閻魔にもらった最後の5分

@Yupafa

閻魔にもらった最後の5分


「殺人、窃盗、詐欺、恐喝、ありとあらゆる罪があるのう。お前は問答無用で無間地獄行きじゃ!」


恐ろしい顔の閻魔大王がドスのきいた声で罪人の花山茂に告げた。花山はきょとんとした顔で閻魔大王を見上げる。


「そのムゲン地獄というやつは恐ろしいところなのでしょうか?」


閻魔の顔がさらに赤くなる。


「阿呆、そんなことも知らんのか! 無間地獄は最も罪深いやつが落ちるところで、地獄の中の地獄じゃ。そこに落ちていくまで2千年、そしてそこで682京1120兆年の間、お前の想像を絶する苦痛や恐怖を絶え間なく受け続けるのじゃ」

「682京? 兆の上ですか? 想像もつきませんね」


頭をかきながらひょうひょうと答える花山。花山は魂なので肉体はもうないのだが、勝手に本人が肉体があるように思っているだけだ。


「もうええわ。お前だけに時間はかけられん。ほら見てみい。お前の後に何十万人もの魂が待っとるんじゃ」


閻魔が顎でしゃくってみせた先には亡者のような姿の魂が一列に並んでいた。


「あの人数、戦争でも起きたのですかね」

「まぁ人間はいつも戦争をやっとるからのう」


閻魔は花山に目もくれず、閻魔帳とにらめっこをしている。閻魔帳には罪人の生きていた時の記憶が洗いざらい記載されている。


「お前は人間界の寿命で48年間、一度として良い行いをしてこなかったのか。珍しい奴だのう」

「ありがとうございます」

「褒めておらんわ。……お、ひとつだけ、良い行いをしておるのう。覚えておるか?」

「ええと、まったく記憶にございません」

「見てみたいか」

「よろしければ」


閻魔は近くにいた赤鬼を呼んだ。


「おい、こいつに浄玻璃の鏡を観せてやれ」

「へい、閻魔様」


閻魔の隣に置かれている大きな鏡。赤鬼は鏡にかけられていた布をするりとめくった。


「この浄玻璃の鏡はな、お前の人生の善行、悪行を全て観せてくれる。これでお前が行った唯一の善行を観るがよい。たったひとつだ、時間は人間世界の五分もあれば充分だろう。その後はそのまま無間地獄に落ちるがよい」


花山が浄玻璃の鏡の前に立つと、鏡面がゆらゆらと水面のように波打った。徐々に鮮明になる映像。


「これは……」


花山が言葉を発したとき、周りは真っ暗で誰もいなくなっていた。はるか先に見える懐かしい光に花山は吸い込まれるように歩いていく。


            



「──れ! 頑張れ!」

「よし、見えた。頭が見えましたよ。お母さん、もう少しの辛抱ですよ」


「うーーーん、ううーーーーー」

「ほら、もう少し。ゆっくりと息を吐きながら力強く」

「うううーーーううーん」


「生まれた、生まれた! ほら、可愛い男の子ですよ。お母さん、よく頑張りましたね。お父さん、おめでとうございます」


「よく頑張ったなぁ。ありがとう、ありがと……う、う……」

「あなたったら顔がくしゃくしゃ。赤ちゃんみたいよ。ほら、見て。どっちに似ているかなぁ──」

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