第12話 史上最悪の告白
目を瞑ってしばらくすると、また真っ白な空間に戻ってきた。
これで全て終了。
思い残しがないといえば若干嘘にはなるが、それでも納得して決めた事なので後悔はしない。
「これで莉奈との縁も全て切れる。最初からこうしておけば、莉奈を悲しませるような事はなかったんだ」
「それで、彼女を突き放すような事を言ったのですね」
「嫌われれば、この後も向こうから会いに来る事もないだろう?」
「ええ、まあ、嫌われれば……ですが」
「何かおかしいところがあるのか?」
「……言ってもよろしいですか」
「言ってくれよ。もう終わりにしたいんだ。莉奈を悲しませない方法が他に思いつかない」
「過去の事象は全て未来に影響を与えており、未来で観測した事象は全て過去の事象に関連しているという事は話したと思います」
「今まで過去に俺がやってきたことを、全部未来の莉奈が話していたよな」
「そういう事です」
「……あ」
そういえば女神は言っていたな。
莉奈は俺が死んだときに嘆き悲しんでいたと。
全ての事象が書き換えられて未来に繋がっているというのなら、俺のあの五歳の行動も、あの段階で全て反映されていなければならない。
「俺が死んで泣いてくれた莉奈は、書き換わった先にある莉奈なのか」
「あの五歳のあなたの行動が、その後の全ての莉奈さんの言動に繋がっているという事になります」
「むしろ関係性が深まってしまっているのかな……」
「そういう解釈も出来ます」
「結局泣かすんじゃねえか」
「今のままでは良い思い出なしで悲しい思いだけをさせる事になっているのではないかと思うのですが」
「何をやっても収束するっていうのはこういう事か……」
「本当にこれで終わりにしますか? このままでは可能性が無限に広がるだけで終わりませんか?」
どうせ泣かすんだったら良い思い出の一つも作ってあげたい所だよなあ。いや、告白する事がそれに値するのかはわからないというかすげえ上から目線っぽくて恥ずかしいけど。
俺と付き合う事がお前にとっての幸せだ、みたいじゃん。
何様なのかと。
それでも何かフォローしておきたい。今のままではさすがに後味が悪いので少しでも良かったと言えるような事を与えたい。与えられるかどうかはわからないけど。
それは結局自己満足だろうか。
「それにしてもあんたが必死なのは不思議だな。あんなに関心なかった風なのに」
「それは、私も不思議に思っていますが、今はとにかく結果を出すべきではないかと思っています。そのためには協力を惜しまないつもりです」
「とはいえ、もう戻れるような時間帯が残っていないような」
「何か、よい雰囲気になった場面の思い出はありませんか」
「んー……そう言われてもなあ」
「……少し危険なのですが、死亡する直前であればまだチャンスはあるかと思います。前日であるとか、そういうレベルにはなりますが」
「漫画とかなら、長年思い続けた相手とついに添い遂げられるみたいな感じで大団円だし幸せだろうけど、突然告白されてそれで幸せの絶頂とかちょっとあり得ないよな……」
「客観的に見ても、それに近い状態にあると私は思っておりますが」
「え、そうなの?」
「システムの不都合でうまくいかなかった部分もありますが、割と早い時期から莉奈さんはあなたに好意を持っているような言動をしておりました」
「そんなのあったかな……」
「自己評価が低いとこういう時に不便ですね」
「放っておいてくれ」
思い返してもそんな所が思いつかない。褒められてはいたけど、それと好意は別勘定だろうし。
それでも多数の十代の色恋沙汰を眺めてきたであろう女神がそう判断したのだから、脈ありなのかもしれない。そうであって欲しい。
「それじゃ頑張ってみるか」
「事故の前日に移動します」
「頼んだ」
目を瞑って移動を待つ。
今度こそ最後にしたい。
○○○
目を開こうとして眩しさに目がくらみそうになった。
どうやら外に居るらしい。
事故の前日というから三月の下旬だ。大分温かくなってきていて、上着を着るかどうかで悩み始める頃だった。
受験と入学手続きのあれこれがようやく終わって開放的になった直後。
残る課題が莉奈の事だけ、という状況が、今だ。
明日には事故って死ぬので、今日中になんとかしなければならない。
言葉にすると実に切羽詰まった状況にしか思えないな。
辺りを見渡そうとした所で、心と身体の違和感のなさに気がついた。現実の自分と時間のズレが一日しかないので当然ではある。視界の高さも体の大きさも、声の高さも何もかも同じ。もうそれだけでも落ち着く。
昼を少し過ぎた辺りで、場所は……家と駅の中間ほどの位置に居る。
これから莉奈を探すなら、家の方へ向かった方が早いだろうか。そう思って振り返った所で声をかけられた。
「あれ、しゅうちゃん!」
