人格整形。

桜牙

第1話

 この病院は表向きは普通の美容整形などを行う病院だ。

 ただ、普通とは違い公には出来ない手術も行われていた。

 ──その名の通り、自分の人格をいじって調整する手術だ。なぜ公にできないかというと倫理的な問題、失敗のリスクがあるなど、国に認められていない技術を用いているからだ。


 そんな公にはできない手術だが、時々の患者さんがやってくる。

 その内容は恋に臆病な自分を変えて素敵な恋人と結ばれたいとか、大きな舞台で緊張せずに実力を発揮できるようになりたいなど様々だった。

 今日もそんな病院に一人の悩める患者さんがやって来た。


 黒いキャップを目深に被り、ラフな格好の女性がドアベルを鳴らし入ってきた。

 女性が受付の方に歩いていくと、看護師が声をかけてきた。

「本日はどうなさいました?」

「あの、こちらで人格を変えてもらえるとお聞きしたのですが──」

「シー」

 受付の看護師が顔の前で人差し指を立てこちらの言葉を遮り制してきた。

「今回が初めですね?」

「はい」

「でしたら、こちらの用紙にご記入をお願いします」

 看護師は用紙が挟まれたバインダーとボールペンを手渡してきた。

「はい」

 それを受け取り近くにあるソファーに体を預けた。


 用紙に目を通してみると、そこにはよくある、自分の氏名、生年月日、性別、住所、電話番号を書く欄があった。その下には、自分の性格を知るためのいくつかのアンケートと、どのような人格に変えたいかを書く欄があった。用紙の内容を止まることなく書いていたが、どのような人格に変えたいかを書く欄でその手が少し止まる。迷いを追い出すように頭を振り、止まった手を再び動かした。


 全てを書き終えて、受付に用紙を渡しに行く。

「あのこれ、書き終わったんで持って来ました」

「ありかとうございます。あとでお呼びしますので、お掛けになってお待ちください」

「はい」

 再び近くのソファーに体を預け、時間を潰すために意味もなくテレビを観る。


 夕方のニュースを観ていると看護師から名前が呼ばれる。テレビの内容が少し気になったが、看護師の方へと歩いていく。


 看護師に奥の部屋へと案内された。そこはどこにでもある病院の診察室で、机の上にパソコンがあり、向かい合うように椅子が置かていた。そこに実年齢はどうか分からないが、見た目が若い白衣を着た青年が座っていた。

「どうぞお掛けください」

「はい」

「本日は人格を変えたいということですが、お間違えないでしょうか?」

「はい」

「保険が適応されませんし、失敗するリスクもありますがよろしいですか?」

「はい」

「手術を行うのに2時間ほど時間がかかります。後日改めて行うことも出来ますがいかがなさいますか?」

「はい、この後予定もないので大丈夫です」

「それではこちらの同意書にサインをお願いします」

「はい」

 同意書にサインをし相手に返した。

「たしかにいただきました。それでは手術を行いますのでこちらにどうぞ」

 さらに奥の部屋へと案内された。


 部屋の中は少し涼しかった。白衣の男により電気がつけられる。部屋が明るくなり、まず目に飛び込んできたのは見たことのない大きな機械とそこから複数の配線が伸びヘルメットの形をした機械。その機械の前には歯医者や散髪屋で使われるような背もたれを動かせる椅子があった。


「手荷物はこちらに置き。お掛けください」

「はい」

「次にこちらを被ってください」

 ヘルメット型の機械を手渡された。

「これでいいですか?」

ヘルメットをかぶり尋ねる。

「大丈夫ですよ。重たかったりはしませんか?」

「大丈夫です」

「それでは椅子を倒しますので、楽な姿勢になって下さい。こちらのマスクは麻酔を吸入するマスクになっています」

楽な姿勢になりマスクをつける。

「それでは麻酔をかけていきますね。麻酔が効いてきたらすぐ意識──」

 説明の途中で意識が遠のいた。


 

 小鳥のさえずる声がして目が醒める。ほんとにさえずってるわけではなくCDか何かで流してる音だった。

「手術は終わりました。お加減はどうですか?」

受付とは違う看護師がそこにいて尋ねてくる。

「ええ、いい気分よ」

「手術は成功したみたいですね。ご帰宅の準備が出来ましたら受付へお願いします」

「ええ、分かったわ」

「それでは受付でお待ちしております。失礼します」

 看護師が部屋を出て行った。


 どこも変わったところがないよね。自分の体を見回し思った。

 それもそうか変わったのは外見ではなく中身なんだから見た目は変わらないかと思い直した。


 近くに置いたカバンを持ち受付へと移動した。思ったよりも費用がかかったが精算を済まし病院を後にした。


 帰宅途中ふと気になり横を向いた。

 そこにはコンビニのガラスに自分の姿が映っていた。

 やっぱり、いつもと変わらないよね。ガラスに映る自分に話しかけるように心の中で呟いた。

 しばらく自分の姿を見ているとコンビニの店員が不思議そうな顔でこちらを見ていたので怪しまれるといけないとその場を離れることにした。


 数分後、自宅に着く。

 いつも通り部屋に着いたら、洗面所に向かい手を洗い、うがいをして顔を洗った。目の前の鏡を見る。

 やっぱり、いつもと同じだよね。と自分の顔を触りながら心の中で呟いた。だが、どこか違和感を感じていた。

 鏡に手をやり少し自分の顔を見つめる。

 顔を俯かせ無意識に手を胸に当てていた。

「これでやっと──」

 今度は心の中ではなく自分にだけ聞こえるような小さな声で呟いた。


 数週間後。病院の休憩室で看護師達が楽しく談笑していた。

 そこには誰も見てないであろうテレビがついていた。


「──容疑者が殺人の疑いで逮捕されました。くりかえします──」

 数週間前に手術を受けに来た女性が殺人事件の犯人として逮捕されたとニュースが流れていた。

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