行き止まり、雨。
雛河和文
閉幕
――これまで宇宙の片隅で細々と続けてまいりました「世界」は、誠に勝手ながら本日23時59分59秒をもって閉幕と相成りました。皆様の長らくのご愛顧への感謝を述べるとともに、皆様の素晴らしい夢見をお祈りしております。
そんな寂れた商店街に張られた文面のような、簡素な一文が空に浮かんだのは、日本時間で今日の21時ちょうどだった。これと似たような文面は世界中の空に各国の公用語で張り出されたらしい。唯一違うのは書かれた時間。「23時59分59秒」というキリのいい時間は日本列島がこの位置にあったからこそのもので、他の国はそこから足したり引いたり。そう考えると本当に「今日」で世界が終わってくれる日本というのは、ちょっとだけ他より幸福な国なのかもしれない。
世界が終わりを告げてきてからの三時間は、これまで沢山の人間が想像したそれよりも静かだった。善人も悪人も、そのどちらにも属さぬ多くの人間も皆一様に「終わり」という事実を受け入れ、それまでの人生で浮かべたどれよりも穏やかな笑顔を浮かべて。
あっという間に最後の一時間、それすらも終わろうとしている。それまで特に何をするでなく、デジタル時計の数字を眺めて過ごしていたのだけれど、ふと外に出てみたくなって、靴を履いて外に出た。どの店もとっくに閉まっているが、街は家族や恋人、友人と最後のときを過ごそうという人たちがたくさんいた。有名人や著名人も何度か見かけたが、誰も騒ぎ立てるようなこともなく、お互い静かに会釈をして、それぞれの時間に戻っていった。それに倣っていつになく静かな街から、さらに静かな住宅街へ。
スマートフォンの表示を見る。23時57分。今からカップラーメンにお湯を注いでも、出来上がる頃にはそれを食す人も、カップラーメンそのものもない。歩みを進める。
もうスマートフォンを見る必要すらない。23時58分。駐車場で寝転ぶ野良猫の親子を立ち止まって眺めてから、さらに歩みを進める。
23時59分0秒。急に降り始めた雨は、世界の暗転幕。静かに打ち付ける雨音は、幕が閉まりきる頃には止むだろう。
――ふと、足を止めた。民家の駐車場の端、ぽつんと植木鉢が街灯に照らされていた。青紫の花弁と細い葉を持った、どこにでもありそうな素朴な花だった。
その花は雨の雫を受け、そこに入り込んだ光で輝いている。最後を共に過ごす相手を持たない仲間同士。不遜にも、そんなことを思った。
「あの、一緒に見ててもいいですか?」
声がした方を振り向いてみると、さきほど歩いてきた道からもうひとり。十代後半頃の、髪の長い少女だった。
何も言わず、花へと視線を戻す。少女も何も言わず、隣で花に目を向ける。
――あぁ、そういえば。
最後の最後だけは、××を気にしていなかった気がする――
行き止まり、雨。 雛河和文 @Hinakawa
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