第11話 最後のミッション
「そんな時期に出会いがあったのですか」
「あったというか、そこが初めて会った時だから」
「そこに戻る事の必要性が理解出来ません」
「いいんだよ。これで最後だから」
「そこに到達することで満足出来るのでしょうか」
俺が指定したのは小学校入学直前のタイミング。
隣に莉奈が引っ越してきた日だった。
確かに出会った瞬間に告白が成功するとか普通に考えにくい。年齢も、まだ五歳とか六歳とかその辺だから告白とかそういうレベルじゃない。
そこにわざわざ行こうというのは彼女にしてみれば理解出来なくて当然だろう。
「この告白ってさ、結局成功しても影響はないんだよな」
「歴史的な影響という事でしょうか」
「もう少し小さく。莉奈とか、周辺の人生に対する影響」
「何度も言うのは申し訳なく思いますが、あなたが死ぬ事で全てが収束するため、その後の他者の人生には影響はありません」
「あんたでも申し訳ないとか言うのか」
「そういえば、そうですね」
これまで全く感情を感じさせなかった女神が、珍しく感情を露わにした表情を見せた。自分でもよほど意外だったのだろうか、その事自体に更に驚いている。
「普段はここまで人間と接することはありませんから」
「ここまでしつこく何度も繰り返す奴もいないだろうな」
「そうですね。初めてです」
「悪かったよ」
「満足してもらう事が必要ですので、気に病まれる必要はありません」
同じようなシチュエーションになった奴がどれくらいいるのかわからないけれど、それでも皆こんな無理ゲーなシチュエーションを一発でクリアしてしまっているという事だろうか。
「俺と同じ条件でここに来た奴っているの?」
「私が担当しただけで十数人います」
「多いな!」
「十代後半の重大な懸念事項としては上位に入ります」
そう言われるとなんだか納得してしまうな。
未来を案じる事が出来ない状況で、過去のやり残した事を問われてとりあえず思い浮かぶ事って、この辺の色恋沙汰になりがちだろう。
あとはもう、もっとモテたかったとか楽器が出来たらモテたんじゃないかとかスポーツが出来たらモテたんじゃないかとか、完全にステータス書き換えて生まれ変わらないとどうしようもない事ばかりだったもんな。
「要求が完全に一方向に特化していますね」
「思い残した事って結局そういう事だろう?」
「過去の事例を見ていく限り、否定は出来ません」
「……で、過去の奴らはそんなに簡単に成功していったのかな?」
「三度を超えた人は他にいません」
「へえ……」
みんな凄いな。誰だか知らないけど。
人間死んだ気になってやれば何でも出来るという事だろうか。「気になって」もなにも事実だけど。
「もちろん、全員が幸福な結末を得られたわけではありませんが、それでも大抵の人は納得していました」
「告白出来た事で満足しちゃうってのはありそうだな」
「自分自身に対するケジメという部分はありそうです。集計を取った訳ではありませんが」
他の人はそうかもしれないけど、俺はそれだけで満足は出来そうにない。
俺だけが幸せになれればいいのなら、それこそ言い逃げするだけでも良いわけで。
「歴史上の問題は全くないし、莉奈がその後の人生でも影響がない事はわかってるんだけどさ」
「何か疑問点が」
「転生後の人生において、ここまでの経緯を含めて記憶が残るんだよな」
「残ります。残らない事にしてしまえばこのような手続きは不要だったのですが、能力値の調整を行うに当たって必要でした」
「そうなのか?」
「周囲と比べて不自然な能力の高さ、境遇の良さなどに対して疑問を持たせない方法としてはやはり前世の記憶というのは重要でした。これを持つからこそ、その能力を最大限活かしていくようになります」
「うん、まあ強くてニューゲームだって自覚した方がやる気でるよね」
「優秀な能力を持っている事を自覚すれば自ずとそれを良い方向に使おうと思うのではないかと思ったのですが」
「そういう人もいるかもしれんけど、少ないんじゃないか」
「はい」
なんとなく、そんな気はする。結果を出せる人というのは能力だけではないんじゃないかなと漠然と思う事がある。何らかのきっかけがないとその能力が開花しないというのはありそうだ。
能力とは関係ないが、俺もこうやって死ななければここまで彼女に対して本気で考えなかったかもしれない。死んでから考えた所で遅いけど。
「話がそれたけど、俺の記憶が残るのはいいとして莉奈の記憶にも残るのか?」
