Time to say goodbye

蒼井さくら

想いを綴った5分間

「あと5分、か.....」


真っ白なシーツで整えられたベットの上。


枕元には5年前にプレゼントでもらったシュタイフのテディベア。


サイドテーブルに置かれたオレンジ色の光が、部屋の中をほんのり照らす。


「ねぇ、君をくれた人に、手紙、書いてもいいかな?さすがに迷惑....かな....」


彼女はテディベアに話しかける。


その瞳は、大丈夫だよ、と言ってくれているように見えた。


時計の針は23時56分を指している。


ベットから降り、電気をつけて、椅子に座り、机の引き出しの中から淡い緑色の便箋を取り出した。


ペンを手に取り少し思案する。


「えーっと....」


『久しぶり。私のこと、まだ覚えてくれてるかな?一方的に別れを切り出しておいて今更こんな手紙を出していいのか迷ったんだけど...もし、別れてからこれまでずっと音沙汰のなかった私のことを少しでも想ってくれていたら、今まで君に言えなかった告白を聞いて欲しいんです。

実は、私、君と別れてからずっと入院してるの。いつ死ぬか分からない、現代医学では完治させる事が出来ない病気にかかって。

結婚しようって言ってくれたこと、本当に嬉しかった。でも、先の長くない私が、君と人生を共にするっていう選択肢を取ることは出来なかった。


君は優しいから、そんな事関係ないって言ってくれたと思う。だけど私のことを背負わせたくなかった。


じゃあなんで今更こんな手紙を....そう思うよね。

私ね、君と別れた時、余命3年って言われてたの。でもね、これを書いている今、あと数分で宣告を受けてから5年が経つの。


わがままかもしれないけれど、生きているうちにもう一度会えたら嬉しいなと思って、でもメールや電話をする勇気が無くて、それで、手紙を書いてます。


無視してくれても構わない。わがままなやつだなって怒ってくれても構わない。


本当に、色々ごめんなさい。そして、ここまで読んでくれて本当にありがとう。


あのね、君にもらったテディベア、大切にしてるよ。いつも枕元で私のこと見守ってくれてるの。


また、君の香りに包まれることを夢みています』



深いため息と共に書き終えた手紙を封筒に入れる。


「あの人に届きますように」


そう願いを込めながら住所を書く。


時計の針は23時59分を指していた。


「あといっぷ.....ん.....」


封筒を手に立ち上がった途端、視界が歪み、意識が朦朧とし出した。


「うそ....で、しょ.....」


薄れゆく意識の中、ベット脇のナースコールのボタンに手をかける。


「どうされましたか?」と、看護師から声がかかるが、それに答える事は出来なかった。


廊下からバタバタと足音が聞こえてくる。


勢い良く病室の扉が開けられ、何度も名前をよばれるが、彼女は、意識を手放しかけていた。


その時、どこからか教会の鐘の音(ね)が聞こえたのである。


彼女はその音(おと)に微笑み、そのまま意識を手放した。


時刻は24時00分になっていた。

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