「ああ、疲れた」

 パトリックは仕事を終え家に帰っていた。夕日が街を照らしている。道にはパトリックと同じように家路についた人々が行き交っていた。

「家に帰るかな。いや、どうするかな」

 パトリックはしばし考えた。そして、帰る前に寄り道をすることに決めた。そちらの方に足を向ける。大通りに出て街の外を目指した。物売りの声が響いていた。

(あれからもう2週間か)

 パトリックが怪物の事件に巻き込まれてからそれだけ経っていた。あの日の翌日、具合が悪いと言って仕事を休みパトリックは教会に向かった。牧師に会うと彼はひと目でパトリックが何者であるかを見抜き、イライザの名を出すと奥の部屋に案内した。そしてパトリックは牧師から説明を受けた。

 パトリックはもはや普通ではない。ゴーストのイライザが見えるということは怪物の方のゴーストも見えると言うことだった。牧師は夜間は決して外に出ないようにと言った。もし、ゴーストに遭遇して『縁』が出来てしまったならパトリック一人では手に負えないからだ。また、もしそれでも出会ってしまったらすぐに教会に駆け込むようにとのことだった。あとは基本的にゴーストになることはしないようにとのことだった。それは怪物のゴーストに狙われやすくなるということと、普通の人々の生活を侵す危険があるからだった。あとは、細々とした決まりや注意点を牧師は述べた。普通に生活する分には支障のないものばかりだった。夜飲みに行けなくなるのは残念だったが守れないわけでもない。とにかくそれらを守っていればパトリックは普通の人間と変わりなく過ごしていけるとのことだった。なので、とりあえずパトリックはひと安心した。

(大した決まりもなくて良かった)

 それからパトリックは牧師にゴーストが言った最後の願いのことを話した。パトリックにはやはりやりきれない思いがあり、告解をするような気持ちで牧師に言ってみたのだ。

 すると牧師は「ああ」と言い。

「それなら、私がイライザ様よりお聞きしまして、エリザ婦人にお伝えいたしました。ゴーストなどのことは話してはならない決まりですから、ただ、『丘の上の騎士様がご主人の最後の言葉を聞いていまして』とお伝えしました。真実を隠しているので心苦しいのですが」

 と言った。そして、パトリックは

(俺のこと仕方のないやつ、って言っときながら自分も十分そうじゃないか)

 と、思ったのだった。

 エリザ婦人は泣いて喜んで、ひとつ心残りが消えたと言ったのだそうだった。

「さて」

 パトリックは街を出た。ゆっくりと坂道を登っていく。この先にはパトリックが疲れたときに気分を変えようと良くおとずれる場所があるからだ。何度も通った坂を慣れた足取りで登っていく。パトリックはところどころ立ち止まりながら景色を楽しむ。そうして今日のことを思い出す。今日は比較的上手く仕事をこなし、早く終われて平和な一日だった。願わくは毎日こうだったら良いのにと思うパトリックだった。

 ようやく坂を登りパトリックの前には良い景色が広がった。どこまでも続く田園風景。その中にいくつも丘が並び、そういった光景の果てには海が広がっていた。そしてその全てが夕日で茜色に染まり、眺めているだけで疲れが癒されるようだった。

「良い景色だ」

 パトリックは呟いた。そしてパトリックはそれをしばらく眺めた。いつもの場所に座って。

 と、ポツポツと頬に当たるものがあった。

「またかよ...」

 上を見上げれば黒い雲が西から押し寄せてきていた。そこから雨粒が次々と落ちてきていた。だんだんと雨足は強まりとうとう本格的に降ってきた。

「くそ」

 パトリックは呻き、雨宿りをしようと辺りを見回し、目についたのは一軒の家だった。パトリックはそこの軒下に駆け込んだ。

「やれやれ」

 パトリックは濡れた髪から水気を払いながら空を見上げる。やはり、しばらくは止みそうにない。パトリックはため息をついた。

 と、その時だった。勢い良くパトリックの隣にある窓が開かれた。

「また君か」

「ええ、また俺です」

「しばらくは止みそうにないな」

「ええ、そうですね」

「やれやれ、仕方のないやつだ。入っていきなさい」

 パトリックは苦笑した。ひょっとしてと思ったが予想通りの結果になったからだ。

「ウチは雨宿りの駆け込み場所じゃないんだぞ、まったく」

「この丘がお気に入りなんで」

「やれやれだ」

「また、コーヒーあります?」

「君ねぇ。お邪魔してるって意識はないのか?|

「すいません」

「まったく」

 パトリックはイライザに促されるままその家に入っていった。そして、雨が止むまでの一時、ものすごく濃いコーヒーとクッキーをごちそうになったのだった。



 丘の上には騎士が居る。彼女の姿を見たものは誰も居ない。誰かが丘の上の家から出入りしたのを見たものも居ない。しかし、不思議とそこに『騎士』が居るということだけは皆が知っている。しかし、その騎士は確かに居て、彼女は人知れず人々を守っていた。

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ゴーストランナー @kamome008

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