第8話 ロケハン
第三章
土曜日の学校。
人気が少ない静けさの中に、僕ら映画研究部は集まっていた。
「それでは脚本を渡すぞ。軽く読んでくれたら質問を受け付ける」
霙先輩が一人一人に台本を配っていく。僕はストーリーの内容を大まかに把握するため、脚本を流し読みする。どうやら一作目の続編のようだ。
相変わらず、漫画にしたらときめきトゥナイトが出来上がりそうな、ベッタベタな話の展開である。霙先輩は乙女チックな物を望んでいるのだろうか?
「これ、一晩で書いたんですか?」
「そうだ」
失礼だが、一晩で書いたなりのクオリティだ。徹夜してハイになったのか、物語の途中で作者が暴走している。
しかし時間が無いし、これでいくしかないだろう。霙先輩も頑張ったみたいだし、ケチはつけたくない。しかしそれでも、作品の向上を目指すのなら鬼となろう。
「SF要素は一体どうするんですか? せっかく超能力者がいるのに……」
元々、僕らの目的は宇宙人、未来人、超能力者を探すことにあった。そして、無理矢理SFっぽく撮影するのが狙いだったのだ。この内容では、軒並み揃ったエスパー達が活躍できない。宝の持ち腐れである。
「それは私がなんとかする。読心術に、透視、死霊使い、電子機器の遠距離操作など、映像でやっても目立たんだろう。観ている者にも派手さが伝わらんし、なにより地味だ。全く、役に立たん能力が揃ったな」
『…………』
必死に唇を噛んで押し黙る能力者達。
漁火さんの自覚していない能力だけは使えそうだが、それではホラー映画になってしまう……。しかもコントロールできていないので、主に僕等が損害を被る結果となる。もう二度と、失禁するような恐怖体験をしたくはない……。
ちなみに、前作に係わっていない彼らも映画は観た。榊枝先輩だけは、布越しの透視で観賞させた。透視できるのは対象物が一つだけのもようで、僕と祭を見つけたのは千里眼という能力らしい。
審査をした時、その超能力を使えば良かったのでは? という質問をすると、当の榊枝先輩は繭に包まって喋れない。代わりに蓮美のサイコメトリーによると、能力に頼りたくなかった、とのことだ。
何故? と訊くと、蓮美に断られた。バスケット部主将を辞めたことと、何か関係があるのかもしれない。まぁ、合格して結果オーライだろうが、なんだか腑に落ちない。なので、カーテンにでかい目玉の落書きをして帰った。後は知らない。
「配役は前作と同じ。新キャラの転校生は辻。ヒロインの友人Bは優君。そして祭には主人公の友人役と、悪役の両方をやってもらう。ここまでで質問はあるか?」
漁火さんが挙手をする。
「この転校生は、自分とキャラが対極すぎると思うんですが……」
「カツラと包帯を取って演じてもらう。誰も辻だと分からないだろうし、割り切ってもらうしかないな」
「了解っす」
霙先輩が用意してきた、アイマスクよりゴツい特殊ブラックゴーグルを、律儀に装着した大男、榊枝先輩が挙手をする。
「俺はこの体格で女装するのか? 似合わないぞ、きっと」
「ウケ狙いのギャグだから問題無し」
「なるほど」
なるほどじゃねぇよ。実は満更でもないだろうな?
続いて挙手をする祭。
「私が一人二役ってどういうことですか?」
「友人役では金髪に、悪役では素のまま演じてもらう」
挑戦的な試みである。というか悪役が素って酷くね?
「私は正体を隠したいのですけど?」
「疑われたくない事は、逆に見せることで疑われなくなるという言葉を知っているか?」
「スパイの知能犯が使う手口です。まさか通じるとでも?」
「そのまさかだ。噂が一人歩きしている祭のためにやっているのだぞ」
はすみん七不思議に認定されていたからな。
「分かりました。そのような理由でしたら演じてみせます」
「配役での質問は無いな。それでは、役割の分担をする。演出指導は経験のある私と音流。カメラ音響は蓮美と祭。その他雑用などを優君と辻に任せる。衣装は基本制服だから必要無いとして、必要になれば演劇部に借りればいい。小道具が必要な役は、個人で準備すること。ここまでで質問はあるか?」
妥当な配分だろう。前とあまり変わらないが、一つだけ気になる仕事があった。
「エキストラ集めって、この前みたいに先輩のクラスが協力してくれないんですか?」
「いつもなら要請を頼むところだが、そろそろ前期の期末テストが近いのでな、強制はできなかったのだ」
そ、そうだったのか! テストがあることをすっかり失念していた。僕も今からでも間に合うだろうか?
