眠る街で

@muuko

とりま夏だし休みだし。

「これは壮大なる人体実験なのよ」

 窓際で本棚を背もたれに三角座りしてた足が疲れて向かいの本棚に乗せる。蝉の声って、意外と大きい。

「渚、はしたない」

 横で転がる蓮が笑う。人の部屋の真ん中に寝転んで本を読む蓮は私の部屋の乱雑な本棚の中から的確にマンガだけを探り当てる特技を持っている。

「人体実験?」と蓮。

「突然大人も子供もみんな眠っちゃったんだよ、今日。起きてるの私達高校生だけっておかしいじゃん」

「まぁね」

「きっと大人はダメだったんだよ。だから、実験対象を私達に絞ったの」

「ダメ? 何が?」

「うーん。働きすぎ?」

「渚、それはない。俺にもわかる」

 蓮と目が合って笑う。学習机の椅子に座っていたリョウがこちらを振り向いて言う。

「知り過ぎたとか。この世界の根幹を揺るがすようなこと」

「渚の言う通りこの世界が実験の場だったとしたら。被験者は知らなくていい事を知ってしまったんだよ。

 オレ達が生きるのに必要な知識ってそう多くないと思うんだよね。作物の育て方とか、住処の見つけ方とか、恋の苦しみとか、セックスが気持ち良いとか。そんなんで実は十分生きて行けて。宇宙のその先に何があるかなんて、ぶっちゃけ知らなくてもいいだろ。だけど、知識に貪欲な人間が長い時間をかけて、少しずつ事実を解明して知識を蓄えて、ついに知ってしまった。実験者には都合が悪い事を。そして今、人間の文明が終わろうとしてる」

「ふぅん?」

 蓮が首をかしげる。

 私はノートにみんなの似顔絵とプロフィールを書き残している。親、先生、クラスメイト、いつもいるコンビニのバイトの人、私が知る限りのみんな。

 今、私達が恐竜みたいに絶滅しても、私達がここにいたことをずっと未来に書き残す。

「ならさ、出かけようよ」

 蓮が体を起こす。私の手が止まる。

「なんでよ? 今非常事態なのよ? テレビもラジオもやってないし、警察も何もかも、みんな眠って機能していないのに」


 終業式の今日、登校したら先生達が全員職員室で眠っていた。机に突っ伏していたり、床に倒れるようにしていたり。結構な騒ぎになったけど、誰が言い出したか「仕方ないからとりま帰ろうぜ」って話になって、めいめいに下校した。滞在時間1時間。短い終業式だった。やってないけど。家に着いたら、お母さんもキッチンで横になってて動かない。焦って110番しても誰も出なくて、蓮とリョウが来るまで私はちょっと泣いた。


「だって、もしかしたらこれが最後じゃん、夏。ならお前らと遊びたい。いくだろ。とりま夏だし休みだし」

 はい、と蓮が飲みかけのキリンレモンを私に差し出す。ペットボトルを握ると水滴で濡れていて、でもまだ冷たい。いいねぇ、とリョウが蓮に賛成する。2人、肩を組んで私に近づいてくる。

「うーみ」

「花火」

「うーみ」

「花火」

「「ね!」」

 まぁいっか。とりま夏だし休みだしね。

 飲みかけのキリンレモンをリュックに入れて、私達は夏空の下出かけた。

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