒会の許可がいるんですかぁ~?」
あんた尊敬するわ……。
しかし、副会長も負けてはいられない。
「屁理屈を言うな。これ以上騒ぎを起こすようなら、今日の活動を停止させる」
「理屈コネテンノハ、テメーダロウガ、コノ眼鏡エエエエェェェェ――――ッ!」
ヤバい、癇癪持ちの水桐さんが辛抱できずに暴れ出してしまった。問題が起きてからでは、取り返しのつかない事になる。
みなが慌てて抑えつけようとした時、いち早く霙先輩の回し蹴りが水桐さんの側頭部に炸裂した。蹴り一閃を受けて首は胴体から離れ、教室の中を跳ね回る。
「少し黙ってろ鉄屑。粗大ゴミに出すぞ」
「セメテ資源ゴミニ出シテ……」
そこかよ。ってか、胴体だけになってもまだ喋れるのか。
「これで静かになったろ?」
「俺は暴力には屈しない」
一種の脅迫と受け取られたのか、副会長は頑なに首を縦に振らなかった。
「ったく、仕方ないな。コレやるからこの場は見逃せ」
「これで買収したつもりか? 甘く見るなよ」
と言いつつ懐に入れるな。
「じゃ返せ」
「……………………」
そこで無言になるなよ。一体どんな物を渡したんだ?
「あの、霙先輩」
霙先輩の背後にいた蓮美が、チョンチョンと肩を叩く。
「何だ? 取り込み中だぞ」
「カメラ壊れてます、カメラ」
「あ?」
見ると霙先輩が蹴飛ばした水桐さんの頭部によって、蓮美が持っていたカメラは綺麗に潰されていた。
× ×
「一列に並べ、全員スクラップにしてやる」
と言う霙先輩を部員全員で抑えつけ、エキストラの方々には隣の教室へ退避してもらった。今は草薙さんが相手をしている。
四人の女性陣は壊れたカメラを修理するため、工具が置いてある放送室に行った。僕は機械音痴なので余計なことはせず、女装したままで教室に居残っている。
「オ前等ノ女ハ恐ロシイ……」
誰でもいいから文句を垂れたかったのだろうが、凹んだ頭部を戻した水桐さんが僕の左隣に座って来た。体が大きすぎて椅子に収まっていない。
「ここの部活は楽しいな」
体格が良すぎて全く似合っていないが、僕と同じく女装したままの榊枝先輩が隣の席に座ってくる。役作りのため、特殊ゴーグルを外している。部活中は装着を義務づけられているらしい。僕も暇を持て余していたので、話し相手としては適しているだろう。
「どうしてこの部活に入ろうと思ったんですか?」
訊いてから後悔した。僕としては何気ない会話がしたかっただけなのに、榊枝先輩の悩みに触れるような内容となってしまったのだ。
「それは……」
「優! その恰好は何だっ⁉」
後もう少しの所で、副会長が鬼の形相で言い迫って来る。
「久しぶりだな、平」
榊枝先輩が気さくに答える。副会長の名前は平というらしい。
「え、二人とも知り合いなんですか?」
「優とは同じバスケ部だ」
そういえばそう言っていたな。かつての部員がピチピチのセーラー服を着ていたら、そりゃ誰でも驚くだろう。
「今日はバスケ部の練習は無いのか? どうして映画研究部に加担している?」
「バスケ部は辞めたよ」
「辞めたってお前、キャプテンだろうが!」
「平だって副キャプテンだ」
自分のことを棚に上げているのに気づき、副会長は罰が悪そうな顔をする。
「相談も無しに決めるなってことだよ。何かあったのか?」
「俺には目がある。一目肉体を観察すれば、どこの筋肉を効率的に増強させられるかが分かるんだよ」
「ああ、確かに優は一年の頃から効果的な練習メニューを組んでくれたな。先輩達は感謝していただろ」
榊枝先輩には透視能力があるけど、そういう使い方をしていたのか。副委員長の様子だと、部員には教えてないようだ。
「だが俺のハードな練習には付き合ってられないと、部員達から猛パッシングを受けたんだ。俺はいない方がいい」
「優にバスケをする資格が無いのなら、バスケ部の誰にだってその資格は無い。……生徒会で中々顔を出せなかった俺にも責任はある。もう一度部員達と話し合おう」
「機会があったらな」
「約束だぞ……」
「って、生徒会室に戻らないんですか?」
何故か知らないが、副委員長は榊枝先輩の隣の席に腰を下ろしていた。どうやら居座るつもりらしい。
「君達が何をしでかすか予測できないからね。暫く監視させてもらうよ」
さっさと戻った方が身のためだと思うのだが、これでは何を言っても聞かなそうだ。するとさっきの会話を黙って聞いていた水桐さんが唐突に喋り出した。
