アイスブルーにまた会おう

夢見アリス

第1話アイスブルーにまた会おう

 暑い。うだるような暑さ、という言葉があるがおそらくこの気温のことをいうのだろう。

 時刻は午後9時を回ろうとしているのにまだ外は暑いのか、と思わず僕は独り言を言ってしまう。外に出歩ける時間になったというのにまだまだ外は出歩くことを拒むらしい。

 それを考えると同い年の人たちはこれ以上の暑さの中、勉強したりスポーツしたりしているというのは、尊敬に値するかもしれない。


 時刻は23時を回った。明日は早い。今日はもう寝よう、と明かりを消しベッドに潜った。例え夏の暑さだろうと布団にかけないと寝られない質なのでクーラーを設定し、丸まって寝るのが習慣である。さて、明日は何の話をしようか。



 ピピピ、とスマホのアラームが鳴りアラームを切った。眠い、なんだこんな時間にまだ4時ではないか。思わずあくびが漏れてしまうほどに眠いが設定した意味を思い出しうつらうつら僕は着替えに入った。

 ゆったりと着替えを済ませ、僕は外に出た。

僕はこの時間が好きだった。朝とも夜ともつかないこの時間は世界は止まっているように感じられるからだ。僕はゆっくりと歩きながらこれから話すことを考えていた。


 目的の公園につくとまだ誰もいないようである。少し青みがかった空に朝焼けが射し込まんと、紫がにじんでいた。もうすぐ世界が目覚める。ベンチに座ると立ち止まったブランコや滑り台に妙な親近感を覚え、そのことにずいぶんノスタルジックな感情だなと一人笑ってしまった。


 「何一人で笑ってんの?」

 急に声を掛けられ僕は必要以上にビクっとしてしまった。

 「いや、そこまで驚くことないじゃん」と大声で笑われ、うるさい、と僕も答えた。改めておはよう、と言い合い、二人並んでベンチに座った。

 スポーツで日焼けした浅黒い肌の君と夜にだけ出歩く長袖の僕はひどく不似合いだったが、今だけは世界も同じだ。

 「それで、今日は何の話をするの。」とキラキラした目でこっちを見ていた。

 今日は何にしようか。先週は源氏物語だったな。あれは非常に良かった。かいつまんでところどころ話をしたが、くるくると変わる感情が当時の人たちもこんな風に読んでたのかな、と感心させられてしまうほどだったからだ。

 「そうだな、今日はアラビアンナイトの話でもしようか。」

 「アラビアンナイト?」と君は首をかしげた。

 「千夜一夜物語とか聞いたことない?シンドバッドが出てくる話なんだけど」

 「あ、シンドバッドは聞いたことある。」確か映画とかにもよく出てきたよねーと言っていたが、微妙に違う気がする。

 「まあ、今日はその中身を話すんじゃなくてその話をした人の物語を話そう。」

んん、と君は首をひねった。

 「まあ話を聞けばわかるかもね。今は話してしまうね。」と断りを入れ、何となく君もうなずいてくれた。

 「遠い昔のエジプトの王の話だ。その頃の王はひどく荒れていた。なぜなら好きだった奥さんが不貞、今でいう不倫みたいなものをしてしまったからだ。それに怒った王は奥さんを処刑しそれ以降女性不信になってしまった。」と僕はここで一息入れたとき、君は難しい顔をしていた。

 「それから王は毎晩処女の女性を連れ込んでは翌日処刑する、という行為を行うようになった。もちろん街は戦慄し側近も困り果てていた。そんなときシェヘラザードという女性が王のそばへ行くと名乗り出た。」おお、とさっきまで沈んでいた顔が急に輝いた。

 「シェヘラザードも何も策を持たないわけではなかった。彼女は妹を連れ毎晩王に話をした。それはめくるめく冒険譚で妹はそこで次の話が聞きたくなるような促し方をし王もそれに続いた。しかし彼女は話をすることはせず次の晩に、と言い話を切ってしまう。続きが気になる王は殺すことができず次の晩まで生かすことにした。」

一息を入れ、この女王様に話の続きをするとしよう。僕も殺されたくはないからね。

 「そこからは彼女の術中さ。明日はより楽しいでしょう、などと言い次の晩へ伸ばす。この命がけの策が功を奏し彼女は子供を身ごもった。王はそれに喜んでもう二度と殺さないことを誓い彼女と正式に結婚した、おしまい。」

 

 話し終えるころには朝焼けが差す午前5時を回っていた。

 「今日はもう帰るよ」と言い、僕はベンチから立った。ゆっくりと体を伸ばすと妙な達成感と太陽の光が眠気を誘う。

 「君は殺さないよ」とドキリとする言葉が聞こえた。

 後ろを振り向くと吸い込まれそうな純粋な瞳がこちらを見ていた。

 「君の話がなくなっても殺さないし、そのときは私が話をしてあげる。」と、僕の見たまま立ち上がり大きく伸びをした。ああ、やっぱり君は太陽が似合うね。

 公園の出口まで歩いてじゃあね、と手を振った。

 

 またね、とも次いつ会おうかとも言わない。また来週に会う、そんな言葉にならない約束が僕の生きるすべてだった。

 さあ、朝が来て昼が来る。僕の歩く世界になるにはまだ少しかかる。来週のアイスブルーの空の下でまた会おう。

 

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