エピローグ
緩やかなインストゥルメンタルが、流れるように空間を支配している。
ふと左手にはめた腕時計を見やると開始時刻はとうに過ぎている。
観客の期待と呼応するようにフロアのSEは大きくなり、フェードアウトするように小さくなり、やがて静寂に包まれる。
空調の音だけが微かに僕の耳を柔らかく掠めていく。
観客一人ひとりが息を飲むのがわかった。音ではなく、気配としか形容しようがない。そんな感覚。
舞台の袖から待ち侘びた彼が現れ、フロアが拍手で包まれる。
拍手は鳴り止まなかった。
あまりにも長い拍手に、これじゃあ始められないよと彼が苦笑しているように見えた。
【×××】のラストライブの終演のときも拍手は鳴り止まなかった。
あの拍手は、終らないで欲しい、この時間が止まって欲しいという悲痛な叫びだったように思う。
でも今は違う。
誰もが待ち望んでいた祝福にも似たような拍手だった。
今日という日を誰もが待ち望んでいたに違いない。
鳴り止まない拍手の中、彼はステージの前方に歩み出て、深々とお辞儀をした。
不器用で飾らない彼が戻ってきてくれたということが嬉しくて堪らなかった。変わらないということにこんなにも喜びを見出すことが果たしてあるだろうか。
人は変わるということをある種、善と捉えがちだけれど、変わらないということの正しさを体現してくれているように感じた。
やがて拍手は鳴り止んだ。
彼はステージ上にセッティングされているエレキギターを手に取る。
ステージの上方から彼を包み込むように光が降りてくる。男である僕でさえも美しいと感じてしまう。
胸の鼓動が早まるのを止めることができない。
彼が歌い出そうとするのが気配でわかった。
僕はそれに身構える。でも、次の瞬間、すぐに笑顔になっていた。いや、泣いているのかもしれない。感情という概念すらわからなくなってしまった。どちらでも良かったし、たぶんそんなことは重要ではない気がする。
彼はすうっと息を吸い、歌い始める。
空間いっぱいに祝福が満ちていく。
レインベル 鹿苑寺と慈照寺 @superflare58
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