「先輩達はいいんですか?」
「余計な心配は無用だ。勉強するなら台詞の一つでも覚えておけ」
霙先輩は余裕の表情だ。榊枝先輩までもが、無言で腕を組んで頷いていた。僕だって覚悟ができているのだ。今さらやめられるわけがない。
「後は質問ないな? よし、ならば作業開始だ!」
こうして僕らは、一丸となって映画制作に取り組むのである。
「あっ! もう一つあたしから質問させてもらっていいですか?」
さっそく部室を出て行こうとする霙先輩を、蓮美が慌てて呼び止めた。
「なんだ?」
「この映画のタイトルって、まだ決まってませんでしたよね?」
……失念していた。そういえばまだ無かったなぁ。いや、話し合いには出ていたのだが、結局いい案が思いつかず、(仮)にしておいたのだ。みんなのモチベーションを上げるためにも、正式名称を決める必要があるだろう。
「ふふ、実はもう決めてある……」
いかにも意味有り気な、もったいぶった言い方。みなが一斉に身を乗り出し、固唾を呑んで耳を傾ける。
霙先輩の柔らかそうな唇が、大きくはっきりと言葉を紡ぐ。
「夏いぜGIRLメガラバれっ!」
× ×
タイトルも決まり、ようやく映画撮影が本格的に始動した。すぐに撮影へ入れるということで、冒頭のシーンからだ。冒頭といえばシャックの家。つまりは霙先輩の家へ行くこととなる。学校から歩いて十五分くらいの距離だ。
ご両親への挨拶もそこそこに、霙先輩の部屋で着替える。着付けとメイクは蓮美が手伝ってくれた。清楚な雰囲気を出すため、ロングスカートの下に黒ストッキングを履く。何回もやっていることなので、女装はお手の物だ。
「これがリアルナナさんっすか。男性ホルモンは何処へ?」
先に撮影を済ますと、着替えるのに手間取っていた漁火さんが、女装した僕を興味深そうに見てくる。
「……僕は漁火さんの方が驚きだよ」
眩い位に映える水色の髪。ヘアピンで留めることなく、くせっ毛が自由に跳ねていた。
「少しスカートが短いっすかね?」
恥ずかしそうにミニスカートを押さえ、前かがみになった所での上目使い。いつも巻いていていた包帯と眼帯が無いので、その威力は絶大だった。惚れてまうやろ。
「次の撮影場所に行くぞ」
僕の学ランを着込んだ霙先輩が、そう促してくる。僕らの撮影の仕方は基本、脚本の順番通りに進めていくことが多い。その方が全体の工程を把握しやすく、演技するのにも違和感が無いからだ。
そして次のシーンは、遅刻しそうになっているシャックと、漁火さん扮する転校生のサリーが出会う所である。出会い頭に衝突するだけなので、割とすぐに終わる。もう一度霙先輩宅に戻って着替えるのが、一番手間がかかった。
そして僕達が一時間かけて撮影している間、榊枝先輩と祭の二人はエキストラを探している。効率良く行けば、学校へ着くと同時に本番へ入れるだろう。問題はちゃんと人が集まるかどうかなのだが……。
「すまない。無理だった」
撮影を終えて学校へ戻ると、開口一番に榊枝先輩が謝ってきた。そんな特殊ゴーグルを付けていては印象が悪いだろうから、元から期待はしていなかった。
祭によると文科系クラブは休日なので活動していなく、運動系クラブもテストが近いせいか活動を自粛しているという。そりゃあ、テスト期間中は部活動の禁止を余儀なくされるが、テスト前まで徹底する必要はあるのだろうか? 進学校の特色なのだろうけど、もう少し熱心になってもいいような気がする。
「それは困ったな。他に当ては無いし、学外で探すしかないか……」
「あのぅ、それでしたら自分に心当たりがあるっす」
近所のラーメン屋で昼食をとった後、漁火さんの提案で向かった場所は、漁火さんの実家である神社だった。学校から霙先輩の家の反対方向にあり、歩いて十五分位で着いた。
