21

 九月も終盤に入り、すっかり残暑も鳴りを潜めて秋の涼しさが心地よくなってくる頃。僕達天文部は、ひたすら文化祭の準備に追われていた。


「じゃあ、今日も文化祭の準備を始めていこうか。前回と同じように、葉村君と南さんは特設ブースの展示製作。僕と空も、引き続き今年の活動記録を纏め上げていく感じで。このペースなら、そろそろプラネタリウム関連の作業にも着手できると思うから頑張っていこう」


「分かりました」


「了解」


「ういっす。......つーか、そんな大事な部分を一年に丸投げしていいんすか?本当に」


 葉村君が、怪訝そうな表情を浮かべながら僕に質問してくる。正直言って、僕もこうするのが正しいかと聞かれたら即肯ける自信は無い。


「そう言われても......。三年生って夏には基本的に部活を引退するし、文化祭の部活展示は毎年一年と二年が主軸になるんだよね。だから一年生にもそれなりに頑張ってもらわなきゃ、事。天音先輩は一番上の理系クラスにいるから受験勉強忙しいだろうし。あと」


「あと?」


「そもそもうちは四人しかいない。......前も言ったけど、多少の無茶は必要になる」


「......それもそっすね」


 葉村君と一緒に苦笑する。四人での文化祭準備は......分かっちゃいたけど、やっぱり大変だ。部長という立場で色々考えてみると、改めて痛感する。去年三人で準備した経験が無ければ、多分ここまでやろうとすら思えていなかっただろう。


「まぁ、そんなに気張らなくて良いよ。あくまでも小学生とか中学生に向けた物だから、専門的な事を詳しく書くというよりも分かりやすく書くことが大事だし。理科の授業の延長みたいな形にして興味を持ってもらうのが一番だと思う」


「なるほどね......でもそれなら、一番瀬上先輩に合ってそうじゃないっすか?」


「昴が書くと、論説文みたいになる。堅い。天音先輩ほど酷くないけど。その点ゆきのんの文章はかなり分かりやすい。去年は消去法で私がやってたけど、全然私より上」


「あ、ありがとうございます。......昴先輩と天音先輩がなんかイメージ付きます、それ」


 女性陣の二人から呆れた声が飛んでくる。.......人間だもの。できないことだってそりゃあるに決まってるし。適材適所って言葉は偉大だ。


「......そんなこと言ったら空だって、模型製作の時は大分酷かった気がするんだけど。初めて見たよ、あそこまで悉く道具が使えない人」


「う、うるさい。ちょっと不器用なだけだし」


「......鋏すらまともに使えないのにちょっとは少し苦しくない?」


「......セクハラで訴えるよ?」


「今の会話のどこにセクハラ要素があった!?」


「相変わらず君達は仲良いなぁ。いちゃつくのは良いが、ちゃんと文化祭準備は進んでるのかー?」


「いや別に進んでますよ、って......え......?」


 気のせいだろうか。今、聞こえるはずの無い声が後ろから聞こえてきたような......。


「全く。後輩の二人、呆れてたぞ?」


「天音、先輩......」


「来てたんだ、いつの間に」


 後ろを振り向くと、そこには、呆れ顔の後輩二人と......いつも通り、不敵な顔を浮かべた天音先輩が、立っていた。




「いやー、今日は暇だったし。折角だから一か月ぶりに後輩の顏でも覗きに行くか、みたいな?」


 笑顔を浮かべながら、いつも通りの口調で天音先輩が話す。来たばっかりなのにあっさり部室の空気の中に溶け込んでいるのは、流石と言うべきか。


「いや、まぁ余計なお世話かもしれないですけど......受験勉強、大丈夫なんですか?」


「ん?あぁ......」


 曖昧な呟きを漏らしながら、天音先輩は鞄を開ける。そして、中から一枚の紙を取り出した。


「昨日郵送されたやつ」


 そう言って、その紙を僕に渡してくる。


「なんて書いてあるんすか?」


「第二回全国模試......予備校の試験ですか?」


 みんなでその紙を覗きこむ。そこには、僕達の予想を遥かに上回る恐ろしい事が書いてあった。


「英語偏差値62......数学74......物理70......化学68......理系型総合、70」


「A判定、同学部志望者内では成績第1位......」


「......瀬上先輩、この大学って確か」


「......理系単科の大学なら間違いなく全国最難関。総合大学を入れても、医学部除けば多分全国で三本指には入るとこ」


「しかもこの塾の模試、かなり難易度が高くて偏差値が出にくい仕様だった気がする」


「というわけで、私は今暇なんだ。別にここに来たっていいだろ」


「ぐうの音も出ねぇ......!」


 こんな並外れた事をしておきながら、天音先輩の顏はいつも通りだ。......いや、本当にぐうの音も出ない。こんな圧倒的な成績なら、部活に一日顔を出して息抜きくらいしてもお釣りが出るレベルだ。


「まぁ、言いたいことは分かりました。......正直言って、助かります。四人じゃやっぱり結構きついんで」


「だろうな。......私も、去年は死ぬかと思った」


 そう言いながら、天音先輩はテーブルの上にある資料に手を伸ばして整理し始める。


「活動記録の纏めは私がやっておくから。ゆきのんと空君は特設ブース。で残った二人は......そうだな、できるだけで良いから天体模型の製作でもしててくれ。......空君に任すと惑星が立方体の形になる」


「......天音先輩、嫌い」


「そこまで行くと、もはや凄いですね......」


 そして、瞬く間にみんなに的確な指示を出す。天音先輩の方を見ると、もう机の上でさっきまでの僕がやっていた三倍くらいのスピードで書類を纏めている。......やる気を出した天音先輩には、やっぱり敵わないな。そう思いながら、葉村君と一緒に僕も作業を始めるのであった。




 気付けば、窓から見える空が茜色に染まっている。集中してやっている間に、結構時間が経っていたようだ。


「もうこんな時間か。......片付けよう」


 天音先輩が立ち上がって、机の上を片付け始める。書類をパッと見ただけでも、相当進んでいる事が分かった。


「天音先輩、今日は本当にありがとうございます。本当、助かりました」


「いーよいーよ。良い息抜きになったし。......文化祭、頑張ってくれよ」


 励ますような目つきをしながら、天音先輩が僕に向かって言う。やる気出るな、これは。片付けをしている周りのみんなも、やる気に満ちた顔つきをしている。......本当、このタイミングで来てくれた天音先輩にはいくら感謝してもし足りないくらいだ。


「さてと、片付け終わったら帰るか。......いやー、この雰囲気も懐かしいな」


「いや、まだ一か月しか経ってないじゃないですか」


 天音先輩はそのまま、帰り支度を終えた姿でドアに向かう。そしてドアを開けて......そのまま、固まる。


「どうしたんですか、天音先輩――」


 気になって、ドアの外を見ると......そこには、滅多に部活に顔を見せない天文部のメンバーが立っていた。


「永沢、先生......?」


「瀬上か。他の部員と......天音まで来てるのか。丁度良い、お前らに話す事がある。そんなに時間は取らせないから安心してくれ」


 そう言った永沢先生は、見たことも無いような険しい顔をしていて。......さっきまでの高揚した気持ちが消え去り、代わりに嫌な予感で心が塗り替えられていく。冷や汗が一筋、背中を伝って滴り落ちた。

 



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