嘘つきだった愛しの妻

無月兄

嘘つきだった愛しの妻

「アナタはまだ若いわ。私のことは早く忘れて、いい人を見つけて幸せになって」


 まったく。これで最後だと言うのに、俺の妻はこんな事を言う。妻の……幽霊は。


 身体を壊し、とこに伏せっていた妻が亡くなったのがつい先日のこと。それから数日が経った夜、突然死んだはずの妻が化けて出た時は驚いた。だけど同時に、嬉しくもあった。今際の際には、看取ってやることが出来なかったから。

 だけどコイツ、いったい何を言い出すんだ。


「君はそれで満足なのか?」

「ええ。アナタが幸せでいてさえくれれば、私はそれでいいもの」

「それでいい、なあ。またお得意の、嘘をつく気かい?」


 俺の妻は嘘つきだ。病気でどんなに苦しくても、必ず平気と答える。欲しいものがあっても、いらないと言って我慢する。そういう女だった。


「嘘なんかじゃないわ。私は本当に……」

「本当に、どうなんだ?よーく想像してみてくれ。俺が君の知らない誰かと、仲良くすごしている所を」

「それは……」


 妻の動きが止まる。


「再婚して、子供が産まれ、幸せいっぱいに過ごす俺。そこにお前の居場所は無い。本当にそれが、お前の望んだことなのか?」

「で、でも……」

「そうしてだんだんとお前の事を思い出すこともなくなって、いつかは完全に忘れてしまう。本当にそれで、満足なのか?」

「―――――――ッ!」

「なあ。本当の気持ちを教えてくれ。おまえがいったい、何を望んでいるのかを」


 俺は何も、彼女をイジメたいわけじゃ無い。ただ素直な気持ちを知りたいだけなんだ。


「……本当に、言ってもいいの?」

「ああ、言ってくれ」

「……嫌いになったりしない?」

「するもんか」

「―――本当はね……ずっと誰のものにもなってほしくないよ。忘れてなんて欲しくない!」


 うん、分かってる。分かっているよ。


「知らない人と、笑い合ったりしないで。これからもずっと、私のことだけを好きでいてほしい!こんな事を言っても、迷惑だって分かっているのに……アナタを縛り付けたくはないのに……」

「構わないよ。それで良いんだ、君は嘘つきだから、そうやって素直な気持ちをぶつけてほしいって、ずっと思っていたんだから」


 ボロボロと涙を流す、幽霊の妻。心なしかその姿は、さっきよりも朧気。どうやら、束の間の奇跡はもう終わりらしい。


 最後に、妻は涙を拭いて、俺のことを見る。


「あなたは本当に優しい人……私の愛した、たった一人の人」

「お前は俺の愛した、たった一人の女だ」

「ふふふっ、アナタはやっぱり優しい人。でも、もう時間だわ。今度こそ……本当にお別れね」


 妻の顔に、一瞬愁いが見えた。けど……まったくこいつは。こんな時にまで、何嘘を言っているんだ。


「違う、そうじゃないだろ」

「えっ?」

「お別れじゃない……ずっと一緒、だろ」

「……うんっ」

 

 妻の身体が光に包まれていく。時間にしてわずか5分ほどの出来事だったけど、話が出来て良かった。最後見せてくれたのは、嘘の無い最高の笑顔だった。

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嘘つきだった愛しの妻 無月兄 @tukuyomimutuki

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