属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか?
高橋てるひと
属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか?
メラビアンの法則を知っているだろうか?
アメリカの心理学者が行った研究。ある種の状況下のコミュニケーションにおいて、視覚と聴覚と言語の三要素が、どれぐらいの割合で影響を与えるか――それについての法則。
例えば、「あんたなんか大っ嫌い」と一人の美少女が言ったとする。
もし、言葉だけを取り出せば、それはただの罵倒である。
しかし、その口調に嫌悪感が無ければ照れ隠しの可能性が浮上する。
さらに、美少女の顔が真っ赤になっているならツンデレに決まっている。
言葉の内容そのものと、声のトーンやボディランゲージが矛盾していた場合、人間の感情ってのはどうしたって後者に引っ張られる。そんな研究結果。
かつて、世界中で堂々と誤用されていたことでも有名で、上の世代の人たちの中には「ああ、そういやそんな話を聞いたこともあったな」と懐かしむ人もいる。「あれだろう。人間は見た目が一番大事って奴」と未だに誤解している人も少なくない。
そしてもちろん、次の言葉は、こんな風に続くに決まってる。
「今は、見た目を変えられるもんな――まったく、今の若いもんは楽でいいよな」
楽なわけねえだろ、と「今の若いもん」である僕は思う。
□□□
『インターフェースを変更します――どんな属性を選択しますか?』
と、問いかけてくる僕のAIの声。
僕が選択するのは、二次元で、執事で、冷徹で、目は氷のように鋭くで、執事の癖に毒舌家で、しかしその実すげーツンデレで、黒髪で、瞳の色はなぜか赤色で、そして眼鏡の――もちろんイケメン。
そんな属性の羅列の、一体どこが良いのかはよくわからないが、デートの相手である彼女が好きそうだ、というだけの理由でそうする。今期のアニメにおける、彼女の個人的覇権アニメの推しキャラがだいたいそんな感じの奴なのだ。無理矢理三話まで見せられた。死ぬ程つまらなかったが。
そして、AIが僕に告げる
『属性設定を終了――インターフェースを変更しました』
そんなわけで、僕はイケメンで毒舌家な執事になって家を出る。
外を歩けば、そこには様々なインターフェースを纏った人々が、色とりどりのエフェクトで飾られた街を歩いている。
かつては仮想現実と呼ばれていた技術。今も上の世代の人間はその呼び方をする。
でも、生まれたときからそれがあった僕たちからすると「仮想」と言う呼び方は何だか馬鹿げているように感じられる。だって、物理的に存在していないってだけで、それはそこにあるのだから。触覚設定がONになっていれば、触ることだってもちろん可能だ。実際には触っていないのだ、と上の世代の人間が主張したところで、僕たちの脳はその違いには気づけない。
『――「金髪エルフメイド」さんが接続許可を求めています』
僕のAIが不意にそう告げてきて「誰だそれ?」と一瞬思いかけたが、すぐにその相手に思い至って、一応確認を取ってから接続許可をする。
『遅いですよぅっ! クラウンっ!』
接続するなり文句を言ってくる彼女の声は、脳が軽く蕩けそうになる舌っ足らずで可愛らしい誰かの声で、言葉は彼女が選択した属性に合わせて改変された台詞だ。
ちなみに、クラウンというのは僕のマスキングネーム。ちっちゃな子どもだった頃から変えていないから、はっきり言って本名よりも自分の名前として馴染んでいる。
『何でもっと早く出てくれないんですかぁっ!?』
「君、またマスキングネーム変えたろ? 誰だかわかんなくなるから、そんなに頻繁に変えるのは止めろって言っただろう?」
と、告げる僕の朴訥な言葉は、クールで甘い誰かの声で、毒舌な台詞となって彼女に届いているのだろう――そのためか、それともそういう属性なのか『ひどいですひどいです鬼畜ですよぅっ!』と彼女は喚く。
『ええっと――それで、今、どんな姿ですかぁ?』
「駅前。今、毒舌執事な」
『わかりましたぁっ! 私は、今、金髪エルフメイドですよぉっ!』
「そりゃそうだろ。んなマスキングネームしてんだからな」
程無くして、僕は彼女を見つける。
くるくる巻き毛の金髪、ぴょんと横に突き出たタイプのエルフ耳、着ているものは絶対にお前それ召使いじゃねえだろと思うくらいにふりっふりな装飾の付いたメイド服、そんな服装からでもそれと分かる真っ平らな胸、どことなくぽやんとした雰囲気の――当然のように、美少女。
