火花を刹那散らせ

ヤンバル

火花を刹那散らせ

 参ったな。アイスが溶ける。

 コンビニからの帰り道で厄介なことに巻き込まれている。『口裂け女』(多分)と、金髪のお姉さんが戦っている。何時だと思ってるんだ。深夜2時だぞ。

 スルーしたいのはやまやまだが通りの真ん中でおっぱじめてるから、避けようがない。かれこれ10分ぐらい二人の熱戦を見せつけられている。


 「はやく”ロゴス”しろ!!」


 金髪のお姉さんが叫んでる。さっきからそれしか言わない。


 「ロゴスしろ!!ロゴス!!!」


 口裂け女の爪が、お姉さんのライダースーツを切り裂く。お姉さんが小さく呻く。

 助けたいがアイスが溶けるからなぁ。夜とは言え夏なのだ。戦果を確認した口裂け女が歯を噛み鳴らす。


 「おい!!ロゴスしろって!」


 お姉さんの殺意が、だんだん俺にシフトし始めた。切り裂かれた太ももからは血が滴っている。まずいな。早くしないとアイスも滴りはじめるぞ。

 暑さのせいか痛みのせいなのか、お姉さんの動きが鈍くなってきた。口裂け女は醜い大口で噛み付こうとしている。歯がぶつかる音が響く。

 お姉さんは日本刀のようなものを握っている。あれがロゴスかな?


 「たのむ・・・ロゴスしてくれ・・・」


 違うな。こっちに向かってロゴスロゴス言ってるもんな。レジ袋に虫がぶつかってきた。今の虫けっこう大きかったな。


 「ロゴスってなに?アイス?」

 

 「貴様、イデアリストではないのか?」


 お姉さんの顔から血の気が引いていく。

 

 「ただのバイトですけど」


 「ばいと?」


 お姉さんの肩に口裂け女が噛み付く。口裂け女が首を上げると赤い滝が吹き上がる。このままでは眼の前で人が殺される。虫がまたレジ袋に当たる。緊急事態にうっとうしい。夏の虫は夏の虫らしく、飛んで火に行け。

 飛んで火に入る夏の虫。

 その瞬間、火花が散った。脳内物質のせいなのか、寝不足なのか知らないが、

 その瞬間、確かに俺の世界に火花が散った。


 「顕現ロゴス”飛んで火に入る夏の虫”」


 無意識に俺はつぶやいていた。どこから来たのか俺の右腕に炎がまとわり付いている。良かった。レジ袋は左手だ。


 「・・・遅いぞ、イデアリスト」


 そう言うとお姉さんは倒れ込んだ。俺は彼女のもとに駆け出す。口裂け女は彼女に覆いかぶさろうとしている。俺はやつの後頭部めがけて燃える右腕を突き出す。

 

 こうして俺の最悪の夏は始まった。アイスは溶けていた。

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火花を刹那散らせ ヤンバル @yanbaru9

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