第54話 絶体絶命 第三部

 改めて周りを見渡すと、男達は一目で見てもわかるくらい重症だ。

 尊は来たとき「殺す」とか言っていたけど、本当に死んでないわよね?


 再度、尊に目をやると、なぜか尊はわたしから視線を逸らしていた。

 はて、さすがの尊もやり過ぎちゃったと後悔しているのかな?

 そんなことを考えていたら、沙織が駆け寄ってきて。



「湊ちゃん、上着上着」



 ハッと直感し、胸の方に目線を落とす。


 直感どおりに、上半身はブラ一枚だけを装着するのみ。


 頬が一気に沸騰して、慌てて胸を両手で隠した。

 恐る恐る尊の方へ目をやると、尊は素知らぬ顔で向こうの空を眺めている。



「見た?」


「ああ、とても綺麗だったぞ」



 誰も感想なんか訊いてないっつーの。



「見るな、このバカー!」



 わたしは顔を熱くしながら、尊に怒号を浴びせた。

 沙織は容赦なく倒れている男達を踏みつけ、拾ってきた上着をわたしに手渡しながら、わたしと一緒になって尊に怒りをぶつける。



「そうだよ、いくら助けて貰ったからって見たらダメだよー。尊君のエッチ」



 沙織は頬を膨らませる。

 でも沙織も沙織であらら。



「ちょっと、沙織。あなた背中丸出しよ」


「なんかスースーすると思ったら、そうだった。尊君のエッチ」



 いやそれは尊は関係ないような……

 尊は素直に「すまん」とか言っているし。


 沙織の背中をよく見たら、ブラの紐は切れていないみたい。

 さすがに沙織のそれを支えるくらいだから丈夫なのね。


 いつまでも尊にサービスショットを公開していられないので、上着を着ようと広げてみると、汚れがベッタリ付着していた。

 あれだけ乱闘になったのだから、散々踏みつけられただろうし、当然か。

 そんなこんなでさっき買ったカットソーを、早速ペアでわたしたちは着た。

 結果的に、沙織の提案どおり買って良かったんだなぁ。


 尊は着替えをしている間に、お姉ちゃんに電話をしているようだった。

 内容を訊くと、「会社の警備班と医療班を向かわせるからそこを離れていいわよ」だって。

 警備班はわかるけど医療班て、お父さんの会社っていったい……


『着替えも終わったし帰ろう』と、わたしは一歩踏み出した。

「痛っ」、足を捻ったんだった。

 まあ、歩けないことはないのだけど、捻った足で歩くのは気が重いなぁと脳裏に浮かび、自然と溜息がでた。

 それに気づいた尊が、わたしに背を向け腰を下ろし、「乗れ」とおんぶの態勢をとっている。

『いや、恥ずかしいんですけど』って心の中で呟くと、心を読まれているのか「いいから早く乗れ」と催促の言葉をかけてくる。

 しようがない、ここは意固地になっても特はないし、あの砂利の上を歩くのも自信がない。

 恥ずかしいけど甘えるとするか。



「そ、それじゃ宜しくね」



 荷物を沙織にお願いすると、わたしは尊の背に身体を委ねた。


 よく漫画なんかで『男の人の背中って広い』って表現されているけど、本当のことだ。

 広くて背筋が締まって固いのだけれど、ゴツゴツしているわけでもなく、しかも暖かい。

 いいなあ。

 頼りになりそうな背中、わたしには表現できない背中、安心できる背中。


 わたしはその感覚にうっとりしてしまう。

 すると沙織は「そこでそんな顔しちゃダメ」と、また頬を膨らませていた。

『うわっ、恥ずかしいところを見られちゃったなぁ』と思いつつ「あはは」と笑って、誤魔化したのだった。


 今日は買い物の続きを辞めて、駅前でタクシーを捕まえ帰ることにした。

 それまでは尊の背中を借りることになったわけで。

 いつもと違う空気の中、わたしは口を開く。



「尊、本当に来てくれてありがとう。もうわたしダメかと思った。沙織にも助けてもらったし」


「ああ、間に合って良かった。あれでも遅れて悔しいくらいだ。お前たちにもし何かあったら俺は一生悔やみきれない」


「全てはわたしの無茶な行動が原因なのだから、尊が一生悔やむことはないけど、沙織に何かあったらと思うとわたし…………」



 わたしは改めて自分の無力さ痛感する。

 だってあの後、沙織が乱暴されていたと思うと、わたしこそ生きていけないよ。



「湊ちゃん。わたしのことを守ってくれようとするのは嬉しいけど、自分も大切にして。

 わたしだって湊ちゃんに何かあったら、死ぬまで後悔しちゃうよ」


「うん、ごめん。そうだよね。沙織の言うとおりだね」



 どうしても大切な人を守りたいと思ってしまうわたし。

 だけどそう思っていき過ぎちゃうのは、わたしの欠点なんだよね。

 思い立ったら直情で動いちゃう。

 お母さんやお姉ちゃんには、無茶はするなって散々言われているし、反省しなければ。

 沙織の瞳は『わかればいいんだよ』と語っていた。

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