第52話 絶体絶命 第一部

 ピアノ演奏から、数日の時が流れ。


 わたしは沙織と、駅前の洋服店に来ている。

 もうすぐマコちゃんの誕生日だから、洋服をプレゼントしようということで、満を持して足を運んだ。なんてね。

 ちょうどマコちゃんは、お姉ちゃんとモデルのお仕事で会社の方へ行っているし、カオル君はバスケの練習試合で遠征中だから、沙織と二人きり。


 お店が開店するのと同時くらいから来ているのだけど、なかなかマコちゃんのイメージに合った服が見つからないので、お店を転々として三店目。

 いま手に持っている紙袋の中身は、二店目で沙織が『I♥them』というロゴが入った七分袖のカットソーを見つけて、「これ、みんなでお揃いにしようよ」と、懇願され買ったもの。

 前々から沙織は、何かお揃いのものが欲しかったらしくて、カオル君もロゴだけのデザインならオーケーかなってね。


 お店をたくさん見て回っていると、お昼の時間になりお腹も空いてきた。

 途中にクレープ屋さんがあったので、お昼はそこで食べることにした。


 わたしは『フルーツたっぷりホイップクレープ』。

 フルーツを乗せ過ぎていて落ちそう。

 いくら『たっぷり』といってもこれは乗せ過ぎでしょ。


 沙織は、右手に『いちごバナナデラックス』、左手に『てりチキマヨスペシャル』を持っている。

 それってどうやって食べるの?

 しかも食べ過ぎだから。


 飲み物はクレープ屋さんに売っていた、チルドカップのアイスミルクティーを添えた。

 店の前に円卓テーブルとプラスチック製の椅子が置いてあったので、向かい合わせに座る。

 わたしは落ちないように気をつけながら、フルーツを片付けていった。

 沙織は器用に、クレープを交互に食べている。

 たまにミルクティーのストローに口を付けながらね。

 でも本当にすごい食欲。

『また胸が出っ張るよ』なんて思いつつ、その出っ張りに内心、少し羨ましかったりもする。


 食後、「美味しかったねー」と同意を求める沙織に、わたしは苦笑いを含ませながら「そうね」と相槌を打った。


 さあ、お腹も満たされたことだし、次のお店に行ってみようかしら。

 次のお店は駅から少し離れた所にあって、ちょっと古い商店街の中程にある。

 最近開店したばかりということだから品揃えが豊富みたいなんだ。

 きっとそこにお宝、もといお目当てのものがあるに違いない。


 わたしは沙織の手を引き、そのお店の方に向かって歩みを進めた。

 さすがに古い商店街ということもあり人が少ないな。

 ていうか、気がつけば人が歩いていない。

 あれ? 道、間違えたかな?


 逡巡しながら進んでいくと、前方から三人の男がこちらに近づいてきた。

 なんとなく三人ともこちらを見ているような感じで、違和感を感じる。

 近づくにつれ、姿形が明確になってきて、真ん中の男に見覚えがある気がした。


 …………あっ、あのプールのときに、投げ飛ばして水の中に落とした奴だ。

 沙織もいるしここは逃げた方が良さそう。


 わたしは沙織の繋いだ手を、グイッと引っ張り踵を返す。

 来た道を戻ると、また同じく別の三人の男がこちらに向かってきた。


 まずい、挟まれた。

 突破するにも、沙織を連れてではたぶん無理だ。

 どうする? どうする?