山の上に建っているだけあって、敷地が広い。本殿は決して煌びやかではないが、時代の重みを感じさせる佇まいだった。
「次に撮影する時は、このロケーションがいいな」
霙先輩は神社の雰囲気が気に入ったらしく、さっそく境内の散策を始めた。
「じゃ、自分は公園の方に行ってますんで、暫く待っててください」
隣は公園らしく、運が良ければ待ち人とそこで出会えるとか。
「俺も行くぞ?」
そこで本来の役目であった、榊枝先輩が申し出る。頭のネジが緩い二人だと心配なので、祭もオプションとして付き合わせたいのだが……。
「いえ、申し出はありがたいんですが、下手に何人かで行って相手を刺激するといけないんで……。自分一人で交渉してみます」
どんな危険人物だよ。少し気になるが、漁火さんは取りつく島も無く行ってしまった。何故か自身に満ちた背中を見送ることにする。お願いだから真面な人物であってくれと願った、その時だった。
「撮影は止めた方がいいかも」
蓮美が突然放ったその一言によって、辺りの雰囲気が重々しくなる。
「どうしてさ?」
「嫌な予感がする」
「確かに不思議な力を感じるな」
榊枝先輩まで不安になるようなことを言う。
「言われてみればそうね。自分の中の能力が、少しだけ高まっているような気がするわ」
どうやら能力者全員に共通する感覚のようだ。神社という、パワースポットに入ったせいだろうか? でも、今更どうにもできない。撮影を止めるには、霙先輩を説得させる必要があるのだ。理由を言っても、あの人なら喜んでしまうだろう。
「おーい、貴様等! こっちに来い! 面白そうな物があるぞ!」
……嫌な予感しかしなくなってきた。僕まで境内の空気が禍々しいものに見えてくる。
大手を振って呼ぶ霙先輩の元へ行くのを躊躇っていると、真っ先に蓮美が走って行った。後ろ髪を引っ張られる想いで、僕たちは蓮美の後に続いた
。
「どうだコレ? 神々しいだろ」
裏の方に回って霙先輩が見つけた物とは、神木らしき木彫りの人形だった。大きさは人一人ほどあり、禿頭の男性の表情や身体がくっきりとした精巧な像である。元は納屋の中にあったらしいが、霙先輩が錆びていた錠前を壊したのだそうだ。なんて罰当たりな……。
「これって、ご神体ですよね?」
よく観察すれば、細部の至る所に様々な紋様が彫られている。神々しいのは当たり前だ。しかし何故、こんな立派な像が人目の付かない場所に放置してあるんだろう?
「うーん、惚れ惚れする肉体美だな」
顎に手をつき、今にも頬擦りしそうな艶めかしさで観察している榊枝先輩。特筆すべきはそこじゃないだろ。ちなみに、この像は実物の白装束を着ている。
「神聖ではあるのだけれど、なんだか不気味ね。髪の無い淡嶋神の人形みたい」
祭の言うとおり、この神社はいわくつきのようだ。和歌山県にある人形供養の淡嶋神社に近い雰囲気がある。
「面白ければいい。それに、今回の台本にも使えそうだ」
神さえ恐れぬ所業。しかし蓮美が苦言を呈する。
「いえ、それは止めときましょう。早くここから離れるべきです」
「どうした蓮美? らしくないじゃないか」
霙先輩に言われ、彼女の冷や汗が垂れているのが分かった。サイコメトリーの蓮美が言うのだから、この神社は相当ヤバい。僕も早く帰るように申し出る。
「漁火さんも戻ってくる頃合いですし、ここは一旦戻りましょうよ」
「まぁ、見つかって怒られても仕方ないか。鍵を壊してしまったことは辻に謝っておくとして、さっさと前の場所へ戻ろう」
霙先輩も危険を感じ取ったのだろうか、意外にも潔く引いてくれた。勘だけはいい。
表へ出ると、既に漁火さんが待っていた。
「どこ行ってたんすか?」
「ちょっと裏の方にな。それと納屋の錠前が壊れていたぞ」
あんたが壊したんだよ……。
