ゴミ袋

「はー、歌った歌った!久しぶりに来たけど、やっぱカラオケはいいね。」

 友人の明美が少し枯れた声で言った。

「あはは。明美めっちゃシャウトしてたよね。声ガラガラだよ。」

「彩子だって推しの映像が流れた途端、歌詞そっちのけでキャーキャー叫んでたじゃん。」

 と、私たちは笑い合いながら帰り支度を始めた。

「えーっと。ゴミはまとめてからゴミ箱に捨てて下さいって書いてあったよね。もう袋の口閉めちゃっていい?」

 私はお菓子の包みでパンパンになったゴミ袋に手を伸ばす。

「もう大丈夫!ありがとね。・・・ちょっとジュース飲みすぎたみたい。トイレ行ってくる。」

 そう言うと明美は足早にトイレに向かって行った。


 その時だった。

 私の持っていたゴミ袋がガサガサと音を立てて微かに動いた。

「え?」

 私は驚いて思わず袋を机の上に投げ出した。

 その後も袋は音を立て動き続けている。

「も、もしかして、虫とか入っちゃってる?」

 私は念のため鞄から携帯用虫除けスプレーを取り出し、そっと袋の中を覗き込んだ。

 すると、ゴミの隙間から何か細長い触覚のようなものが2本飛び出ているのが見えた。それが頻りに蠢いていたのである。

「ひっ!」

 恐怖に駆られた私は手に持っていたスプレーを思いっきり袋に向けて噴射した。

「ギィィィィィィィィ!!!」

 その瞬間、袋の中から断末魔の叫びが聞こえ、袋の中で何かが激しく暴れた。

 しかし、暫くするとパタリと袋が動かなくなった。

 だが、私は恐怖と驚きで腰が抜けてしまい中身の確認に行くことができなかった。

 と、そこに明美がトイレから帰ってきた。

「おまたせー。って、くっさ!あんた、なに室内でスプレー使ってんの!?」

 その声に安心した私は明美に縋り付き、涙ながらに今起きたことを話した。

 最初は信じられない顔をしていた明美だったが、私の様子から取り敢えずただ事ではないことを悟ったのか、恐る恐るゴミ袋の中を確認してくれた。

 すると、中身を見た明美はものすごい速さで袋の口を縛り、ゴミ箱に勢いよく突っ込んだ。その顔は酷く青ざめていた。

 明美はすぐに身支度を整え、無言で私の腕を引いてレジに向かった。

 彼女の今まで見たことの無いような形相に、私は袋の中に何を見たのか聞くことはできなかった。


 

 あの日から私たちはお互いにカラオケに誘うことはなくなり、代わりに駅前のボーリング場で遊ぶようになった。

 しかし、今ふと思い出してみると私があの時袋の中に見た2本の触覚・・・。

 あれは確かに小さな人の腕のような形をしていた。

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怪異的奇譚集 如月逸佳 @yukigitune

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