第4話 アイとお茶会の扉

 扉の先は少しだけおかしな光景でした。

 青々と生い茂っている野原、その奥に青空の中で、太陽がさんさんと輝いています。ここまではおかしくないのですが、視線をすぐ目の前に戻すと、そこには真っ赤な絨毯が敷いてあっるのです。

 レッドカーペットというやつです。

 自然の中にあまりにも不釣り合いなゴージャスさをまとっているそれを見て、私はお姫様を連想しました。


 私は自然と顔の表情が緩んでしまったのを自覚しながら、その上を歩きます。すると、一歩進む度に私の両サイドに花が咲いたではありませんか! しかも、どこかで見たことがあるようなお菓子のお花です。

 妖精さん! 私は瞬間的にそう思いました。


 この先も歩く度にクッキーが咲き乱れ、辺りにバターの甘いにおいを漂わせるのでしょう。一つ一つ摘んでいきたい衝動に駆られましたが、入れ物がない以上は直接お口の中に入れるほかないのかも知れません。

 はしたないので、できれば止めておきたい所でしたが、お菓子と天秤にかけて私はお口でもぐもぐしながら歩くことに決めました。まるで、腹ぺこキャラのようでちょっと不本意です。


 ……お菓子の家を食べ尽くした事なんて忘れてしまいました。


 しかし、結果として私はそんなことをしなくてもよかったのでした。というのも、私が再び視線を下に向けた時には、そこに大きな袋が用意されていたのですから。季節外れのサンタさんを思い浮かべそうになりましたが、これは大魔法使いさんが用意してくれたのでしょう。

 妖精さんが言っていたように、教えるのは上手くありませんが、私に魔法を教えてくれたように個人が何を求めているのか、それを見抜くのがお上手なのです。


 私は心の中がぽうっと暖かくなるのを感じつつ、ずんずんと歩いて行きます。同じような原っぱの光景が何処までも続きますが、赤いカーペットやお菓子のお花摘みのおかげで飽きることなく何処までも歩くことができました。

 やがて、大きな木が見えてきました。

 私はそのあまりの大きさに思わず息を呑みましたが、よくよく見てみるとこのカーペットはその木の下で途切れているようなのです。さらに、そこには白いテーブルも見えました。


 あれは何だろう? そう思って歩く速度を少し速めました。


 二、三十メートル程まで近づいて、それが何であるか判明しました。

 そこではあの三人が白いテーブルの上でお茶会をしていたのです。わいわいがやがや本当に楽しそうにお話しています。


「ふぁふぁふぁ、それで貴殿は結局住処を喰われてしまったわけか」

「お菓子は食べられるためにあるので、それはいいんです。それよりも、あなた。あの子に不完全な魔法を教えたでしょう! 身分不相応なことはしないでくださいよ」

「……あなた達、またそんな風に喧嘩しているの? 仲いいわね?」

「「仲がいいわけあるか、こんなやつと!」」


 ああ、とても和気あいあいとやっていられるようです。どんどんエスカレートしていく口論を眺めて私はそう思いました。大魔法使いさんと妖精さんという火種に油を注いでニコニコしているお姫様。私はその三人組をうらやましそうに見ていました。

 すると、その視線に気づいたのかお姫様が手を振りました。


「あなた、ここにいらっしゃい」


 あの三人の中に自分が混じることは、調和の取れた音楽に不協和音を入れようとしているようで気が引けます。でも、呼ばれた以上はここで行かないというわけにも行かないでしょう。

 そう思い、空いていた四つ目の椅子に腰を下ろしました。丸テーブルを四人で囲んでいるのですが、右隣はお姫様で左隣が大魔法使いさんでした。


「いやあ、貴嬢よ。よくここまで来たね。特に我の次の扉の所なんかは最悪じゃったろ。お腹を満たしただけと見える」

「いいや、あなたにだけは言われたくないね。聞けば彼女に危害を加えそうになったらしいじゃないですか!」

「それは、悪かったと思っておるが、貴殿は貴殿でどうせ益もない教えを説いて、未来ある貴嬢の時間を無駄に浪費させたのだろうが」

「ぐふ。そ、それは言い返せませんね……」


 互いが互いの急所を責め合って、二人はとてもぐったりしていました。ここで殴り合いの喧嘩に発展しないのは、二人なりに友情をはぐくんでいる証拠なのでしょう。例え、それは腐っていると互いに言っていても。

 というか、腐っているということは腐るほどの年月を過ごしたということでもありますし。


 ともあれ、こうして私達は話しに花を咲かせたわけです。正直、先手必勝で言いたいことを言えればよかったのですが、私にはそんな力はありません。力を持たない私は慎重に話すタイミングを選ばなければなりません。

 そして、私が狙っていたタイミングが訪れました。まさにこれ以上のチャンスはないのではないかと思われます。意を決して口を開きました。


「えと、あの、その……あの」


 しかし、口からはそんな言葉にもなっていない音が零れただけでした。

 どうして、私はこんな絶好の機会でも三人に謝ることができないのでしょうか。謝らなければならないのに。そうしなければいけないのに。

 どうして口は、喉は動いてくれないんでしょうか。

 そう思うと、自然と目頭が熱くなりました。ふがいない自分が嫌で嫌いで。泣けば全て丸く収まるということがないくらいは私でも分かります。でも、泣くことは止められません。今欲しいのは涙ではなく声だというのに。


 その時、肩に暖かな感触がありました。フリルのついた可愛らしいドレスが頬を優しく撫でました。


「大丈夫よ。私達はあなたが心の準備を済ませるまで待っているわ。だから、ゆっくり、ゆっくりでいいの。あなたのタイミングで言ってね」


 その言葉は優しく、私の心を温かいもので満たしました。顔を上げれば、大魔法使いと妖精さんが私に微笑みながら頷いていました。

心からあふれた分が涙となって出てこようとしましたが、私は必死にき止めます。そうです。私は泣いている場合ではないのです!