「ああ、あれは元から壊れてたんすよ。自分が鍵で開けようとしたら、鍵の根元からポッキリと折れまして……。それ以来、納屋の中は開かずの間だったんす」
怒られることは無くなったようだ。ひとまず安堵する。しかし、またも悩みの種が増えそうな案件が漁火さんの隣にいた。恐る恐る訊いてみる。
「それで、そちらの方は……?」
漁火さんが呼んだのは、スーツ姿の男性だった。笑顔で柔らかい物腰なので、人当たりが良さそうではある。気になる点があるとすれば、今日は土曜の昼間だということ。会社の昼休を利用して、会社を抜け出してきたのだろうか。
「ああ、こちらが助っ人の草薙さんです。草薙さん、この方達が自分の友人っす」
「こんにちは、草薙です。よろしくお願いします」
草薙さんは年下相手でも、礼儀正しく挨拶をしてくれた。どうやら僕の杞憂だったようで、真っ当な人っぽい。細かいことはこの際、気にしないでおこう。
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします」
軽く自己紹介を済ませた後、映画を撮影する経緯を草薙さんに説明した。そのためには人手が必要だということも。
霙先輩は面白そうなことがなければ基本、すぐには人を信用しない。榊枝先輩は以外にも、草薙さんに気後れしているようだった。祭は元より人と馴れ合う柄じゃない。蓮美は……何故か顔が青褪めていた。僕もコミュニケーションは苦手なのだが、必然的に漁火さんと二人で草薙さんと会話をしていた。
「事情は分かったよ。漁火さんの頼みだし、俺達も協力する」
「ありがとうございます。他の方達もいるんですか?」
「ああ、俺達は路上パフォーマンス集団だからね。グループで活動しているんだ」
通りでスーツ姿なわけだ。映画のせいで、そういう演出には寛容的になってしまった。そのグループ仲間は都合よく、まだ公園にいるとのこと。どうせだから顔合わせしていこうということで、僕達はすぐ隣の公園へ向かった。
そこで僕は呆然とする。
「ここだよ」
草薙さんが指し示した場所は、どこからどう見てもブルーシートの上にダンボールを組み立てたようにしか見えなかった。これってアレじゃ……?
「ただいま」
止める暇も無く、草薙さんは塾帰りの息子のように中へ入って行った。
「ノックシロッテ、言ッテンダロガァァアアアア――――ッ!」
当然、段ボール小屋の中から響いてくる怒号。自慰行為の最中に母親が部屋に入ってきた引きこもりニートのような怒鳴り声に、僕達映画研究部は身を竦ませた。
「ははは、ノックしたら家が崩れちゃうよ」
そこじゃねぇだろ……。草薙さんは慣れているのか、親しみのある口調で会話をしていた。冗談ではなく、本当にここが住居らしい。路上パフォーマンスとかカッコつけていたが、ただのホームレスじゃねぇか……。
何回かのやり取りの後、ようやく怒鳴り声の主が出てくることとなった。そして僕は驚愕する。出てきたのは強化外骨格というか、パワードスーツというか、オートメイルのようなものを全身に纏った二メートル級の大男だったのだ。顔はガスマスクに覆われ、左手には巨大なマシンガンを装備していた。うん、自分で言っていて意味が分からない!
「ジロジロ見テンジャネーヨ」
無遠慮に注目していると、巨大な銃口を向けられた。漏らしそうになる。
「ころこら、失礼じゃないか。みなさんに挨拶しなさい」
「我ガ自ラ名乗ルノハ、戦場デ背中ヲ預ケラレルト信頼シタ者ダケダ」
そんな奴いねぇだろ……。何故かパワードスーツが強情なので、漁火さんが一歩前に出て挨拶した。
「こんちわっす、水桐(みずきり)さん」
「チョイッス、辻ッチ! サン付ケナンテ、水臭イゾッ☆!」
お前らどんな関係なんだよっ!
