第51話 祭りのあと

 そしてわたしは、一人で控え室に戻ってきた。


 お母さんが友人のピアニスト達と話をしていたので、やっぱり空気は読まないと。


 わたしもピアノに触れていると、お母さんのお友達は、有名なピアニストの人達だってことはわかる。

 そんな人達と肩を並べて話をするお母さんは、なんか次元が違うなぁ。

 それによく三週間という短い時間で集まってくれたと思う。

 きっとお母さんの、人望の成せる技なんだね。


『コンコン』


 椅子に座り一息ついていると、控えめなノックの音が響いた。

 立ち上がりドアを開ける。


 そこには今回の相談者であり、本当の主役、彩月さんの姿があった。

 そう、忘れてはいけない。

 この場があるのは彩月さんの相談があったからなのだ。



「失礼します。お疲れのところすみません」


「彩月さん、気にしないで。わたしは少ししか弾いていないんだから。中に入らない?」


「あ、いえ、家族も待っていますので。一言お礼が言いたくて来たんです」


「お礼なんていいのに。こっちこそ来てくれてありがとう」



 わたしが逆にお礼を言うと、彩月さんは申し訳なさげに、両手を顔の前で振った。



「とんでもないです。わたしの方こそありがとうございました。うちの両親も凄く喜んでました。『いい先輩がいてくれて、学校辞めなくて良かっただろ』って言ってくれました。

 わたしも本当にそう思います。絢瀬先輩のお母さんも絢瀬先輩も凄く素敵で、ピアノも素敵で、わたし、感動しました。ピアノのことも好きになっちゃいました。本当にありがとうございます」



 深々と頭を下げる彩月さん。

 いい子、実にいい子だわ。


 頭を下げ続けてている彩月さんの肩に、手を『ポンポン』と叩き、上げるように促すと彩月さんも察して頭を起こした。



「ピアノのこと、お母さんの演奏のこと、好きになってくれたのなら嬉しいわ。そして、彩月さんのご両親にも喜んで頂けたのなら成功よね。それを訊けて安心した。

 料理の方も引き続き頑張って。沙織とマコちゃんから訊いている限りでは、彩月さんなら心配ないと思うけどね」


「会ったばかりのわたしのために、こんなにしてもらってなんか申し訳ないです。でも、皆さんの気持ちに応えるためにも、わたし頑張ります」


「そう、その意気よ。所詮わたし達はサポートしかできないんだから。そしてそれをするためにわたし達の会はあるのだから、わたし達のことは『頼りになる先輩』くらいに思ってくれるだけでいいのよ」


「はい、ありがとうございます。そして今日は本当にありがとうございました。お母様にもよろしくお伝えください」



 彩月さんは再び深々と頭を下げ、この場を後にした。

 こんなに感謝されちゃうと、なんだかくすぐったいわ。


 再度わたしは椅子に座った。

 するとまたノックの音が。

 今度現れたのは沙織とカオル君、それに尊。


 なかなか沙織が涙から解放されなくて、直ぐこっちに来られなかったとカオル君は嘆く。

 泣き過ぎの沙織は、もう目が真っ赤で心配になるくらい。

「よかったよぉ、湊ちゃん。よかったよぉ」と溢しながら、手の甲を当てている。

 わたしはカバンの中に入れてあるハンドタオルを水で濡らし、沙織の目を撫でる。

 大丈夫かしら。

 カオル君が演奏での感想に含ませて、大げさにラブコールしてきたけれど、長くなるので割愛します。

 尊とは再び苦笑いを交わし言葉を交えず、カオル君が「二人の世界に入るな」と、ひどく怒っていた。


 そうこうしていると、今度はお姉ちゃんとマコちゃんが現れた。

 お姉ちゃんがここへ来るのが遅れた理由は、今度のピアノコンクールで特別審査委員をしてくれないかって、懇願されたんだって。

 お姉ちゃんは知名度が抜群だし、『綾瀬 渚』の娘なのだから、お願いされるのもわかる。

 それでもやはり「忙しくて難しい」と、丁重にお断りしたのだとか。

「わたしはお母様や湊ちゃんみたく、ピアノが弾けないのに困ったものよねぇ」と、溢していた。


 そして、カオル君と尊、なぜか沙織まで「湊ちゃん着替えるから、出て行って頂戴」と控え室から追い出されていたのは、見なかったことにする。

 メイク落としや着替え、顔や身体のマッサージまでしてくれて、いきなり魔法が解けたシンデレラよりも優遇されているわたしは、贅沢者ね。


 着替えも終わりを迎えたころ、お母さんも戻ってきた。


 そしてこれは、お母さんとお姉ちゃんが繰り広げた一幕。

 別に仲が悪いわけではないよ。



「湊。今日来てたゲストの中に海外でも有名なピアニストがいてね。是非、湊を海外の名門音大に推薦したいって言っているのよ。

 決めてはこなかったけど、これが叶えば湊のピアノ人生安泰よ」


「お母様、何を言っているの? 湊ちゃんの将来はピアノ奏者じゃないわよ。

 前にも話したことあったと思うけど、わたしが頑張っているのは、湊ちゃんの下で働くための土台作りをするためなの。勝手に湊ちゃんの将来を決めないで」


「だって母親としては、自分と同じ道に進んで欲しいと思うのは当然でしょ。湊には秀も才もあるのだし」



 お姉ちゃんの言っていることがよくわからないのだけど、二人とも勝手にわたしの将来について議論をしている。



「だからって湊ちゃんが就くべき職業は、ピアニストではないの。社交の場で披露することはあってもね。マコもそう思うでしょ」


「わたくしは、湊様がお望みになられるのであれば、どのような場でも……」


「真琴ちゃん。あなた灯さんの味方なの? わたしのことお母さんだと思ってくれているんだよね」


「わたくしは、お母様のことはお慕いしておりますが、どちらの味方という訳でも……」


「マコはわたしの味方ってはっきり言えないの? わたしは妹のように思っているのに」


「で、ですが、わたくしは……」



 怯え戸惑うマコちゃん。

 可哀想なマコちゃん。

 うー、マコちゃんを困らせる人は、わたしが許さない。

 たとえそれが、大好きなお母さんやお姉ちゃんであったとしても。



「お母さん! お姉ちゃん! わたしのマコちゃんを困らせないで! わたしの将来はわたしが決めるんだからね!」


「「ごめんなさい」」



 二人はそう言って項垂れた。


 帰りはロビーで待っていた沙織達と合流し、お母さんのスタイリストさんも交えて身内だけの祝賀会を開いた。

 ホテルの宴会場を貸し切り、豪華な料理が出された。

 そのセッティングはお姉ちゃんがしたんだって。

 やっぱり凄いお姉ちゃん、感服しました。


 そうして、わたしのデビュー戦も幕を閉じた。

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