第13話 せめて終幕は平穏に
莉奈との壮絶に格好悪い告白が終わり、めでたく両思いという事で幼なじみから彼氏彼女という存在に昇格する事が出来た。
死んじゃう前日という若干ドラマチック過ぎる日程についてはさておき。
「これで思い残すこともないかな。何処へなりとも連れてってくれ」
「今、手続きをしています」
「さすが、仕事が早いな」
「問題なく遂行されると信じていましたので、先行して動いていました」
最初の無機質な対応から考えると、随分と柔らかい対応になったもんだと思う。丁寧さが冷たさに感じる部分もまだあるけど、十分だろう。
「さすがだな」
「しかし返答が遅くて、待っていたのですが……あ、少しお待ちください」
ようやく手続きが終わったのか、何やら誰かと会話しているらしい。
終わったにしては、女神の様子がおかしい気がする。慌てているというか、動揺しているというか。
「申し訳ありません、問題が発生してしまいました」
「なんだよ、まだ何かしなきゃいけないのか?」
「いえ、その。定員オーバーだそうです」
「はあ?」
「予定していた異世界への移住者の定員をオーバーしてしまったそうです。ここまでに時間をかけすぎてしまったせいで、先に手続きを済ませたものが転生してしまいました」
「早い者順なのかよ」
「人口調整が目的でもありますので、定員を超える数は転生させられないのです。追加のためには相応の手続きが必要になりまして」
変な所でお役所仕事になるんだな。
女神がちょっと慌てている感じがするのがちょっと面白い。面白いとか言ってる場合じゃないんだけど。
「じゃあ、俺はどうなるんだよ」
「それが……今どこも空きがないらしいのです。かなりお待ち頂く必要が出るようでして」
「サービス開始直後のネットゲームじゃないんだから」
「少し、待って頂けますか」
そういうと女神が姿を消した。
ここまで頑張ってきて、死ぬほど悩んで決意して、やっと終わらせたかと思ったらこれか。
妙な疲れが出てきて座り込んだ。
空を見上げて見た所で、視界が真っ白になるだけで、それが近いのか遠いのかもわからない。床は冷たくも温かくもなく、触っているという実感すらあやふやだ。
このまま行く先もなく、ただこの空間で待ち続けろと言われたら、多分おかしくなってしまうだろう。ネットでも見られれば暇つぶしになるものを。
「お待たせしました」
「どうなるんだよ」
「完全にこちらの手続きのミスであり、想定外の事態であるということで、柊一さんには元に戻っていただく事になりました」
「なんだよ戻っちゃうのかよ……。え?」
こちらも想定外すぎてノリツッコミ気味。
元に戻るってなんだ?
「特例ではありますが、死亡に関する事象を全て改変し、その後の生活を保障します」
「つまり、このまま生きていても良い、と」
「はい」
「なんだよ……すげえ覚悟決めたのによ……」
「申し訳ありません」
「ああ、いや……こっちの方が嬉しいよ。莉奈ともまた会える」
「告白がうまくいっていた事に関しては私も安堵しています」
「これでうまくいってなかったら本気で罰ゲーム状態だもんな」
この世界に留まる理由が莉奈という存在だったのに、それとの決別を済ませてから元の世界に戻された所でもはや生きがいもなにもない。新しい生きがいを探せといわれればそれまでだが、ここまで苦労してきて「はい諦めましょう」と言われてそう簡単に納得出来るものではないだろう。
「それでは手続きを済ませてきますので、またしばらくお待ちください」
「ああ、頼んだ」
女神が消えて、長い長いため息が出た。
頑張った甲斐が、あったというべきだろうか。うまく行かなかったことが逆に功を奏してしまったとも言えるのだけど、雑な運営のおかげで助かった。
告白も成功して、正式に二人で付き合える状況で同じ大学にも通えるんだから、これ以上を望むべくもないな。
俺が死んじゃうからという理由で適当に扱われていた過去の改変もこのままで良いというのなら本当に何もいうことはないな。若干のペナルティが着くかもしれないけど、多少のことなら目を瞑ろう。
元に戻れたら莉奈と何をして遊ぼうかとか、デートとかしてみたいとか、色々と妄想を繰り広げている間に女神が戻ってきていた。
「早かったな」
「いえ、かなり時間がかかってしまいましたが……。ともかく、事象の修正は完了しましたので、柊一さんには元の世界に戻って頂きます」
「よしきた。頼むぞ」
「それでは目を瞑ってください」
「なんだか、世話になったな。ありがとうな」
「礼を言われるような事は何もありません。かなり特例を重ねてしまう事になるため、むしろ謝罪しなければなりませんから」
「もう十分だよ」
結果としては俺の一番望んだ形になってくれたのだし、感情がほとんどない女神からも謝罪の言葉をもらっている。もういいだろう。
「それでは、改めて目を瞑ってください」
「じゃあな。もう会うこともないだろうけど」
そう言って目を瞑ると、女神からの返事の前にいつもの感覚が襲いかかり、今回に限っては意識を失った。
○○○
目が覚めるとベッドの上にいた。