「告白を彼女が受理したと仮定した場合になりますが、お二人が付き合ったという事実は残りますので、当然記憶も残ります」
「やっぱり、そうなんだよな」
「残念ながら、貴方はその改変の影響を受けないため、そこからの記憶がつかないのですが」
女神の言う通り当たり前の話だ。ここまでの経緯で、より過去に戻って行われた出来事が、未来の莉奈の記憶に残っていたという事を逆順で確認してきたのだから。
告白が成功して、そこの段階から二人で付き合うという事になった場合は、その記憶は、俺が死んだ後も残る。俺の方には全く残らないのはちょっと面白くないが、そこは諦めるしかない。
しかし、やはりこの条件は一方に問題がある。
「なあ、思ったんだけど、それじゃ、ダメなんじゃないか?」
「何故ですか?」
「俺は、そこで告白が成功して、付き合える事になったら、そりゃあ良い思い出になるかもしれないけど、あいつにとっては辛い思い出にしかならないんじゃないか?」
「付き合った時の楽しい記憶は残ると思いますが」
それはそうかもしれないが、ペプシが死んだときの彼女の動揺する様を見ていると、そこまで冷静に割り切れるものなのか不安に感じてしまう。あの時話した事を覚えていてくれるなら大丈夫かもしれないが、それもどこまで覚えているものやら。
「別れの記憶の方が強くなるだろう」
「亡くなる段階でどれくらいの仲なのかにもよるかもしれませんけど」
「悲しみの度合いはどうあれ、莉奈の性格的には悲しむだろう事は想像に難くないし、実際泣いていたのをあんたは見たんだよな」
「一度お教えしましたが、一晩中泣き続け、数日は日常へ戻る事が出来ないほどでした」
ペプシの時のように、もう誰も好きになる事はないとか言いだしたら困る。ちょっとだけ嬉しいという本音はこの際押しつぶして、やはりそれでは彼女が今後幸せになれないかもしれない。
「それを俺が知ってしまった以上、どういう結末であれ、俺はずっと後悔するだろう」
「それでは困ります」
俺も困る。
死んでしまった事も転生する事も全て受け入れるとしても、莉奈が悲しむ事をわかっていながら手を打たないで一人でどこかへ行くなど考えられない。
その事を、ペプシを看て貰っている間にずっと考えていた。ペプシに接する優しい笑顔も、帰り道に見せた屈託のない笑顔も、どれも曇らせたくない。
莉奈の事を女性として好きになった時も、彼女のあの笑顔を見た時だった。あの笑顔が自分以外にも向けられている事に対して何故か急に嫉妬のような感情が芽生えた時、それを自覚した。
そうなると、俺がやるべき事はおのずと決まってくる。
初めて会った時に戻りたいというのは、そのためだ。
「今度こそ最後じゃないかな。何度も時間を戻らせて、大分手間取らせて悪かったけど」
「いえ、結果さえ出せれば経過については特に問いませんので、気にしないで頂いてかまいませんが」
「そういうドライな所はちょっと助かる」
「ビールの銘柄ではないですよね」
「それ絶対わざとやってるよね?」
○○○
いつもの儀式の後、自宅の部屋で目を覚ました。
視線は今までで最も低く、部屋の机や色んな物がやたらと真新しい。
自分の部屋を作って貰ったのが小学校入学のタイミングだったので、どれも実際に新しいものばかりだ。
数日後に入学を控え、ランドセルに色々なものを入れたり出したりして遊び、机の引き出しのどこに何を入れるか真剣に悩んでいた頃。
まさかこの後十年ちょっとで死ぬとは思いもしなかった頃。
明るい未来以外は存在しないというか暗い未来を想像すら出来なかった頃。
おそらくは当時に一度もしなかったであろう神妙な表情で、部屋の中を眺めていた。
この後、父に呼ばれて莉奈と初めて出会う予定だ。
それで全て終わる。
何度も繰り返した過去への遡上も、色んな年代の莉奈に再会する事も。
後者はちょっと惜しいかもしれない。
そうはいっても大体の年代は見てきたから、冥土の土産と考えれば十分過ぎるか。
「おーい柊一ー。ちょっとおいでー」
予定通りに父親が呼び掛けてきた。
この頃、父や母をどういう呼び方をしていたのかとか、色んな事を一生懸命思い出しながら階段を降りて、外へ出る。
玄関先にはまだ若い両親が待っていて、その向かいにはこれまた若い莉奈の両親が立っていた。
その足下には、母親の服の裾を掴んで半ば体を隠しながらこちらをチラチラみる小動物みたいな女の子がいた。莉奈だ。
最初に会った時ってこんな態度だったか。全然覚えていなかったな。
「前に言ってたでしょ。お隣に引っ越してきたの」
「ほら、挨拶して」
「すみませんね、可愛い子の前で緊張しちゃってるみたいで。……どうしたの?」
父に軽く肩を叩かれる。見上げると、両親が微笑んでいた。母のありがちなフォローで両家の親が軽く笑う。
母の顔を見るのは久しぶりだ。このタイムリープで親に会うのはこれが初めてだったろうか。小学四年の時に亡くなって以来に見た母の姿は、当たり前だけど記憶の姿のままだ。うっかり呆然と見つめてしまう。
まさか、また生きている母に会えるとは思ってもみなかったので、そっちの方でちょっと感激してしまった。本題とは全く関係ないだけに役得感は強い。
「ごめんねー、うちの子も人見知りで。莉奈、ちゃんとごあいさつは?」
「……」
「お互い美男美女で緊張しちゃったか!」
莉奈の父親の豪快な笑い声が響く。結局それをきっかけに頭の上で会話が始まってしまった。美女というか、まあ美少女である事は間違いないからよしとしよう。
こうして四人が揃っている状態は本当に珍しいので、もうちょっと見ていたい気もしたが、あまり引っ張るのもなんだし、適当に挨拶しておこう。
「あの、柊一です。よろしくお願いします……」
「……しゅうちゃん?」
「柊一?」
何故か視線が集まる。
声が小さくて聞こえなかったのだろうか。
「六歳の挨拶ではありませんでしたね」
「あ!」
「頭の下げ方まで含めて十代後半の男性のそれでした。大人が違和感を覚えるのも道理ではないでしょうか」
うっかり普通に挨拶してしまった。もっと元気よく、子供っぽくしなければならなかった。まさかそれだけで中身が違うとかバレることもないだろうが、強烈な違和感は与えてしまったかもしれない。なんか莉奈が怖い人とか見る目をして、さらに母親の影に隠れてしまった。
「どうやら本当に緊張しちゃってるみたいだなあ」
「普段はもうちょっとね、抜けた子なんですけど」
酷い言われようだな。突っ込んでしまうとまたおかしな目で見られそうだから黙っておこう。
「柊一くん、今日からお隣に住むことになったから、莉奈と仲良くしてやってくれるかな。年は同じだから、学校も同じだね」
「学校でも色々教えてやるんだぞ、柊一」
「う、うん」
いや、俺も一年生だからな。教えるも何もわからんからな。色々突っ込みたくて仕方がないが口にした瞬間負けみたいな所があるのでぐっと堪えるしかない。上で繰り広げられている会話も、色々と気になる事が多いのだけど、小学一年生が突っ込むべき内容ではないのでわからないふりをしておく。
遠足での先生との対応の時も思ったけど、こういう状況で大人と会話するのってなんか面倒くさい。子供は子供らしくしておかないと変な目で見られるからなあ。
さっさと本題を済ませてしまいたいのだけど、大人の会話が続いていて切り出しづらい。両親はもともと古い友人なので、こういう時に話が長い。いつも莉奈と二人で話が終わるまで適当に遊んでいたものだった。
この時も、当時はこの話の長さに辟易して二人で家に入ってお茶を出していたような気がする。まあ、今日はそんな事はしない。
すっと莉奈のもとへ近づいて、怯えたままの小動物の耳元で話しかける。
「お前なんか嫌いだ。俺に近づいたり話しかけたりするな。絶対にだ。いいな」
「ひっ……!」
声変わり前だが懸命にドスの利いた声を出して、莉奈にだけ聞こえるように呟き、にらみ付けた。それを見た莉奈が一瞬目を見開いて驚く。
本当はもっと罵倒した方がいいんだろうけど、心にもない事を言うのはやっぱり辛い。死ねみたいな事は、いくら本心ではないと言ってもやっぱり口に出来なかった。
初対面の段階で何故か十分怖がってたようだし、これでも大丈夫だろう。
親の元へ戻って、莉奈へ視線を向けると明らかに動揺しているのが見て取れるので、効果はあったと思う。
「それじゃあ、柊一君。これからよろしくね」
「あ、はい……」
油断してまた普通に答えてしまったけど、もうそういうものだと思われたっぽいので良しとしよう。
とにかく目的は達成した。
これで全てが終わるはずだ。
「戻してくれるか」
「これで良かったのですか」
「最初からこうすれば良かった」
これで白い空間に戻れば全てが終わり。転生先で新たな人生を歩めというのなら、従ってみよう。
がんばって莉奈には嫌われたので、これでもうこの世界に未練はない。
そう思っていたのだけど、事態は案外そこまで単純なものでもなかったらしい。
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