「ソノ髪、似合ッテルネ!」
ロボが示しているのは、漁火さんの水色のくせっ毛のことである。もう少しリアクションが大きくてもいいと思うんだけど……。
「見せるのは初めてでしたね。褒めてくれて嬉しいっす」
とにもかくにも名前が水桐さんと分かったので、草薙さんにしたように各人の自己紹介をする。最後に霙先輩の順番が回ってきた所で、意外な事実が発覚した。
「貴様もしや、花篝博士の研究所にいた奴か?」
その花篝博士というのはまさか、あの爆弾付首輪(オリハルコン製)を発明したという、霙先輩の知り合いのことだろうか?
「……何ノ事ヤラ?」
水桐さんは考えを逡巡した後、しらばっくれている。見た目もそうだが、怪しすぎる仕草だった。機械のくせに人間っぽい。
「研究所から抜け出したというのは、やはり貴様だったか。博士が心配して探していたぞ」
「勝手ニ、ペラペラ喋ッテンジャネーヨォッ!」
ジャキン! と、水桐さんが左手のマシンガンを霙先輩に向けて発砲するかと思いきや、そこから弾丸が飛び出てくることはなかった。
「ファック! コンナ時ニ、ジャムリヤガッタ!」
なんだ玩具か。本物な訳が無いよな。
「えっ、君金髪だったけっ⁉」
草薙さんが驚きの声を上げ、後方を指さす。胸を撫で下ろしていたら、祭の髪が金色になっていた。自己紹介で個人の能力云々は割愛したため、事情を知らない草薙さんが目ざとく発見する。
「優しい心を持ちながら、激しい怒りを覚えたもので……」
これまた祭がよく分からない説明をするが、問題なのは水桐さんの銃器が本物だということだ。しかも、それを霙先輩に向けて撃とうとした。祭のエレキネスが無かったら、大惨事になるところだ。許せるはずがない。
「今、本気で撃とうとしただろ!」
巨大な水桐さんを目の前に、啖呵を切る。僕とではアリと像だろうが、知ったこっちゃない。一発ぶん殴らないと気が済まない。
「舐メタ口キイテット、金玉引ッコ抜クゾ小僧!」
「やってみろよ!」
癇癪持ちな水桐さんは、挑発に乗って右手を振り上げる。内心はビビッていた。水桐さんの鉄拳は大きすぎて、とっさに避けることができない。観念して衝撃に耐えるため、目を閉じて歯を食いしばるが、いつまで経っても衝撃が訪れなかった。
「さ、榊枝先輩……っ!」
ゆっくり目を開き、頭上を見上げると、僕の後ろから水桐さんのパンチを受け止める榊枝先輩の姿が映った。
「無茶をするな」
いつもとはまた違う微笑みに、とてつもない安心感が混ざっていた。今なら抱かれてもいい。
「落ち着け貴様ら」
見かねた霙先輩が両方を仲裁する。それで一応は冷静になった。だけどまだ、僕は許したわけじゃない。それは相手も同じだろう。こんなことで協力を仰げるのだろうか?
「フン、運ノ良イ奴ダ。我を連レテ行クノカ?」
「いや、今は生憎と興味が無い。私達の協力をしてくれるのならば、このことは黙っておいてやろう」
僕はとても興味があるのですが……。
「脅シテイルノカ?」
「馬鹿者、交換条件だ。自由権は貴様にある」
あの霙先輩が自分からお願いするとは珍しい。しかも射殺しようとして来たにも関わらず、それを許すという。なんという懐の深さだろう。
「我ノヨウナ身形の者デモ対等ニ接シ、ヨモヤ人権ヲ唱エルカ……。確カ映画を撮ルノダッタナ。面白イ、協力シテヤロウデハナイカ」
水桐さんは霙先輩の態度に感銘を受けたらしく、快く了承してくれた。霙先輩はこの短時間で、暴れ馬を手懐けてしまったのだ。
「そうと決まれば話は終わりだ。これ以上ここにいる必要も無い。今日の所は解散とする。明日までにはメンバーを揃えておけよ。集合場所など、細かいことは辻に訊け」
もうそんな時間か。昼食が遅かったせいか、時間の流れが速く感じる。
「ソウイエバ、オ前ノ名前ヲ聞イテイナカッタ」
さっさと帰ろうとしていた霙先輩は鳥居を潜る直前で立ち止まり、首だけ曲げて肩越しに名乗った。
「私の名前は汐氷霙だ。そのポンコツに刻み込んでおけ」
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