そこにいたのは探していた相手だった。
というかメールという連絡手段を使えば探す必要もなかったのに、スマホもない時代にばかりいたせいですっかり忘れていた。
「よ、よう」
「お話があるって明日だったよね? 今日は何してたの?」
そして明日のために今日呼び出しのメールを入れておいたのも忘れていた。
日数が経っているはずはないのに、なんだかもう遠い記憶になってしまっている。
「ええと、なんか、ブラブラしてた。久しぶりに何もしなくてもいい日だったし」
「じゃあ今日お話すればよかったんじゃないの?」
「はっはっは。そうとも言う」
あのメールは、決死の覚悟で送ったメールだったのでいきなり今日会おうとか怖くて書けなかったのだった。一日落ち着いたらちゃんと言えるかなとか、そんな感じで。
体感的にはあれから数日くらい経過した感じになっているので、今なら大丈夫かもしれない。
「莉奈は今暇なのか?」
「駅前の本屋に行こうと思ってたけど、別に急いでないよ」
「じゃ、じゃあ、この先の公園とかでいいかな……。俺ジュース買ってくるから先いってて」
思ったより大丈夫じゃなかった。
自販機を経由することでちょっと落ち着かせて、ベンチで座って待っている莉奈の元へ向かった。
座ったところで軽妙な会話が出来るわけもなく、会話の糸口を見つけてから来れば良かったと軽く後悔。
共通の話題もこれといってないので、ちょっと気になっていた事を聞く事にした。
「なあ、初めて会った時の事って覚えてるか?」
「うん、何となく。なんかすっごい怖かったの。立ち振る舞いが子供っぽくないっていうか、妙に大人びてて」
中身が大人だったからなあ。こういう時は子供の方が勘が鋭いのかもしれない。まだ何も言う前からそういう違和感を覚えていたというのは凄い。
「それで、詳しくは覚えてないんだけど、いきなり嫌いとか言われたんだよね、確か。わたしが何かしたならともかく、初対面で突然嫌われるとかおかしいと思ってすごく気になってたの。もしかしたら何かあったのかなって」
本当に勘はいいんだよなこいつ……。あれは怖がってただけじゃなくて、その理由を飲み込もうとしてたんだな。あの年で自分にも何か理由があるのかとか、考えるもんだろうか。
「それでね、なんだか凄いなって思ってたんだけど、翌日から何事もなかったみたいに普通に接してくるの。普通の子供っぽく」
「普通の子供だよ、俺は」
「あの時だけなんか違ったの! だって変じゃない? 一度も会った事もない人にいきなり近づくなとか言うの。それで翌日は人が変わったみたいに普通だし、遊んでくれるし」
実際に人が変わっているといえば変わっているから、莉奈の印象は正しい。
「俺、そんなだったかな、覚えてないけど」
「それでね、もう一度、あの大人なしゅうちゃんに会いたかったの。毎日会ってたらいつかまたあの大人なしゅうちゃんに会えるのかなって思って毎日遊んでた所があるかもしれない」
「会えたのか? ……って、聞くのも変な話だけど」
「それがね、何度か会えたのよ。覚えてない? 遠足の日に二人で迷子になった時のこと」
「ペプシ拾った時か」
「そう! あとはペプシが死んだときとか。なんかね、その時のしゅうちゃんが、あの初めて会った時のしゅうちゃんみたいだったの」
つまり俺は目的に反してもの凄く余計な事をしてしまったという訳か。
やるなら徹底的に暴力でも振るって親からも近づけさせないくらいの事をしないと無理だったのか。
もっとも、未来が確定していた以上は、そんな事は出来なかったのだろうけれど。
「思えばわたしの初恋ってあれなのかも」
「どれ」
「あの変なしゅうちゃん」
「なんか複雑な心境だな」
「今のしゅうちゃんは、あの時のしゅうちゃんみたいだよね」
「一応褒められてるのか?」
「初恋の人と同じって、凄い褒め言葉だと思わない?」
「どっちも俺じゃねえか」
「いやあ、あの頼もしさはなかなか出ませんよね」
初恋の人が自分というか未来の自分だったというのは、やっぱりこの件がなければ発生しなかった事態ではあるので、怪我の功名的な部分があるかもしれない。
莉奈は変な、とは言っているけども、一応中身は同じだし。
「ねえ、しゅうちゃんの初恋って、どんなのだった?」
「なんだよ急に」
「教えてよ。わたしのを聞いたんだから」
「勝手に言ったんじゃねえか!」
「あはは。でも、なんだかそんな空気だった」
「俺は……うん、なんだ……」
「え、誰?」
「近い、近い!」
もの凄い興味深そうに顔をのぞき込んでくる。やめて。
後にも先にも好きになった奴なんて一人しかいないけれど、こうして目の前十数センチの距離まで近づかれてお前だとか言えるような強心臓は持ってない。
「ずるいよ。教えてよー」
「だからな……」
「じゃあヒントだけでも」
