第53話 絶体絶命 第二部

「ちょ、ちょっと、待って」


 わたし言葉は訊き入れないとばかりに、男たちがこちらに向かってきた。

 こうなったら、やれるだけやるしかない。


 この人数相手にどこまでできるかわからないけど、沙織を守らなくちゃならない。


 大切な人を守らなくちゃ女がすたる。


 近づいてくる男たちの間合い、歩幅、挙動を識別し行動パータンを予測、向かって来る男に立ち技を駆使して投げ技へと転じた。

 最初の予測線は、狙い通りうまく立ち回れた。

 でもやっぱり多勢に無勢。

 あっという間に取り囲まれる。

 しかも沙織にも襲いかかろうとしている輩がいたので、わたしは強引な体制となりつつも、投げ技を繰り出した。

 そして沙織に向かう男三人に目掛け、間接を上手く取りながら、一人の男をぶつけることに成功した。

 ドスンと鈍い音を発し倒れ込む男たち。


 さすがに今の攻撃に相手も怯んだのか、一瞬男たちの動きが止まった。

 しかしわたしも無理な体制だったから、足を捻ってしまった。


 まずい、このままじゃまずい。


 そしてわたしがない打開策を必死に探している中、男の一人がわたしには致命的な状況を作ってしまう。

 そうそれは、キラリと光る鋭利な刃。



「大人しくしないと刺すぞコラ」



 それを視界に入れてしまったわたしは、為す術もなくその場にへたり込んでしまう。


 ああ、こんな時に。


 わたしは弱い、情けない。



「は、さっきまでの威勢はもう終わりか。手間かけさせんなって言ったよな。つっても、もう動けなさそうだし、しゃあねえから俺らが剥いてやるよ」



 戦闘中とは一転し、緊迫感がなくなった場の空気。

 歯向かう者がいないのだから当然だ。


 男がわたしの元へ近づいてこようとしたとき、沙織がわたしに覆い被さった。



「今度はわたしが湊ちゃんを守るんだ。守るから。守るからね」



 朦朧とした意識になりながら、包んでくれる沙織の腕の中で、わたしは『ごめんね、ごめんね』と頭に巡らすことしかできない。


『ビリビリビリビリ』


 何かが破れる音が聞こえた。

 布を刃物で切り裂くような音。

 男の「ご開帳〜」という声が響き、おそらく沙織の服を切り裂いたのだろうと虚ろな頭の中で想像する。

 その事実を無視するように「守る、大丈夫、守る」と、連呼する沙織。


 わたしは何をやっているの……


 わたしは……



 そのとき。


『ドカッ!』


 何かが猛烈な勢いで吹っ飛んできた。

 一瞬の出来事であり、瞬時には判別できなかったけど、大きさからいって男の一人だと想像する。



「なんだお前」



 叫ぶ男はお構いなしに、四方になぎ倒されていく男たち。


 何が起こっているのかわからない。

 なんだお前ということは、第三者が介入してきたのかもしれない。

 おぼろげに視線をやるその先に、さっきまで明らかにいなかった人影が確認できた。



「殺す」



 その声は尊だった。

 視界は虚ろだけれど声はわかる。

 助けに来てくれたんだ。


 わたしは未だぼやけた意識の中で「さおり、たけるが」と、沙織の耳元で囁いた。

 そして徐々に覚醒していくわたしの頭の中では、『尊、その攻撃は空手だね』と、場違いな考えを巡らせる。

 引く相手には空手技、向かって来る相手には合気道の技と、上手に使い分け相手を打ち倒していく尊の姿があった。

 沙織は尊が助けに来てくれたのに漸く気づいたのか、尊を一瞥し、再度わたしに腕を回してきた。



「尊くん、来てくれたんだね。わたし物置で連絡したの。間に合って良かった。湊ちゃん無事で良かった」


「そうか、沙織が呼んでくれたんだ。うん、沙織も無事で良かった。守ってくれてありがとう、沙織」



 再度、尊に目線を移す。

 十人ほどいた相手は、既にほぼ全滅状態。

 だけど尊は止まらない。

 ちょっと、このままじゃ死人が出ちゃうよ。

 尊を止めなくちゃ。


 わたしは漸く覚醒を果たした意識を、更に奮い立たせた。

 沙織に「少し待っててね」と、そっと抱かれた体を離し、立ち上がり、尊の元へと向かった。

 意識を失った男を殴り続ける尊。

 後ろから傍により、その肩に手を置く。



「尊、もういいの。みんなやっつけたから」



 でも尊は、無心なったような状態で、拳を振るい続けている。

 しかも肩を叩いたのがわたしとは気づかなかったのか、裏拳で攻撃をしてきた。


 もの凄い勢いで向かってくる拳。

 わたしはその拳を受け流し、同時にその勢いを利用しつつ投げ技へと転じた。

 尊を宙に浮かべて回転させ、そっと地面に落とす。

 すぐさま、戻っておいでと願いながら、抱きついた。


 わたしは尊の耳元で囁く。



「尊、終わったんだよ。もう大丈夫。わたしも沙織も無事だよ。助けに来てくれてありがとう」



 わたしの言葉に、尊は力が抜けたように返してきた。



「そうか、終わったか。無事で良かった」

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