 涙を腕で拭きながら私は考えました。


 そもそもどうして私はこの三人に謝りたいのかと。それは自分の非礼を詫びたいという気持ちももちろんありますが、それだけではないように思えました。

 三人は何時も笑っていました。

 三人はとても楽しそうでした。

 そして、こんな私までも楽しそうに迎え入れてくれました。

 ええ、そうです。私はあの三人の輪の中に入りたいと思ったのです。ゲストとしてではありません。もっと気の置けない親友のような立ち位置で――!


 そこまで整理すれば、あとは簡単でした。今まであの三人に教えられた通りにすればいいのです。

 三人を信用し、笑って友達になって欲しいと言えばきっと彼らは友達になってくれるでしょう。ひどく厚かましいですが、三人はそういう人達なのです。


 ――友達になってください。


 という言葉はしかし、私の口から出ることはありません。

 どうして出ないのでしょう。お願いします。出てください、私のお口さん!

 その時、右手に冷たい感触がありました。なんだろうと思ってそこを見ると、はさみがありました。

 その瞬間、頭の中で妖精さんと話した記憶が蘇りました。

 ああ、そうです。物事には役割があるのです。ではこのはさみは何をするためにあるのでしたっけ?


 魔法を出すため? ――いいえ、違います。

 何かを切るため? ――それだと抽象的過ぎます。これの役割はただの一つしかないのです。

 このはさみは、そもそも私の長い前髪を切るためのはさみなのですから。


 その瞬間、私はそのはさみを自分の前髪に当てました。だいたい眉がでるくらいの高さでしょうか。

 思えば、私の笑顔はいつもこの前髪に阻まれていました。みなさんは口元で笑っていると判断していたのだと思います。でも、それではダメなのです。私はみなさんと正面から笑い合いたいのです!


 ジャキリ! という音がして、私の前髪が一閃されました。


 明るくなった視界には、呆然として何が起ったのか分からないような表情をした三人の顔が映りました。悪戯が成功した時のような嬉しさが心の底からこみ上げてきて、私はようやくものを口にすることができました。


「大魔法使いさん、私に魔法を教えてくれてありがとうございました。すっごく楽しかったです! 妖精さんも、説教くさいとか言われているけれど、すっごくためになりました。……あと、お家を食べちゃってごめんなさいでした。お姫様も、私あんなに遊んだのは初めてで、楽しくって、だからまた、一緒に遊んで欲しいです!」


 自分でも信じられないくらい、言葉が出てきました。


「そして、だから。あの……と、友達になってくれませんか?」


 そう言い切りました。きっと私史上に残る大きな言葉だったと思います。

 三人はしばらくぽかんとしていましたが、やがてお姫様が吹き出したのをきっかけに、三人とも一様に笑い始めました。


「……え、あ。どうしたんですか?」

「ふふふ。ちょっとごめん。あまりにもおかしくて。だって、私達もうとっくに友達だと思っていたから。――でも、そうね。これで友達になれたというのなら、私も嬉しいし楽しいわ」

「じゃから――」

「僕達の答えは――」

「「「もちろん。こちらこそよろしく!!」」」


 まるで何度も練習したかのように、三人の息はぴったりでした。いつもの口調ではない上に、ぴったりと合う台詞。その光景のあまりの面白さに今度は私が吹き出してしまいました。

 こうして友達になった私達はお茶会を再開するのですが、その前に。


「でも、あなたの髪はちゃんと整えておかないとね。魔法使い?」


 お姫様がそう言うと大魔法使いさんは指を鳴らしました。すると、どこからともなく大きな鏡が私の前に現れました。


「ありがとう。じゃあ、妖精。これの使い方分かるわね?」

「ははは。当たり前じゃあないか。でも、僕は君ほど手先が器用ではないから、どう切ればいいかだけ教えるよ。もちろん、僕の指示についてこれるよね?」

「ふっ。当たり前じゃない。あなたの言葉と寸分違わない指裁きを見せてあげるんだから」


 大魔法使いさんが鏡を作り、妖精さんの指示のもとお姫様がはさみを振いました。

 私達四人の雑談は散髪が終わった後もしばらく続きました。

 こんなにも楽しかった時間を私は生涯忘れないでしょう。しっかりと胸の奥にしまって、忘れないようにします。



 大魔法使いさんがものを選ばず、妖精さんがものを教え、お姫様がものを扱うのなら、私はものを忘れず覚えておこうとそう心に思いました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る