ある日の収録『机の上の』
空飛びのエッチな同人誌が机の上に置いてあった。
「……!」
お家に帰り、自分の部屋に入ると、空飛びのちょっと大人な同人誌が机の上に置いてあった。
「待ちなさい。落ち着け、落ち着くのよ私……」
朝のラジオ体操ばりに両手を使って大きく深呼吸をするも落ち着かない。
何を隠そう、この同人誌は私のものである。
収録スタジオ近くで、「空飛びの新刊が欲しいな~」と立ち寄った先で、同人誌も売っており、「あっ、表紙可愛い~」と表紙買いをし、家で中身を見て、びっくりした一冊である。
17歳の私の年齢では買ってはいけない代物だ。
だって、表紙からは煽情的な感じはせず、どう見ても健全だ。しかし、中身は空音と隣国の王女がイチャイチャする肌色多めの、エッッな百合本だった。
「やっぱり素敵な絵よね……。はっ! つい開いてしまった」
何といっても絵がうまい。
プロの漫画家さんで月刊誌で四コマを連載している。私もその漫画を読んだことがあるが、癒し要素たっぷりのほわほわした作品だった。
そんな作者だが、この本は……その、やばい。可愛い、素敵な絵なのに、しっかりと……その、描かれている。それに百合本なのだ。気にならないといったら嘘になる。捨てることもできたはずだが、それはできず、机の引き出しの中に隠していた。
隠していた、はずなのに、机の上に置いてあった。
「なんでよ! ……落ち着け、落ち着くのよ佐久間稀莉」
誰がこの同人誌を置いたのか。
犯人は一人しかいない。
私の自宅の部屋に入れるのは、家政婦であるメイドだけだ。
映画監督である父と、俳優である母。二人が家にいない日は多く、小さいころからメイドの柳瀬晴子さんが仕えている。家族のような存在で、頼れる人だ。
両親には、私の部屋に入ることを禁止している。何故なら、このオタク部屋を見られたくないからである。
『空飛びの少女』、その主人公である『空音』、空音を演じた『吉岡奏絵』のオタクであることがこの部屋に入るだけですぐにわかってしまう。フィギュア、ポスター、抱き枕などなど見事なオタク部屋だ。アニメの仕事をしているのだから、もうバレてもいいのだが、10代には秘密にしておきたいものがたくさんある。
「晴子にバレたか……」
掃除をしている際に、つい引き出しを開け、そして見てしまったのだろう。机の上に置かれているということは中身もしっかりと見られてしまった。
わざわざアピールしているのだ。
この本は、17歳の私にはまだ早いと。
「中身まで見なくてよくない!? ……落ち着け、落ち着くのよ稀莉。私は清楚な声優。清楚で純朴な17歳」
さて。どう、言い訳をしよう。
ファンからもらったの。それは駄目か。R18な本を渡すファンは危ない。事務所のホームページで注意喚起が出されてしまう。
綺麗な表紙だと思って、気づかず買ったの。嘘はついていない。私も知らずに手を取っていた。よし、第1候補の理由だ。
吉岡奏絵に貰った、もありだろう。奏絵に口裏を合わせてもらうのだ……もらうのだ? いやいや、晴子にバレるより、よしおかんにバレる方がダメージがでかい。
「稀莉ちゃんもこういうのが気になる年ごろなんだ。えっち。何よ、よしおかん! あんただって興味あるでしょ? え、興味があるのは私だけ? バ、バカ! もう抱き着かないで、えっ、こんなところで」
「あのー」
「駄目よ奏絵、思い出は素敵なところで」
「きーりーさんー?」
「何よ、妄想の邪魔をしないで……って、うわああああああああああ」
振り返ると、メイドの晴子がいた。
「い、いつからいたの!?」
「深呼吸をした時から、覗いていました」
「ほぼ最初からじゃない! 早く声をかけなさい!」
「置いた本の反応が気になり、悪戯心で。しかし、吉岡さんの声真似をして、一人芝居を始めるとは思わなかったです」
「忘れなさい」
「思い出は素敵な」
「わ す れ な さ い !」
置かれた本だけでもダメージがでかいのに、さらに弱みを握られてしまった。
「茶番はこのぐらいにして」
