試験終了五分前

達見ゆう

これより退室できません

『試験終了まで五分です。これより退室は不可能となります』

 主任監督員のアナウンスが試験会場に響いた。そんなこと言われなくても、手元の時計でそれはわかっている。

 試験終了五分前。人によってはとても焦る時間だ。現に前の席の人は忙しなく腕を動かしているから、書ききれないのを覚悟でラストスパートをかけているのだろう。試験時間は三時間、出題されている問題からして、残り五分で書ききれるとは到底思えないが、彼は最後まで諦めないと決めたに違いない。


 しかし、私は早く終わって欲しかった。問題が早く解けた訳ではない。全くできなかった訳でもない。

 今日という日が憂鬱だったのだ。早くこの日が過ぎて欲しかったのだ。そんなに憂鬱ならば、ここへ来なければ良かったのかもしれない。しかし、周りから頼まれたし、その信頼を裏切る訳にはいかない。

(変に律儀なんだよな、自分は)

 私は心の中で苦笑いする。


 こんなことを考えてもしょうがないので、私は周りを見渡す。周りの受験者も退室できないのだから大人しくしているが、よく観察すると多種多様だ。先ほどの彼のように必死で解いている者、余裕で解答を見直している者、諦めたのか開始五分で寝てしまった彼女はまだ寝たままだ。あそこまで潔く諦められるのもある意味立派だと思う。


(早く終わらないだろうか)

 私は体の重心を微妙に変えながらそわそわする。あまり強く重心を変えると、貧乏ゆすりみたくなるのでギリギリの加減だ。さすがに貧乏ゆすりなんてみっともなくてできない。

 これならば主任監督員に申し出れば良かった。しかし、もう手遅れだ。五分前のアナウンスがあった以上は誰も動けない、出られない。私は耐えなくてはならない。

 しかし、この五分間はものすごく長く感じる。待つ者は辛い。


 そう考えているうちにあと三分を切った。ああ、カップ麺からあっという間なのになんで長く感じるのだ。やはり来るのを辞退すれば良かったのかもしれない。ちくしょう、誰もやりたがらなかったからって、引き受けるのではなかった。

 私は体の重心を変えながら、心の中で毒づく。先ほどより重心を変える頻度が高くなっている。いろいろ限界なのだ。

 あと一分となった。先ほどの彼はまだ書いている。諦めが悪いのか、途中でもいくばくかの点数を貰えることを期待しているのか。

 寝ていた彼女はさすがに起きたようだ。あの図太さはある意味うらやましいと思う。

 目の前の時計を見る、あと三十秒。体の重心を変える。辛い、しかしあと十秒。

 時間だ。終了を知らせるチャイムが鳴る。

 私は主任監督員の元へ走り、彼に尋ねた。

「主任、答案用紙は窓側の列から回収でしたね」


 長い長い、三時間立ちっぱなしの試験監督員の仕事がようやく終わった私は窓側の受験者の列へ答案用紙の回収に向かった。




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試験終了五分前 達見ゆう @tatsumi-12

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