お題2『最後の5分間』 短編『風鈴夏残』
くさなぎ そうし
文字数1200 タイトル『風鈴夏残《ふうりんかざん》』
竿の先に熱く溶けた硝子を巻きつけ回していくと、ほんのりと赤く染まった、小さなガラス玉ができた。
……よし、いい感じ!
ガラスの上塗りを繰り返して息を吹きかけていくと、ガラス玉は膨張を繰り返し、じわじわと膨らんでいく。
長針で中心に穴を空けて、最後に思いっきり息を吹きかけると、ガラス玉は風鈴の形へと変貌を遂げた。
……よし、ここからが勝負。今日は何の花を描こうかな。
夏といえば、朝顔、向日葵、蓮、それにダリアもいい。様々な色の組み合わせを考えていくと、迷いが生じていく。
……迷ったら駄目。ちゃんとイメージしなきゃ、自分の色を――。
暖かい
……よし、決めた!
赤い絵の具を細い筆に塗りつけながら、丁寧に輪郭を描いていく。一発勝負、塗り直すなんてとてもじゃないができない。イメージを掴みながら筆を添わせていると、あっという間に完成した。
……でも、これだけじゃ寂しいな。
あれこれ考えながら汗を拭っていると、師匠が腕を組みながら近づいてきた。
「お、できたか。ん? ハイビスカスか?」
「うん、これが一番イメージできたから……」
ガラスに映っているのは一輪の赤いハイビスカス、地元を象徴する花だ。
「……でも、これだけじゃ売れないよね。どこにでも咲いてるしさ……」
「いや、いいだろ? 俺達は『夏』を売ってるんだから」
師匠はそういって声を上げる。
「実家に戻っても、風鈴が夏の思い出を残してくれる。そういう仕事をしてんだからさ、これでいいの」
「んー。そうなのかな?」
「そうだよ。ハイビスカスだって、本土では珍しいんだ。お前の味があった絵の方が売れるに決まってるさ」
再び竿を掴み、熱くなった硝子をつける作業に戻った。ぼんやりと次の作品を考えていると、ガラス玉がいびつな形になっていく。
……あ、駄目。
頭を振り払い、目の前の硝子に集中する。あれこれ考えても仕方がない。
「
「描ける訳ないでしょ、何いってんの!?」
師匠にツッコミを入れると、それを見た母親まで便乗していく。
「じゃあ、お母さんはグルクンのから揚げがいいな。海葡萄も捨てがたいけど」
「お母さんまで! やめてよ、もう!」
チリン。
祖母が仕上げて完成した風鈴が音を鳴らす。透き通った音色が心を落ち着かせていく。
「……好きなものを描いたらええ。あんたが楽しいと思う気持ちがちゃんと宿るから」
「ん! ありがと、おばあちゃん。そうする!」
長針を通し、再び形を確認する。今回もまたいい出来だ。
……さあ、次は何を描こう。
耳を澄ませ風の音に集中する。風鈴の音が春の終わりを告げ、心を熱く滾らせていく。
…… 失敗しても構わない。
だって私の夏は今、始まったばかりなのだから——。
お題2『最後の5分間』 短編『風鈴夏残』 くさなぎ そうし @kusanagi104
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