ポーカーフェイスな晴子が真面目な顔で私に問う。
「稀莉さん、あなたの年齢は?」
「……17歳です」
「表紙に書いてあるのは?」
「R18です……で、でも表紙からそんな感じは全くしないでしょ! 健全に見えるって」
私の謝罪会見が始まった。晴子の追究はやまない。
「空音さんがなんで、全裸で」
「本の中身を説明しないで!」
「これじゃ空を飛べない!」
「同人誌のセリフを朗読しないで!」
暗記するほど覚えているのですね、とさらに嫌味を言われた。私のライフはとっくにゼロだ。
「私が悪かったです。この本は煮るなり焼くなりしてください」
「それは鯉狸先生に失礼です」
「へ?」
ため息交じりに、目の前のメイドが話す。
「まぁ、稀莉さんがこういうのに興味を持つ年齢なのはわかっています」
……否定はしないけど。
「それに百合に興味を持つのは、それも鯉狸先生の百合同人誌を無意識に手にしてしまうとは、やはり稀莉さんは才能があります。わかります、鯉狸先生の描く繊細な感情、豊かな表情、健全な本より、それがより鮮明で……」
「は、はるこさーん」
「健全4コマ漫画でも時折隠せなくなるエロス。一種の芸術といってもおかしくないですね。ええ、私は彼女が同人の頃から追っていたんです。最初は大学生で粗削りでしたが、光るものがあり、鯉狸先生はもっと飛躍すると確信していました。デビューが決まった時は私の目に狂いは無かったと誇らしかったです」
スイッチが入ってしまい、止まらなかった。
そして、本を手渡された。
「今日のところは見逃します」
「え、いいの?」
「捨てるなんて駄目です。でも、教育上18歳になるまではしっかりとしまっておいてください」
黙認、ということだろうか。両親にチクられることなく、私は許された。
「18歳になったら覚悟してください。鯉狸先生の素晴らしさを布教します。彼女だけではありません。KoiKoi先生、底てんとう先生、それに」
「もういい! もういいから!」
バレるよりも、大変なことになってしまった。うちのメイドはめんどくさい。
早く大人になりたくない、と初めてその日思ったのであった。
× × ×
奏絵「ラジオネーム、『ノープランノーマネー』さんから」
稀莉「おたより、ありがとー」
奏絵「『前回トラウマの話をされていましたが、私のトラウマは学生の時、エッチな本がリビングに並べられていたことです』」
稀莉「ゲホッ」
奏絵「どうしたの稀莉ちゃん!? 急にむせて」
稀莉「だ、大丈夫、大丈夫だから」
奏絵「顔真っ赤だよ!」
稀莉「大丈夫!」
奏絵「本当かな。『急いでリビングから回収し、リュックに入れて捨てにいきました。確実に親にバレたのはわかるのですが、母は何も言ってこないのです。めっちゃ気まずくて、その日の晩御飯は全く食べれなかったです。お二人は、大人な本を並べた経験ありますか?』 って、ちょっとセクハラメールじゃない? ないない。あるわけないよねー、稀莉ちゃん」
稀莉「プルプル」
奏絵「え、もしかして……。並べられたことあるの? 稀莉ちゃんが?」
稀莉「……お疲れさまでした」
奏絵「ヘッドフォンを外して、ブースから出ていかないで~~~」
× × ×
奏絵「本当に出て行ってしまったので、この後は一人でお送りします。……そんなことある!?」
奏絵「ま、まぁ、思春期は繊細だからね。並べられるダメージはでかいよね。親としては気になってしまうかもだけど、興味を持たないのも持たないでちょっと心配になるから、優しく見守ってあげるのがいいのかなって。……どうやってオチをつけるの? 稀莉ちゃん帰ってきて~~~」
こうして今回のこれっきりラジオは稀莉ちゃん脱走回として、リスナーの間では伝説回となったのであった。
何年後からのイベントで、「こんなことあったね」と振り返りさせられ、トラウマになったのは言うまでもない。
ふつおたはいりません!【Web版】 結城十維 @yukiToy
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