片恋

白地トオル

最後の五分間


 「嫌いは好きの裏返し」


 宏和さん、覚えていますか。当時学校で流行っていたドラマのセリフを真似まねて、あなたがよく私に言ってくれた言葉です。


 今だから言えることです―――、私はあなたが嫌いでした。大嫌いでした。頭が良くて、運動が得意で、お父さん譲りの精悍せいかんな顔立ちをしていたあなたは、学校中の生徒の憧れでした。男子はあなたを慕い、女子はあなたに黄色い声援を送りました。誰もあなたのことを悪く言う人はいなかった。


 だから、だから私はささやかな反骨心を抱くようになりました。皆が「好き」だというものを、「嫌い」だと言ってみたかったんです。若さゆえの過ちと言ってしまえば、そうかもしれません。それでも私だけはあなたを「嫌い」と言ってみたかったんです。


 来る日も明くる日も、私はあなたに意地悪を言いました。とにかくあなたの尊厳をめちゃくちゃにしたかったんです。皆に持てはやされて鼻を高くするあなたに対し、その鼻を折るようなことを言いました。誰かが「頭がよくて素敵」と言えば、「頭でっかちのガリ勉」と言いました。「運動神経が良くて羨ましい」と言えば、「わんぱく小僧みたいだ」と言いました。


 あなたはそんな私に言い続けました。


 「嫌いは好きの裏返しだろ?」


 私は悔しくて仕返しのように悪態をつきました。お互い譲れないものがあったんだと思います。顔を突き合せれば毎日のように言い合いをしました。まるで子供の喧嘩みたいに、感情をむき出しにしてぶつかり合いました。


 でも結局最後はあなたのその言葉に、すべてが馬鹿らしく思えてくるんです。私の悪口が、あなたへの愛情表現のように聞こえてきて嫌気が差しました。


 小学生、中学生、高校生、大学、社会人……、いつになっても私たちの関係は変わりませんでした。いがみ合って、口喧嘩をして、「嫌い」と言い続けました。


 そんなあなたが一年前のある日、私に話があると言いました。


 結婚を前提にお付き合いしている女性がいる。近々籍を入れる予定だ、と。私は驚きました。いつまでも子供だと思っていた宏和さんが、一人の大人になろうとしていることに。その真剣な眼差しは今でも忘れることができません。男としての覚悟が現れていました。


 彼女を本当に愛していると惚気のろけたので、私はいつものように意地悪を言いました。嫌いが好きの裏返しなら、好きの裏返しは嫌いなんじゃないか、と。私はあなたをからかうつもりでそう言いました。


 あなたはいつものようにヘラヘラと笑うことなく、真剣な顔で言いました。


 「真っ直ぐな愛に表も裏もないだろ」


 そこに私の知る宏和さんはいませんでした。心の底から彼女を愛する一人の男がいたのです。

 

 そんな彼が愛してやまない彼女こそが、由紀さん、あなたです。


 最後になりますが、ご結婚おめでとうございます。末永く、お幸せに。


 これをもちましてお二人へのお祝いの言葉とさせていただきます。

 ご清聴ありがとうございました。


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片恋 白地トオル @corn-flakes

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