初恋
柳
第1話
高橋律子先生。
僕は漢字でその人の名前が書ける。
律子先生に見せると「すごいね」とか「上手だね」と褒めてくれる。
嬉しくて、胸がどきどきしている。
僕は卒園式の時、律子先生に言ったんだ。
「僕と結婚してください」
って。律子先生は困ったような顔で
「そうね。じゃあこうしましょう。キミが20歳になったら結婚しましょうか」
と約束してくれた。
僕は嬉しくて友達やお父さんお母さんに報告した。
みんなおめでとうっと言ってくれた。
先は長いけど、僕は律子先生の旦那さんになるのだと信じて疑わなかった。
でも、月日が経つにつれ、みんなが口をそろえて言い始める。
「そんなの誤魔化すための言い訳だろ」
律子先生がそんなこと言うはずがない、と言い返したかったが、たぶんそうなのだと自分でも思うようになった。
それが情けなくて、幼稚園から足が遠ざかっていた。
それから色々なことが起こった。
好みの子から告白されたこともあった。でも僕は彼女の気持ちに応えられなかった。
今も律子先生が好きだから。この気持ちは誤魔化せなかった。
それから月日が経ち、僕は20の誕生日を迎えた。
髪を整え、着慣れないスーツを着て、バイトで買った30万円もするダイヤの指輪を持って幼稚園へと向かった。
外から園内を覗いてみると律子先生の姿を見つけた。
十数年の歳月がたっても律子先生は相変わらず美しかった。
園内に足を踏み入れ、律子先生の前へと立った。
「お久しぶりです。僕の事、覚えてますか?」
声を掛けると律子先生は僕の顔を見て言った。
「覚えているわよ。高橋君よね」
その言葉を聞いた瞬間、僕は間違っていなかったのだと確信した。
この人を好きになって良かったと。心から思った。
「律子先生。あの時の約束を果たしに来ました。どうか受け取ってくれませんか?」
僕は指輪を差し出し、頭を下げた。
断られることはわかっていた。それでも気持ちは届けたかった。
子供の戯言。一時の感情だと誰もが思う。待ってくれているはずがない。結論はもう出ていた。
ふっと、指先から指輪が抜けた。
「ずっと待ってたのよ。あなたが20になるのを」
驚いて顔を上げた。そこには優しく微笑む律子先生がいた。
「これからよろしくね。旦那様」
初恋 柳 @yanagi0404
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