 周りを見渡すと選択肢は二つ。

 車道に飛び出すか、建物の間に逃げ込むかだ。

 車道は交通量があり過ぎて危険。

 だから後者しかない。

 さすがに沙織も気づいたらしく「湊ちゃん、どうしよう」と、わたしと繋いだ手をより強く握ってくる。



「大丈夫、大丈夫だから。沙織、わたしから離れないでね」



 沙織の手を引き、建物と建物の間に逃げ込んだ。


 この先どうなっているかはわからない。

 だけどここで奴らに捕まるよりはマシ。

 建物の周りに敷かれた化粧砂利の上を、ジャ、ジャ、ジャと歩くわたしたち。

 走って近づいて来ないところをみると、こちらに逃げ込むことは計算されていたのかも。

 そうだったらかなりまずい。

 嫌な予感しかしない。



「沙織、こっち」



 わたしは建物の裏手の隙間を、沙織を引っ張りひたすら進んだ。

 辿り着いた先は、四方が建物に囲まれた広場だった。

 建物を見渡すと、窓はついているが、こちらを見そうな人影もない。

 窓はきっと物置やトイレの窓なのだろう。

 見るからに人気のないこの場所に、わたしたちは誘導されたんだ。


 この空き地の隅に、二畳ほどの物置が置いてあった。

 半開きの状態だったので、鍵は掛かっていない。

 古びていて暫く使っていなかったであろうその物置に、わたしは沙織を押し入れた。



「沙織、ちょっとここに入っていなさい」


「ダメ、湊ちゃんも一緒に」


「一緒に入ったらいずれ捕まっちゃう。沙織がこの中で身を守ってくれれば、わたしは気兼ねなく闘えるから。だからお願い。わたしは沙織を守りたいの」



 そして沙織の返事を待たず、ドアを閉めた。

 沙織の不安そうな、泣き出しそうで必死に我慢した顔が目に焼き付く。


 明らかに大人数であろう足音がどんどん近づいてきて、雑踏の音の方へ振り向くと、十人ほどの男が入ってきた。

 そのうち四人は、プールで見た男たちだ。

 正直、この人数相手にわたし一人では倒しきれない。

 まだ、男たちとの距離は二十メートルくらいはあるか。

 無駄かもしれないけど、説得するしかない。



「あなたたち、何をしようとしているのか知らないけど、これ犯罪行為よ。この前のことなら謝るから、もう辞めにしようよ」


「何言ってんだお前。ここまで用意しといてやめるわけねーだろうが。やることやったら、ぜってえバレねえように口封じしときゃいいんだ。だから暴れたりして無駄なことさせんなよ」



 ダメだ。

 全然話が通じるような相手じゃない。

 なんとか沙織だけでも。



「ねえ、わたし一人で許してよ。抵抗もしない、何でもする。だから、後ろの子は見逃して」


「お前の言うことなんてどうでもいいけどよ。何でもするならとりあえず全裸になって土下座しろ。俺らも鬼じゃねえんだから、乱暴しないで見ててやるからよ」



 周りの男達がクククと薄ら笑いを浮かべている。

 こんな奴らには何をしても、タダでは帰してくれないことはわかっている。

 だけどわたしには選択権がない。



「そうしたら後ろの子は見逃してくれるのね」


「お前の態度次第だ。ちゃんと媚びて俺らを納得させてみろよ」


「そう、わかったわ。全裸になって土下座すればいいのよね」


「それじゃ俺らが無理に言っているみたいじゃねえか。媚びてつったろ」


「わ、わかりました。裸で土下座をしたいので少し待っていてください」



 わたしは持っていたバッグと紙袋を地面に置くと、上着を脱ぎ始める。


 やっぱり抵抗があるし恥ずかしい。


 手が震える。


 なんとかボーダーのトップスを捲り上げ、ブラが露出した。


 我慢だ我慢。


 これは沙織のため、自分のため。


 上着を脱ぐと、男どもが歓声をあげているが気にしない。

 脳に命令を下し、意識の中で耳を塞ぐ。

 上着をパサリと落とし、今度はデニムスカートに手をかける。

 としたとき、後ろの物置の戸が『ガラガラ』と開く音が聞こえた。



「湊ちゃん、ダメ、ダメだよぉぉ。湊ちゃんが、そ、そん、なことダメぇぇ」



 振り返ると、沙織が嗚咽を漏らすように泣きながら出てきていた。



「沙織、出てこないで。大人しくその中で隠れていて」



 わたしは泣いている沙織に、物置の中に隠れるよう必死に説得を試みる。

 だけど沙織はかぶりを振るばかりで動こうとせず、後ろの男がしびれを切らすように言ってきた。



「遅えから、予定変更だわ。二人とも全裸決定な」

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