「分カラン。ソンナ脆弱ナ部下ナド、斬リ捨テレバ良イダロ」
「どの球技でもそうだが、バスケは一人じゃ成り立たない。チームワークが大事なんだ」
「難儀ナコトダ……」
水桐さんの案は極端な例であり、榊枝先輩は優しく諭していた。進学校の生徒で部活にも熱心な方が稀有なのだ。それでも、言わなきゃならないことがある。
「本当にバスケが好きなら、辞めちゃ駄目です」
僕の言葉に、榊枝先輩は驚いたようだった。
「俺一人だけ熱くても仕方無いだろう」
「せっかく恵まれた体格を持っているんだから、あなたはバスケを続けるべきなんです!」
僕は中学時代にバスケを辞めた。ミニバスからやっていたので、少なくとも五年以上は経験してきただろう。僕なりに努力はしたつもりだった。でも、努力は必ずしも報われるとは限らない。
「俺は強くなりたかった。でもこんな目を持っているせいで、いつの間にか見えるものまで見失っていたんだな」
榊枝先輩は間違っていない。要するにモチベーションの問題なのだ。始めた頃の楽しさを思い出して欲しい。上手くなれば、もっと楽しくなるはずだから。
「そうだ、音流も一緒にバスケをやらないか?」
「え、そんな今更、無理ですよ!」
もう一年近くバスケをやっていない。それに二学期からなんて、文科系ならまだしも体育会系は気まず過ぎる。
「マネージャーならともかく、選手に女性を勧誘してどうする?」
そういえば副会長は僕の女装姿しか見ていない。このまま勘違いされたままでは困る。
「いや副会長、僕は…………」
「直んねぇぞ、このカメラ!」
扉を勢いよく開けて、霙先輩達が教室に入ってきた。間が悪いな。
「おいおい、元はと言えば貴様ら二人が巻き起こした参事だろうが。なんとかしやがれ!」
「責任転嫁も甚だしいな」
副委員長の方が言い分に理はある。過程はどうであれ、結果的に直接カメラを壊したのは霙先輩なのだから。しかし、霙先輩にその手の正論が通じるはずもない。
「罰として貴様も手伝えよ」
「どうしてそうなる⁉ 汐氷が勝手に壊したんだろ!」
必死に抗議する副委員長だが、それが聞き入れられるとは到底思えない。
「どうしたもこうしたもあるめーよ。貴様等二人の喧嘩を仲裁してやったんだろうが。むしろ私は感謝されるべきだ」
エキストラはいくらいても困らないから、いっそのこと引き込もうというのが狙いだろう。転んでもただでは起きない。
「ちなみにあのカメラは新聞部の部品です。壊れたことを部長に説明するには、ありのままを話さないといけませんねぇ……」
なんともムカつく笑みを浮かべてみせる幼馴染である。新聞部にバレる、すなわち全校生徒に知れ渡るということだ。
「映画研究部もただでは済まないぞ」
「一緒に地獄へ落ちようぜ」
最低だ……。条件は同じでも、立場的に不利なことを計算しての共倒れだろう。生徒会総会の前に厄介な問題を抱え込みたくはないと思うし。
「手伝おうにも、カメラが無ければ撮影はできない」
一応松田先生から借りたホームカメラもあるにはあるのだが、それだけでは最後に撮影するバトルシーンでのカットが物足りなくなる。その上あまり映像が綺麗ではないため、それ単体で撮影するのは避けたい。
「カメラならあります」
後ろにいた祭が水桐さんを指さす。
「我?」
そしてロボットである水桐さんの頭部には、精密そうなカメラがあった。
× ×
そんなこんなで、水桐さんの首をもぎ取って再開した映画撮影。
始まる前から色々と問題が山積みだったが、いざ始まってしまえば撮影は軌道に乗っていた。逆に撮影中の予測していた事態は全く心配いらなかったくらいだ。
まず、全体的な演技力が無駄に高い。新しく加入した映画研究部三人のスペックが異様に高く、漁火さんなんかはその人物になりきっていた。
草薙さんが連れて来てくれた方々も、パフォーマーだけあってエキストラの役割を心得ていた。体に大きな刀傷があったり、全身メカだったりと派手な容姿のはずなのに、何故か限りなく存在感が薄かった。路上ホームレスの間違いだろ、と疑っていた自分を恥じたい。いや、恥じない。
そういう理由もあって、学校での撮影は割とスムーズに終わった。残すは放課後のラストシーンだけとなる。霙先輩は次にバトルシーンを撮りたいらしく、エキストラ以外は夕暮れの河川敷に来ていた。
