第55話 絶対絶命 第四部

「今回は沙織が大活躍だったな。窮地の中でしっかり連絡もしてくれたんだし。よくやったな。沙織」


「えへへ」



 尊に褒められて、沙織は嬉しそうだ。

 そういえば沙織の大活躍で思い出した。

 今回のことについても、いろいろ疑問があるんだった。



「尊、なんか異常に助けにくるの早かった気がするんだけど」


「あ、それはだな」



 尊はそう言って、経緯を話し始めた。

 まず、どうして尊はあんな建物裏の場所まで来れたのか。

 だって、いくら電話で説明をしたからって、あんな入り組んだ場所に来れるはずがない。


 その答えはというと、沙織が物置で写真を転送して、写真情報の中の位置情報を元に、GPSを頼りに来たんだって。

 なかなか現代っぽい。


 でもなんでこんなに都合よく尊が駆けつけることができたのか、という疑問が浮上する。

 それに対する回答は、お姉ちゃんに「今日、湊達が駅周辺で買い物するから、ばれないようにその辺にいなさい」って命令されたって。

 なんでもこの前のプールでの出来事で、お姉ちゃんは、胸騒ぎがするから保険をかけた方がいいと感じたんだとか。

 お姉ちゃんには予知能力も備わっているのか。

 それにしても、お姉ちゃん、尊、沙織の連携は、見事としか言うことがない。


 そんな事実確認を一通り済ませた後に、尊がわたしに問う。



「なあ、湊。訊きたいことがあるんだが」


「なあに?」


「お前、沙織や真琴さん、野西先輩とはどういう関係なんだ?」


「ちょっと尊くん?」



 思いがけない質問だと感じたのか、そんな顔をして沙織が尊に突っ込んだ。



「悪い沙織。ちょっと黙って訊いていてくれ」



 尊の真剣な物言いに、沙織は口を尖らせつぐんだ。

 最近、目まぐるしく変わるわたしの状況に、尊も心配してくれているんだ。

 わたしも、尊が逆の立場なら気になると思う。

 だって、尊とは親友なのだから。

 ここは真摯に答えよう。



「きっと尊が気になっているのは、わたしがマコちゃんたちと、どういう気持ちで一緒にいるのかってことだよね。

 正直、わたしの中では恋愛感情じゃないと思う。

 でも、ずっと一緒にいたい、いつまでも傍にいたい、そんな気持ちになっていることも確かなの。

 恋愛感情を持ってくれている人に対して、同じ気持ちじゃないのに一緒にいるのは誠実じゃないのかなぁ。

 でもね。わたしは何があってもみんなと一緒にいるという覚悟ができているし、みんなのことを守っていきたいと本気で思ってる。それも、もしかしたらわたしの自己中心的なワガママなのかもしれないけどね」


「ワガママじゃないよ。湊ちゃん、わたしたちのことちゃんと考えてくれているし、向き合ってくれている。わたしたちはそれで十分だから。十分なんだからね」


「ありがと、沙織。わたしね、先のことはわからないしお姉ちゃんみたいになるかもわからないけど、まず今を大事にしたい。きっとそうしていくことでわたしの中の答えも見つかると思うから」


「そうか」



 わたしの答えに、尊は一言そう返事をした。


 少しの沈黙。


 それを繋ごうと、わたしは別の話題に切り替える。



「そういえば話変わるけど、尊がこの前言っていた、尊自身の問題はいつ話してくれるの?」


「その事か。それはもう少し先だな。きっとお前の答えが見つかる頃には話せると思う。まあ俺のことは大した問題じゃないから気にするな。

 そんな事より、もし今日みたいに何かあったら必ず駆けつけてやるからな。困ったことがあったらいつでも連絡するんだぞ」


「尊、頼もしいじゃない。沙織、今度買い出し行くとき、尊が荷物持ちしてくれるってよ」


「え? そうなの? それじゃ尊くん、今度お米買いに行くときにお願いしようかな」


「いや、そういう意味じゃなくてな。でもまあいいぞ。いつでも連絡してこい。お前らの願いならなんでも訊いてやる」



 なんだ?

 冗談で言ったつもりなのに、二人とも冗談な会話になっていないじゃない。



「コラ、冗談に決まってるでしょ。せっかく、人が空気を和まそうとしているのに。このぉ、これでもくらえ!」



 わたしは後ろから、尊の首を締め上げる。

 尊は苦しそうに「湊、辞め、ろ」と、呻き声を漏らしていた。

 そしてその手を緩め、尊の耳元で「でも本当に頼りにしてるぞ」と、呟いたのだった。




「ミナ、沙織、大丈夫か?」


 カオル君は勢いよく、わたしの部屋のドアを開けた。

 ジャージ姿で汗が滲んているところを見ると、練習試合から帰るなり、ここへ向かったという感じだ。

『ふうふう』と息を切らしているので、走ってきたんだね。

 きっと沙織が連絡したんだ。

 心配かけるから、こんなに直ぐに知らせなくてもよかったのに。



「うん、大丈夫だよ。心配かけてごめんね」



 カオル君の不安混じりの眼差しを向けられると、どうにも申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 連絡を受けてからわたしたちの顔を見るまで、気が気でなかったという感じが滲み出ていたから。


 一見し無事だとわかるや、へたり込んでしまうカオル君。

 気が緩んだせいか、安堵の笑みを浮かべながら女の子座りをしていることに、『やっぱりカオル君も女の子の骨格を持っているんだな』と、感心してしまう。

 沙織はそんなカオル君を見て「心配かけてごめんなさい」と焦ったように口にした。

 こんなに急いで駆けつけてくれるとは思っていなかったのだろう。

 でもやっぱり沙織が連絡したんだね。


 それから間も無く、またこちらに向かってくる足音が聞こえる。

 二人の足音。

 これは言わずもがなお姉ちゃんとマコちゃんだ。

 まだ仕事中のはずなのに、きっと心配して途中で帰ってきたんだな。


 お姉ちゃんはへたり込んでいるカオル君の横をすり抜け、わたしの元へ来ると、躊躇なく抱きしめてきた。

 耳元で「湊ちゃん、無事で良かったわ」と囁く声が、心に浸透する。

 そして後ろでは、「湊様、沙織さん、無事で何よりですぅ」と呻、くように口にしたマコちゃん。


 この人たちはわたしと沙織を、心の底から心配してくれたんだ。

 こんなにも直ぐに駆けつけてくれた。

 そんな暖かさを感じたと同時に、自分の無力さ、浅はかさを改めて感じ喪失感に苛まれた。

 自分の中へと押し込めて、感じないように隠していた不安、恐怖、絶望がどんどん込み上げてくる。


 そしてわたしは、タガが外れたように泣くことしかできなくなっちゃったの。

 まるで子供帰りをしたように。



「うぅ、心配、かげて、ごめんなざぁぁぁいぃ。怖がっだよぉぉ。ありがどぉぉ。ゔぃんなだいずぎだよぉぉ」



 そんな子供のように泣くわたしに、みんなは寄り添い包んでくれたんだ。

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