36人格の生徒と、1人格の新任教師

ちびまるフォイ

1人 vs 1/36

新任教師・田中一郎は初めてのクラス担任に緊張していた。


「はぁ、この中に夢と希望溢れる生徒がいるのか」


教室の前で深呼吸した後、準備していた自己紹介のセリフを小声で暗礁。

意を決し教室に入ると、部屋には1人しかいなかった。


「……え? この学校って限界集落とかの学校だっけ?」


「先生ふざけないでください。ホームルームをお願いします」


「あ、ああ、そうだよな」


出席簿には36人分の名前が書かれていたのに生徒は1人。

ボイコットどころか机すら用意されていなかった。


「小豆こさめ」

「はい」


「飯島まさゆき」

「はい」


「おいふざけないでくれ。今返事したばかりじゃないか。

 君がすべて返事したら出席取れないだろう」


「なんだとォ? てめぇ、オレに何か文句あるってのか!?」


「えええ!?」


胸倉をつかまれて顔が近づいたとき、もう教室で最初に見た時の面影はなかった。

職員室に逃げ帰ると「やっぱりな」の顔の校長がいた。


「な、なんですかあの生徒さんは!?」


「あの生徒は36人格なんだよ。全部性別も性格もバラバラ。

 ま、36人の生徒を指導するよりも、1人のほうが管理楽だろう?」


「1人を攻略する難易度が高すぎますって!」


「36人格もあるからテストの結果もまちまちでね。

 新人のフレッシュな力で、こう新風を巻き起こす的な感じで成績をあげてくれ」


「むちゃくちゃな!」


とはいえ、教師と生徒の間柄である以上、指導しないわけにはいかない。

まじめに授業を行っているが、36人格は本物で授業態度はバラバラだった。


「せんせー、わかりません~~」


「わかりませんってお前……、今さっき書いたところだろ?」


「わたしきいてないもん」


人格は前触れもなく切り替わるので、教えても別人格になればリセットされる。

36回も同じ部分を説明する必要がある。過労死待ったなし。


「あ、あのさ……1つの人格に勉強を教えるから

 他の人格にも伝言ゲームみたいに伝えることってできないの?」


「物理的に不可能だと思考します。

 僕の中にいる36人格のうち1人格が表層している時には、残り35人格は眠っています。

 相互に連絡を取る手段は外的な物を経由するよりほかにありません」


「自分のノートを見ればわかるとかは?」


「お前さん、自分が書いたものならすべて理解できると思っとるのかい?

 だったら六法全書を手書きでコピーしたら誰でも弁護士じゃ」


「そんな……」


それでも、やる気と性欲だけは人一倍ある男・田中一郎はあきらめない。


生徒の36人格をすべて記録し、それぞれの性格や思考パターンを把握したうえで

それぞれの人格に合ったカリキュラムで授業を行った。


しかし、それには大きな問題点があることに気づかなかった。


数日後、学内で行われた学力テストの結果、

熱心な指導のかいもなく生徒の成績は底辺に胴体着陸するかのごとき点数だった。


「やっぱりか……時間なさすぎだよ……」


1回で教えて先に進むところを、36回繰り返して進む。

2歩進んで1歩下がるとかそういうレベルじゃないほどの牛歩教育。


とても時間内にテスト範囲すべてを教えることなどできなかった。


「ダメだ……もっと時間を効率的に使えなければ。

 生徒の人格とスリーサイズをより深く理解して、質の高い授業をしなくては!!」


先生は生徒の実家へとやってきた。

生徒を深く理解することで教え方の参考にするために。


生徒の実家ではガラのわるい父親が手荒い歓迎をした。


「んだとコラァ? うちの子が小さいときにどんなだったか知りたい!?

 先公に教えることはねぇよ!!!」


「ひぇぇ」


この父親のせいで36人格になったんではないか。

そう思えるほどの荒っぽい父親だったが、なぜかそこまで緊張しなかった。


「あの、以前どこかで会いませんでしたか?」


「さてはてめぇ、俺を覚せい剤所持で通報した奴だな!! やっと見つけたぞコラァ!!」


「ちがいますちがいますっ!」


胸倉掴まれたときに、謎がすべてとけた。

以前に教室で生徒から胸倉つかまれたときと完全に一致していた。


「そうか、わかったぞ。あの36人格はすべて、自分が見てきた人を再構成していたんだ」


実家の近くをくまなく探索すると、人懐っこい小さな子供や

わざと難しい言葉を使うインテリかぶれ。耳の遠い毒舌おじいちゃん。などなど。


36回もの授業を受けていた人格の元ネタとなる人物がいた。

性格はもちろん、元人物の記憶まで生徒には転写されていた。


生徒の人格によって成績に大きな差が出ていたのも、

各人格ごとに入っている記憶や理解力が違ったからだったのだろう。


「これは……使えるかも知れない……!!」


先生は時間を節約しつつ、成果を出すべく新しい授業を思いついた。

そのために、実家ではどうやって36人格が生まれたのかをくまなく調査した。


「先生、授業しないんですか?」


学校に戻ってからは教科書を持っていないことを生徒は不思議がっていた。

だがこれでいい。


「大丈夫。これから君には37番目の人格を作ってもらう」


 ・

 ・

 ・


その後、行われた学力テストにて生徒は自己採点満点を取った。


先生は作戦通りだと、ドヤ顔で職員室にパラソル立てて夏を満喫していた。


「田中君、いやぁ驚いたよ。君はすごいね、こんなこと誰もしなかったよ」


「校長先生。うちのテスト見てくださいました?」


「ああ見たとも。すべての解答が正解だったね」


「でしょう。これが私の教育力です。ボーナスははずんでくださいね」


誰にも生徒に37番目の人格を追加し、先生自身の知識を転写したことは言っていない。

外からは今誰の人格になっているかなんてわかりようがないのだから。

まさに完全犯罪。


「ボーナスね、それはできないな」


「はぁ!? なんでですか!?

 今までどの教師もさじを投げたほどの超難関生徒を

 こんなにも成績を押し上げたのに!」


「いやほんと……君のふてぶてしさには恐れ入るよ……これを見たまえ」


校長は生徒が解いた満点の答案用紙を見せた。

答案用紙の最初の欄には、生徒の筆跡で名前が書かれていた。




『名前:田中一郎  100点』




「そりゃ君がテストすればいい点とれるさ……。

 こんな大胆不敵なこと、今まで誰もやらなかったよ……」

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