第56話 わたしはノーマルなんだから【最終話】
数日後の会室。
初秋の日差しにより暖かい室内で、わたしたちは何事もなかったかのように、会活動を再開していた。
そういえば、わたしたちを襲った男のことなのだけど、懸念していた死人は出なかったんだ。
みんな気を失っていただけで、若いから怪我の酷い人でも、全治二週間だったんだって。
全員死んでもおかしくなかったように見えたのに、人は頑丈ね。
それに若さって凄いのね。
主犯格、そう、プールで息巻いていた男が病院で「全部俺達が悪いんです。もう勘弁してください」と、怯えながら反省の言葉を口にしていたみたい。
話の中で、助けに来た男、つまり尊が悪魔に見えたって言ってたんだとか。
尊も助けに来ただけなのに、酷い言われようだわ。
まあ、そんなわけで、会室での話に戻します。
会室にいるのはわたし、マコちゃん、沙織、カオル君の四人。
マコちゃんは会長席で、今まできた相談の取り纏めをしていて、滑らかに筆を走らせている。
最近はポツポツと相談内容が増えていた。
とはいっても、主に勉強の相談ばかり。
授業を進めて行く中で解けなかった難問解読や、テストへの傾向と対策など短期間で終わるものがほとんどだった。
その辺はわたしとマコちゃんで、対応可能だから難なく解決していったんだけど。
先生に訊けばいいんじゃないかって?
先生方は部活の顧問で多忙なんだから、授業以外の講義は可哀想だよ。
マコちゃんはマメに、相談内容の記録を付けている。
同好会は活動実績が、会費の確保と会員の内申点に影響してくるのだという。
手分けをしようとしたら、「これは会長の責務でございますので、わたくしが」と、断られちゃった。
相変わらず清楚で可憐な雰囲気で、女の子の魅力としては完敗だわ。
でもこの雰囲気は、マコちゃんだから似合うんだよ。
わたしが真似したって絶対似合わない。
まあ、マコちゃんはわたしのお姫様なのだから、わたしがマコちゃんみたいになる必要はないんだよね。
それはわかっている、わかっているのだけれど、やっぱりいいなぁ。
カオル君は部活前に会室に顔を出していた。
なんでも一年生の基礎練習を最初にやってから、通常練習に入るので、「少し遅れて来て」と言われているんだって。
カオル君がいると一年生の部員たちが見とれてしまうから、練習にならないとかなんとか。
いつ見てもキリッとして、シュッとして、ドシッと構えて。
ああ、これじゃ沙織がする表現と同じだわ。
あの練習試合の後から、わたしもたまにカオル君のバスケの練習を見学している。
バスケをしているカオル君は、風貌、仕草、眼差し、どれをとってもかっこいいのよ。
わたしはそれを見るとたまに、恋に似た感情を抱いてしまっている。
『ドキッ』として『キュン』となってしまっている。
あっ、これ内緒よ。
沙織はみんながここにいるから、当然のようにここにいる。
この前の彩月さんの悩みを解決したことで、少し自信がついたみたい。
沙織は去年から見たら、もうすっかり別人になってしまっている。
まだまだ初めて会う人などには、全然抵抗があるので、わたしたちの後ろに隠れたり、挙動不審になってしまったりするのだけど。
それでも本当に変わったんだから。
タレ目の愛くるしさがすっごく可愛くて、笑顔を作ったものなら、ずっとこの笑顔でいて欲しいと思っちゃう。
それでいて、このセクシーでボリュームのある身体つきが、わたしの男性の部分を擽り……
って、くれぐれもわたしは違うから、勘違いしないでよ。
しみじみとみんなの顔を見渡し、感慨に耽ってしまう。
なんだか幸せだな。
この環境のままでいいかも、彼氏なんていらないかもって感じてしまう自分が怖い。
いやいや、彼氏ができたら絶対いいはず。
きっと違った楽しい毎日を、わたしにもたらしてくれる。
でもでも、待って。
ここで彼氏ができたらこの子たちはどうなるの?
もしかして一緒にいられなくなっちゃうの?
悲しい思いさせちゃうの?
「湊ちゃん、ボーっとしてどうしたの?」
わたしの頭がグルグルってなってきたところに、ちょうどよく沙織が止まれの標識を出してくれた。
「なんでもないよ」と、素直にブレーキを踏む。
『コンコン』
不意にノックが鳴り響いた。
力強く打たれたドアに向かって、わたしは「どうぞ」と返事をした。
現れたのは、とても若い女の子。
たぶん一年生だな。
まだ幼さが残るというか、ランドセルを背負ったら小学生でもおかしくないくらい。
これは本人が訊いたら傷つくからもしれないから、訊かなかったことにしてね。
服装はゴスロリ風で、全体的に黒を基調としたワンピース。
胸元に大きなリボンが付いていて、袖やスカートの裾にフリルが、さりげなく添えられている。
肝心の容貌は、男の子だったら「萌え〜」とかになっちゃう可愛さで、パッチリとした瞳がより存在感を主張していた。
大人になったら綺麗なるわね。
などと考えつつ。
「いらっしゃい。何か相談ごとかな?」
「えっと、あの、相談と申しますか」
「まあ、まず座って」
わたしはモジモジとした女の子を、ソファーに誘導し一緒に座る。
時折、わたしの顔をチラチラ見るのは気のせいかしら。
「じゃ、まず学年とお名前は?」
「一年の條ヶ崎 菊乃の申します。キーちゃんと呼んでいただければ」
おっ、いきなり呼び方指名。
なんだ? なんか胸騒ぎがするぞ。
即刻相談を訊いて、解決に向かう方が懸命だわ。
「そ、そう。それじゃキーちゃん。わたしは綾瀬 湊、そこの会長席に座っているのが瀬野 真琴さん、そしてそちらが野西 香さんと西條 沙織さんよ。
ここの会はみなさんのお悩みを聞く会だと知っていて来たんだと思うんだけど、キーちゃんは何かお悩みがあるのかな?」
わたしは会員を一通り紹介し、みんなはそれぞれ軽く挨拶をした。
そしてキーちゃんの答えを待つ。
キーちゃんは立ち上がると、さっきまでとはまるで人が変わったみたいに、わたしをガン見して言い放った。
「わたしは湊お姉様が大好きですわ。だからわたしと付き合って貰います。これは相談というより決定事項ですのよ」
あまりにも堂々とした態度に、わたしたちは固まった。
一瞬凍りつく会室の空気。
そこでここでの一番の先輩、カオル君が解凍しようと試みる。
「じゃあ、キーちゃんは僕達と同じだな」
微笑ましく返そうとするカオル君に対してキーちゃんは。
「同じじゃありません。湊お姉様を一番想っているのはわたしですわ。ですから湊お姉様のことは諦めてバスケに集中してくださいませ」
「なっ」
カオル君の顔が歪む。
負けじと沙織が追随。
「き、キーさん、湊ちゃんは独り占めしないって、いい、いうのが、や、約束事なの。好きなのはしかた、ないけど、その辺は守って、貰おうかな」
「それはわたしが決めた約束じゃないですので守る必要がないと思いますわ。そんなオドオドとした態度じゃ頼りないですし」
「うっ」
沙織の顔も歪む。
最後に全てを見ていたマコちゃんが、立ち上がり冷静に。
「キーさん。湊様と今後もご一緒なされたいのであれば、節度はお持ちになられた方が良いかと存じます。ここは冷静にみんなで今後の行く末を話し合いましょう」
「会長。その喋り方、恋人というより執事だと思いますわよ。であれば恋人のわたしの方が立場が上ということになりますわよね」
「…………」
マコちゃんは両手を机に付き項垂れた。
背後に『ガーン』ていう文字が見えるよ。
堪らずわたしも物申すしかない。
みんなのプライド? の為にも。
「あのね、キーちゃん。みんなはわたしにとって大切な人なの。もう少しみんなのこと見て欲しいな。まだ会ったばかりだしね」
「湊お姉様は、わたしが日も浅く年下でちっちゃくて可愛いから、まだ好きになってはいけないと言うのですか?」
威勢良く啖呵を切っていたわりに、急にしおらしく涙を見せるキーちゃん。
『ちょっと言い過ぎちゃったかな』と、動揺するわたし。
言葉の中に可愛いという語が入っていたのは、気になったのだけど。
「そうは言ってないよ。わたしはただみんなと仲良くして欲しいと」
う、嘘泣きだった。
唇をニヤリと釣り上げ、流れていたはずの涙は消えてなくなり、勢いよくわたしの腕にしがみついてきた。
「ということは、やっぱりわたしのことが大好きということですわよね。
もちろん皆さんとは仲良くしますわ。でも湊お姉様はわたしのものですから」
ダメだこりゃ。
トホホなわたしに今度はキーちゃん以外の三人が、わたしを取り合うように引っ張り始めた。
「湊様はわたくしと将来を誓い合ってございますので、わたくしと一緒になるお方です」
「いや、僕の運命の人なんだから、男の僕と一緒になるべきなんだ」
「何、言っているの。み、湊ちゃんを一番近くで見て知っているのはわたしなんだから、わたしこそ」
まるでピアノのコンサートの時のような、デジャヴな光景。
今はお姉ちゃんがいないから、あの時のように制してくれる人もいない。
ワーワーギャーギャー騒ぐ面々に、いい加減ウンザリ。
わたしは、みんなの手を振り払い、『ビシッ』と仁王立ちすると言ってやったのよ。
「いい加減にして。わたしは誰のものでもないわ。わたしはノーマルなんだから……ね!」
おわり
わたしはノーマルなんだからね! たられば @yukihiro0402
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