「ヒントっていってもなあ……。そいつは、ずっと近くにいて、ちょっと頼りない感じがする奴」
「へえー。ちゃんとしなきゃね」
「でも、頼られたら悪い気はしないじゃん。どうにかそいつの力になりたいから普段よりすげえ頑張れるんだよな」
「頑張れちゃうの、すごいね! 幸せ者じゃない、その人」
「そうだといいな。俺が凄いとかじゃなくて、多分そいつの為だから出来るのかなって思う。笑っていて欲しいからな」
「女の子は笑顔が一番可愛いもんだからね」
そう言いながら笑う莉奈が一番可愛い。
ヒント出してもまるで気付かない所も可愛い。
無防備に近づいて一生懸命話を聞いてくれる所も可愛い。
「そいつはいつも俺のことを大人だなって言ってくれるんだけど、多分本当に大人なのはそいつなんだ」
「……どうして?」
「いつでも、他の人の良いところを見つけられて、それを素直に認めて褒められる。自分に出来ない事を認められて、改善しようとする。拗ねないし、妬まない」
「ふうん……」
「多分長い目で見れば、そいつの方がずっと凄い奴になる気がする。俺は、そいつの事を凄く尊敬してる」
「頼りないんじゃなかったの?」
「今はそうかもしれないけど、多分のびしろはそいつの方がずっとある。俺はそう思ってる」
俺が明日にも死んでしまうという事も含めて、ではあるけれど。
それはさすがに今言えない。
もちろん、もし死なずに済んだとしても、努力家でマメな莉奈はあっという間に俺なんか超えていってしまうはずだ。
「それは、さ。初恋の人なの? 今好きな人なの?」
「どうして?」
「説明が、なんだか現在進行形だったから」
「そうだなあ。どっちもだなあ」
「ずっと好きなんだ。いつごろから?」
「忘れた。いつの間にかそいつの事ばかり考えるようになってたなあ」
調子に乗って恥ずかしい事をずっとべらべら喋っている気がする。
「それじゃ、早くその人にちゃんと伝えなきゃ」
「そうしなきゃってずっと思ってたんだ。何度も。去年もあったし、その前の年もあった」
「やっぱり、言葉にしないと、伝わらないんだと思うよ」
「そうだよな。わかってるんだ。でもさ、俺は、やっぱり弱いからいざって時に力が出ない」
「その人のためなら、頑張れるんでしょう? がんばらなきゃ!」
やっぱり俺は全然凄くない。
莉奈の前で凄いって言われてたのは全部二周目の強くてニューゲームだったからだ。展開のネタバレ情報を得ていたからだ。ひとたび攻略情報なしでボス戦に到達したら、もうどうしていいかわからない。
「どう言ったら、伝わるんだろうな。ずっと好きだったんだよ。でも俺でいいのかなとか、幸せに出来るかなとか色々考えるとぐるぐるしてきて、どうしていいのか」
「きっと伝わるよ! 一言言えば、それでいい……んだと思う」
「怖いんだよ。拒否される事じゃなくて、その先のことの責任が取れるかわからないんだ」
「先の事なんて誰にもわからないから。誰だって怖いから。いいんだよそれで」
わかってるんだよ。
俺は明日死ぬんだ。
お前を置いていくんだ。
だからどうしていいかわからない。わからなくて涙が出てきた。
「俺は、その程度の奴で、全然大人でもないし、凄くもないかもしれない」
「自分がどういう人かちゃんと理解出来る人は、大人なんでしょう?」
「でも、莉奈が好きだ。どうしようもないくらい。好きだ!」
泣きながら、なんだかわからない話し方で、どうしようもなく格好悪い告白になった。
公園に誰も居なくてよかった。変な奴に告白されてる人と噂されるのは可愛そうだから。
半ば叫ぶように好きだと言ってから、どうしていいかわからなくてただ泣いていた。やばい。ださすぎる。
「私の好きなしゅうちゃんは、確かに大人で、自分で何でも決められる、引っ張ってくれるしゅうちゃんだけどね」
「そうだよな、こんな格好悪い奴じゃないよな」
「でもね、格好悪い所も全部隠さずに出してくれるしゅうちゃんも、やっぱり格好良いと思うよ」
そう言いながら、莉奈の手が俺の首の後ろに回って、そのままぎゅっと抱きついてきた。ふんわりと甘い香りがして、頬に暖かな感触が触れる。
「私も好き。大好き!」
さらに力を込めて抱きしめてくれる莉奈の頭に手を軽く置いてみる。
「お互いに、やっと言えたね」
「もっと格好良く言えたらよかった」
「ううん、格好良いよ」
こうして何とかタイムリミットの前日になって、ようやく告白に成功したのだった。
これでもう思い残すこともない。ここから先の幸せな暮らしが味わえないのは悲しいけれど、そればかりは最初から諦めているので、仕方がない。
莉奈を悲しませる事だけは変わらなかったけど、せめて互いの気持ちが確認し合えたという事が慰めになってくれればと願うしかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます