エピローグ アイと現実の扉
目を覚ますとそこは何時もの見慣れた部屋でした。
痛む身体をゆっくりと動かして立ち上がると、足下にはさみが落ちていました。扉に寄りかかって寝ていたことを考えるに、どうも逃げ回ってここに籠城しているうちに私は寝てしまったようです。
視界の半分以上はやはり黒い髪に覆われています。
昨日のあれは夢だったのでしょうか。そう思うとひどく悲しくて、そしてつらい気持ちになります。思わず泣いてしまいそうになりましたが、私は首を振って否定します。例えあれが夢や幻であったとしても、私があの三人に出会ったのは確かな事実なのですから。少なくとも私の記憶の中には完璧に残っています。
それを否定することは私が許しません。
落ちていたはさみを拾い上げました。とっての部分が心なしか温かいような気がして、心が弾みました。
私は自分の記憶を探りながら鏡の前に立ちました。そして、鏡の向こうの自分と対峙しながらはさみを上げました。
大魔法使いさんの鏡に映った三人のことを思い出します。
妖精さんがどのように指示を出していたのかを思い出します。
お姫様がどのような手さばきで私の髪を切っていったのかを思い出します。
私はその全てを覚えています。ジャキリ! という音とともに私の素顔が出てきました。
どれだけ覚えていても、結局、それを完璧に行う技術が私にはありませんでした。でも、鏡に映る私の表情は――。
私は自分の部屋の扉を開けました。私にはまだやるべきことがありました。
下の階のリビングに行くと、ママが朝ご飯を作っていました。私がたたたっと近づくと目を見開いて驚いていました。私がこんな朝早くに起きたことへの驚きもあったでしょうが、それ以上に髪型に驚いたのだと思います。
「昨日はあんなことを言ってごめんなさい。大好きだよ、ママ」
私は言いました。先手必勝――ようやくすることができました!
未だ驚きが引いていないのでしょう。けれども、ママは笑いました。そして私の頭を撫でました。
「ふふ。私も大好きだし、昨日のことはどうでもいいのよ。それよりも――」
表情はもう何にも阻害されることなく相手に届きます。それは少し恥ずかしいことでしたが、同時に大好きな人達をしっかりと見ることができるということでもありました。ママはそんな私の顔を見て言ったのです。
「――何か嬉しいことでもあったの?」
私は頷きました。
アイと不思議の扉 現夢いつき @utsushiyume
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