今期の個人的覇権アニメにおける、僕の推しキャラにそっくりの外見。ちなみに無理矢理三話まで見せたところ、死ぬほど詰まらないと言われた。そんな属性の羅列の、一体どこが良いのかわからないと彼女は口を尖らせていたが、僕が好きだからそんなインターフェースにしてくれたのだろう。
そう思うと、ちょっと嬉しい。
彼女が僕に気づいて、ぶんぶん、と手を振ってくる。
僕のインターフェースを彼女は気にいってくれるだろうか、とちょっと思う。
□□□
インターフェースは、この世界に真の平等を生み出す技術である。
そんな風に主張している人たちがいる。僕は胡散臭いと思っている。
成る程――僕たちはインターフェース技術の発達のおかげで、生まれ持った容姿による種々様々な面倒臭いあれこれから解放された。それは確かで、随分と助かってもいる。「明日からインターフェース禁止な」とかいきなり言われたら結構困る。
でも、容姿というのが才能の一種であったように、みんなに好かれるインターフェースを選択し続けることにも才能が求められる。
上の世代の人間たちは「楽でいいよな」なんて平気で言ってくれるが、それは、連中が思っているほど簡単なことではない。
なんせ、誰だってどんな人間にだってなれる時代なのだ。外見どころか、声も言葉も、メラビアンの法則における三要素を自在に入れ替えられる。その中で誰かに好かれるためには、それ以外の何かが必要となる。
その何かがわからなくて――だから僕たちは、今日も必死で属性を選択し続ける。
クラスメイトの連中に馬鹿にされないために。
友達と仲良く有り続けるために。
あるいは、気になる誰かに好かれるために。
「好きです。――私を貴方のお嫁さんにして下さい」
と、かつて夕暮れどきの校舎で僕に告げた彼女は、そのとき、地味な後輩の属性を選択していた。
はっきり言ってそれは、完全な選択ミスだった。
だってそのときの僕は、当時の個人的覇権アニメのヒロインであるツンデレな先輩の属性に強烈に嵌っていたから。後輩キャラとか時代遅れじゃね、とか思っていた。
ついでに言うと「お嫁さんにして下さい」とかぶっ飛んだことを言ってきたこともマイナスポイントだった。言った後で「あわわわ……」と言って「ま、間違えました! つ、付き合って下さい!」と言い直してきたところを見るにそういう属性を選択していたのだろうが、そのときの僕にはそれもただの馬鹿にしか見えなかった。
もっとはっきり言えば、どん引きした。
なら――何故なのだろう?
あのときの僕が「他に好きな娘がいるから」とか何とか、当たり障りのない断りの言葉を選ばなかったのは。
「どんな属性を選べば――貴方のお嫁さんにしてくれますか?」
と目を潤ませる、これっぽっちも魅力を感じないインターフェースの彼女。
それに対して「ちょっと時間貸せ」と告げて、登録してある動画サイトを立ち上げて、個人的覇権アニメを無理矢理三話まで彼女に見せたのはどうしてか?
それから「これが今現在、僕の好きな属性」と告げたのは。
そんな無茶苦茶な僕の所業に対して、それでも彼女が最後まで付き合ってくれたのはどうしてか?
そして次の日、ツンデレな先輩の属性を纏って「ほら――これなら貴方のお好み通りでしょう?」と言ってきてくれたのは。
そんな風にして、お互いにお互いが好きな属性を必死で選ぼうとし続けた結果、今、こんな風に手を繋いで街を歩いているのは。
どうしてなのか?
そこには、僕らが纏うインターフェースを貫いて届く、何かがあるのではないか。
メラビアンの法則における三要素の、どれでもないかもしれない何か。
そんなものあるわけない、と理性的なツッコミが来るかもしれない。
青臭い考えだと、馬鹿にされるかもしれない。
あるいは、上の世代の人間たちには「インターフェースを外せばいいだろうに」なんて鼻で笑われるかもしれない。
それでも。
そういう何かがあることを、あってくれることを。
インターフェース越しに恋をしながら。
僕たちは、ちょっとだけ願っている。
属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか? 高橋てるひと @teruhitosyosetu
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