家のベッドと違って白いパイプに囲まれた独特の殺風景なベッドで、ついでに右足が猛烈に痛い。
視線を足に向けるとぶっとい包帯に包まれているような状態になっていて、ついでに周囲がカーテンで覆われている。
保健室で寝ているみたいな状態を想像したが、多分病院か何かだろう。
足がギプスで覆われているあたり、元々死ぬはずだった交通事故が、足を折る程度で済んだというように改変されたという所だろう。
「正解です」
「うおっ!」
ふいに隣から声がした。
聞き覚えのある女性の声が、耳に届いた。
声のする方へ向くと、見覚えのある女性が椅子に座ってこちらを見ていた。しかも、服装は白いドレスではなく、白いシャツとタイトスカートになっている。髪型も変えてアップにしているので一瞬だれだかわからなかった。
「なぜそこにいる?」
「特例を重ねることになったと言いました」
「言ったね。死亡した事を改変して、それでいて過去の改変をそのままにしたんだろう?」
「重ねたのはまだありまして」
「聞きましょう」
「今回の件で、私が人間を理解していなさすぎるという指摘も受けました。何度も過去への遡上を繰り返す事が時間的にも費用的にもかけすぎであると」
費用って何がかかるのかちょっと気になったけど多分理解出来ない概念を話してきそうなので聞かないでおいた。
「もしかしてその格好はあれか、人間を知れという」
「その通りです。柊一さんのいとことして情報を書き換えて、人間界にしばらく留まる事になりました。これからお世話になります」
「おいちょっと待てぇい!」
「海外から帰国した際に偶然事故を知ったのでお世話することにしたという設定にしておりますが、問題はないでしょうか」
「あるだろ。すげえあるだろ」
「具体的にはどのような問題があるでしょうか。できる限り対処したいと思いますが」
海外から来たってことにして常識知らん事をごまかすつもりか。
というか何故俺の家に来る。
これから莉奈とのラブラブ生活が始まるかと思った所ですげえ邪魔じゃね?
「莉奈にどう説明すればいい? いきなり家に女性が転がり込むとか」
「いとこが海外から帰国してきて住むところを提供する事になったと言えばよいのではないでしょうか」
「理屈の上ではそれでいいかもしれないけどな、感情がそれを拒否する可能性があってだな」
「それです」
「どれだよ!」
「そういった部分を理解する事で、今後の私の仕事に活かしていきたいのです。一番手間のかかった人の近くにいる事で解消出来るのではないかというのが我々の結論です」
俺の事情も感情も全部無視して決定してやがる。
そういうとこだろ!
「とりあえず柊一さんの着替えや保険証など、入院に必要とされるものは確保してまいりましたので、しばらくは付き添いという事で毎日通わせていただきます」
「なんか面倒くさい事になりそうな予感しかしない」
そんな事を言っていたところに、予想通りに波乱が病室にやってきた。
「しゅうちゃん! 事故ってどういうこと?」
「あ、ああ、莉奈……トラックに、ちょっとな」
「というか、その方は……?」
そうだね、普通は足より目の前の知らない女性に目が行くよね。なんか俺の保険証とか持ってるしね。
「初めまして。柊一さんのいとこで、百合恵と申します。たまたま海外から帰国した際に彼の事故を知りまして、お世話させて頂こうと思い参上しました」
「は、はじめまして……。莉奈といいます。あの、しゅうちゃ……柊一さんのお隣に住んでまして、その、仲良く、させて頂いておりまして」
「お付き合いされている事は存じております」
莉奈がちょっとほっとしたような表情になったのは、色々な不安材料が一気に解消した事によるものか。
「あ、あのっ。百合恵……さん。柊一さんの入院中のお世話は、私の方でやりますので……」
「いえ、私も住居を提供して頂く都合もありますので、一切のお世話は私が行います。お気遣い無用です」
「え、住居? どういう……」
「しばらく柊一さんの家で暮らさせて頂く事になっております」
「……へえ……」
何故だろう。莉奈が初めて見るような怖い目で俺を見てる。
いや俺悪くないよね?
そりゃあ告白して受理された翌日に事故ったあげく知らない女性が面倒見るとか一緒に住むとか言われたら彼女として楽しい気分じゃないかもしれないけど。
「ねえ、しゅうちゃんはどっちがいいの?」
「聞くまでもないかとは思いますが」
うわあ、どう答えても地獄行きにしかならない質問だ。
可愛らしい拗ね方した表情で莉奈が女神こと百合恵を睨み、百合恵はまったくの無表情でそれを迎え撃つ。
なんでこんな展開になってんの。
すげえ良い感じの大団円になったんじゃないの、この話。
火花が散りそうな視線の交差が頭上で繰り広げられている中、身動きの取れない俺は薄ら笑いを浮かべて誤魔化すしかなかった。
あとでもう一度ここからやり直しとかさせてもらえないものだろうかと思いながら、頭上のバトルをどうやって収めるか、考え続けていた。
振り返ればあの時ヤれたかも 後藤紳 @qina
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