22

「あの。......話って、一体」


 なんとか喉から声を絞り出して返事する。いつの間にか、口の中が乾ききっていた。


「あー......実はな。その......色々あって。天文部、文化祭に出展できなくなっちまった。......本当に、すまない」


 そして。普段と違って珍しく躊躇いがちな永沢先生の口から出た言葉は......僕の悪い予感を遥かに上回る、最悪と形容して差支えの無い言葉だった。




「出展、できない......?」


 掠れた声が、喉から漏れる。少し遅れて脳が言葉の意味を理解した瞬間、視界が急に揺らいだ。思わず、その場に倒れ込みそうになる。何かを喋らなければいけないのは分かるのに、頭の中では色んな言葉が渦巻いているのに......糊付けでもされているかのように、僕の口は開かなかった。


「永沢先生。......何が、あったんですか」


 沈黙を破ったのは......普段の彼女からは考えられない、ぞっとするほど冷徹な天音先輩の声だった。顔なんて見なくても、その声を聴けば分かる。天音先輩が、僕達よりも一早く状況を把握し、頭の中で必死に考えを巡らせている事も......今まで見た事無いくらい本気で怒っていて、必死にその感情を押し殺している事も。永沢先生は、そんな天音先輩の方に目を向け......申し訳なさそうな表情をしながら、ゆっくりと話し始めた。


「......ウチの文化祭は、他と比べて毎年展示の数が多い。クラス毎や部活毎の展示は勿論の事だけど、申請を出して教員の審査を通過することで結成できる有志団体の展示もあるからだ。有志の展示はその性質上ユニークな展示が多いし、ウチは部活動も結構自由な分、部活展示もクオリティが高いものが多い。だから毎年、文化祭ってのは学校の中じゃ一番のイベントになってる」


「それはもう、知ってます。私が聞きたいのは――」


「天音。......取り敢えず、話を聞いてくれ。先週、有志団体の募集が終わったんだがな。応募数が、例年よりもかなり多かったんだ。ともなると、当然問題が発生してくる」


「教室の不足、ですよね?」


「流石に天音は理解が早いな。そう、教室数の不足だ。元々ウチの敷地はそんなに大きくないし、今まででも結構いっぱいいっぱいだったしな。仕方が無いけど、今年は有志団体の審査を厳しめにしよう。昨日までは、そう結論が出ていた」


「......まさか」


 天音先輩が、震える声でか細く呟く。僕も......朧気ながら、何が起こったのかが分かった。分かって、しまった。


「さっきも言った通り、文化祭の目玉は部活展示と有志展示だ。......だったら、今までは無条件で通されていた部活展示の数を減らし、そこを有志展示の枠に割けば良い、って意見が、今日の職員会議で出た」


「ちょっと待って。それって――!」


「そんな......。そんな、ことって」


「流石にそれは......笑えないっすね」


 そして。続く永沢先生の言葉を聞いた瞬間、僕は――おそらく天音先輩も、先程想像した事が、ほぼ正解であったという事を確信した。遅れて状況を理解したのだろうか、他の三人から驚きと悲痛さの入り混じった声が聴こえてくる。


「初めの方こそ賛否両論だったけどな。でも結果的に、その案は可決された。で......どの部活展示を減らそう、って話になった時。真っ先に標的になったのは、天文部だった」


「そんな......!確かに私達は人数こそ少ないですけど、だからこそ文化祭は滅多に無い新入部員獲得のチャンスじゃないですか!実際、文化祭を見て天文部に入ったって人も過去にはいます!展示の評価だって毎年そんな悪くないですし」


 いつもは冷静な空が、珍しく声を荒げて永沢先生に詰め寄る。空も、相当ショックなんだろう。葉村君と南さんも、目に見えてわかるくらい青褪めた顔をしている。


「もちろん俺も、そう言ったさ。ただ......天音がいない、四人だけの天文部では碌な展示は作れない。他の教師は、そう決めつけて聞く耳も持たなかった」


 悔しそうな顔をしながら、永沢先生は言葉を続ける。


「天文部の普段の活動は、遊んでるようにしか見えない。そんな連中が、部室を貰って部として活動していること自体そもそもおかしい。今は部室の枠もギリギリだし、同好会に格下げすべきだ。理系科目では飛び抜けて優秀な天音が在籍している内は大目に見てやったが、今後は天文部に対する対応を改めさせてもらう。......全部、職員会議で言われた事だ。悔しかったさ。......その意見が余りにも、教師の側からすれば正論だったもんだから」


「先生は、悪くないです。......去年学校に泊まり込んで作業できたのも、こんな部活が夏合宿に行けたのも、天音先輩がいるからって大目に見てもらえただけじゃ無い。顧問である、永沢先生のお陰です。今回だって......見れば分かります。永沢先生が、僕達の為に精一杯努力くださった事は」


 普段の職員会議は、こんな時間まで長引かない。いくら文化祭の事が議題に出ていたとは言え......いつもより二時間も延長した事なんて、見た事ない。


「昴......」


「悪いのは、僕だ。何が天音先輩の後を継ぐ、だ。結局、天音先輩がいなきゃ何一つできやしないじゃないかっ......!」


 悔しかった。無力な自分が。部長なのに、前部長のように部活を守る事ができない、その無力さが。天音先輩は教師に贔屓されることを疎んでいたけど......今は、そのことが本当に羨ましく思えた。


「先輩も悪くないです!......そもそも、誰かが悪いとか、そんな責任の押し付け合いだけで何とかなる話じゃないですよ」


「南の言う通りっすよ!瀬上先輩、かなり前から文化祭成功させようってめっちゃ頑張ってたじゃないっすか!責められる要素なんてどこにも無いっすよ!」


「......ごめん」


 思わず、俯く。余りにも唐突に訪れた事態を前にして、冷静な思考ができないでいた。心が、絶望に染まっていくのを感じる。


「取り敢えず、下校時刻だし今日の所はもう帰れ。明日以降も何とか交渉してみるから、お前らはそのまんま準備を続けてろ」


 永沢先生が、くたびれた声で僕達に向かって話しかける。それに対して何か言おうと思ったけど、口を開く気力すら無かった。みんなも、無言で帰り支度を始めている。......帰り道は、別れの挨拶以外、一切会話は無かった。


「大丈夫、だよね......?」


 家に入る直前。空が、ふと漏らしたその言葉に......僕は、何も返すことができなかった。


 


 









 



 

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ほしふるよるに。 えりぃ @rainford31

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