「おお、いい夕焼けじゃないか。完全に落ちてしまうまでに早く取り終えるぞ。一発勝負だから、なるべく気を引き締めていけよ」
個人練習しかしていないのに、なかなか無茶な事を言う霙先輩だった。
「今からセットするんで、もう暫くだけ待ってください」
「うむ、よろしく頼む」
蓮美は文句の一つも言わず、黙々と準備をしていた。僕もウカウカしてられないな。ふと空を見上げると、丘の上に祭が佇んでいるのが見えた。少し気がかりなので、近寄って話しかけてみる。
「祭、緊張してる?」
「音流君……。ええ、少しだけ」
「昼間の演技みたいな感じでいいと思うよ」
「そう……」
話しかけても、なんだか上の空みたいだ。バトルシーンで祭は重要な役割を占めるし、撮影に支障が出ては困る。
「ねぇ、音流君?」
「何?」
「蓮美さんのことなのだけれど、あなたは平気なの? その、今までずっと幼馴染に思考を読まれていたことについて」
映画とは全く関係が無く、不意を突かれた気分だった。そんなものに答えなんて用意していなかったので、ありのままを伝えるしかない。
「別に何とも。あ、そうなんだって、納得しただけだよ。小学生の頃、僕は蓮美に苛められていたんだ」
「え……」
「今思えば、道理で喧嘩が強いはずだよ。僕は毎日のように苛められていたけれど、一度ブチ切れて椅子を投げ飛ばした」
翌日全校集会が開かれたのは言うまでもない。僕は弱い自分が許せなかった。今でも強いとは言えないけれど、自分が弱いとも思っちゃいない。あの時の負けず嫌いな気持ちはいつしか薄れてしまったけれど、弱いことを理由に戦いを放棄することだけはしたくなかった。
「漫画ではよくある話だけどさ、でもそれで返って仲良くなったんだ。どうせあいつには隠し事は出来ないと思ってたし、能力があっても無くても関係ないよ。……ってアレ、祭?」
「クッ……」
僕にとっては笑い話だったのだけど、鉄仮面の祭には珍しく、顔を歪めて苦悶の表情をしていた。最近はどこかしら物腰が柔らかかったのだが、これではあまり意味が無い。こういう時、蓮美みたいに人の心が読めたらいいのになって思う。
「ブワァーーッ、はははははっ!」
突然、下の方から霙先輩の笑い声が盛大に聞こえてきた。
「ねぇ、見てよ音流! これヤバいって!」
蓮美が指す方向を見ると、映画泥棒の人がいた。
「オイ、ナンダコレハ! 何故笑ッテイル⁉」
「ひぃぃーっ! ひーっ、そ、その顔で喋るなぁっ!」
演劇部からパク……もとい借りてきた被り物を、水桐さんの頭部に取りつけたらしい。しかも悪者の役作りのためにボディを黒く塗っているので、なおさらその印象が強くなっていた。
「理由ヲ言エ! 我等には言語ガアルダロ!」
「良く似合ってるんじゃないか?」
「……プリチー、っす」
榊枝先輩と漁火さんはなんとか受け答えをするが、二人とも顔が引きつっている。
「ソ、ソウカ?」
「は、腹が捩れるぅ!」
さっきから霙先輩と蓮美が遠慮なく爆笑しているせいで、フォローしても効果が無かった。僕までつられて笑ってしまう。
「草薙! 何処が変ナノカ、教エテクレ!」
「強いて言えば全身だから、君はこのままでいいと思うよ」
「母上、我ハ頑張ッテイマス……」
水桐さんの言葉が引き金となり、みんな我慢できず爆笑してしまう。河川敷に響く僕らの笑い声を、夕日が温かく包んでいる。
「プッ、クククク…………、あーっはっはっはっはっは!」
「ど、どうしたの⁉」
祭だけが遅れて肩を震わせながら大声で笑う。その姿があまりにも狂気的だったので、思わず訊いてしまった。
「大丈夫よ。なんかバカらしくなって」
それは憑き物が落ちたような、素敵な笑顔だった。
「ほら、みなさん。早くしないと撮影の時間が無くなりますよ」
草薙さんの拍手で、笑い転げていた映画研究部が正気に戻る。そうなるとみんな切り替えが早く、そそくさと自分の持ち場に戻った。
「じゃ、本番十秒前いきます」
蓮美と草薙さんで、二つのカメラを構える。その後ろで、律儀に特殊ゴーグルを装着した榊枝先輩がレフ版を掲げる。
「おう、いつでもいいぞ」
霙先輩がオーケーサインを出し、蓮美がカウントを始める。
「9,8,7,6、5、4…………」
…………3、2、1、0。
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