「漠北雙妃伝――蕃と和するの公主」あとがき&解説

https://kakuyomu.jp/my/works/16816700428792631477


上掲作にあとがきとして付記するとオトナノジジョー的アレになるので、こちらであとがき&解説をさせて頂きます。当作は「いいかげんヘテロ恋愛のお話も書きたい! お題くれ!」とか謎のムチャブリをしたときにしゃしゃ(丹羽夏子)様より頂戴した「和蕃公主」をテーマとしております。


まー和蕃公主って言葉自体は本来唐代の人たちを指すんですけどね? ただ、このお話の舞台になった前漢黎明期というのは、まさにその先駆けだったのではないか、と考えるのです。


作品の元ネタとなっているのは、漢書匈奴伝のこの二箇所の記述。


冒頓常往來侵盜代地。於是高祖患之,乃使劉敬奉宗室女翁主為單于閼氏,歲奉匈奴絮繒酒食物各有數,約為兄弟以和親,冒頓乃少止。

冒頓単于がしばしば漢の領地を侵略し、略奪を働いていた。劉邦はそれを問題視し、宗族の劉敬の娘を単于に妃としてめあわせ、併せて酒や食べ物、衣類などを持たせて匈奴と和親条約を結んだ。匈奴の略奪は少し減った。


冒頓死,子稽粥立,號曰老上單于。老上稽粥單于初立,文帝復遣宗人女翁主為單于閼氏,使宦者燕人中行說傅翁主。

冒頓単于が死に、老上単于(名前は稽粥)が立った。文帝もやはり宗族の娘を単于の妃とするために差し出し、中行說をそのお付きとした。


と言うわけで、漢書を引く限り「公主」、つまり皇帝の娘をめあわせたわけではありません。じゃあ何故あえて皇帝の娘と言うことにしたか? そりゃあなた、泣きじゃくる姪をある意味優しく、ある意味厳しく慰める伯母という図式に萌えたからに他ならんからです!


うそです五胡十六国時代の劉淵が「予もまた漢帝の子孫」とか言い出してたのを真に受けました。まさかなぁ……。


サブテーマとしては「他者の慣習は尊重すべし。ただし隷属してはならず、隷属させてもならない」。今はやりの多様性ってやつですね。


古代中国において、というか現代でもそうですが、作中に出した「寡婦を子や弟が引き受ける風習」、いわゆるレヴィレート婚は、過去は唾棄すべきものとして、現在は甚だしい人権侵害として、指弾にあっています。実際のところ、当人同士の合意が成立しないのであればね。そりゃ問題外ってもんでしょう。


ただ、一つ考えなきゃいけないのは。


当時の人達が伝統的に守ってきた風習って、何のためにあるのか? それは「種としての存続」だったと思うのです。言い換えれば、生存最適化のための行動であった、と。生き延びるための行動です、外部から何のかのと言われたところで知ったこっちゃねーわ、という感じだったと思うのです。


実際、漢書匈奴伝に目を通すと、匈奴の風習について、漢から匈奴に帰順した人物がとうとうと理由を述べ、理解を求めています。


もちろん、当時の人はだれも理解しなかったでしょうけどね。それもまた、現実。


けれども、いま遠近様々な「異なる人」と接さざるを得ない我々が、たった今から隣人が異なっている理由を探し求めることはできる。隣人との違いに隷従せず、隣人を隷従させず、ただ尊重する。お互いにそうあれればと願い、この話を書きました。



○用語について


劉寧子

元々は「劉窈女」であったところを匈奴降嫁に当たりやすこに改名された、と言う設定でした。劉邦の長女であったため「詩経関雎に歌われるが如き素晴らしい妻たるように」と名付けられたのだけれど、「命令、子の方向(つまり、北)を寧んじろ」と新たな名を与えられたのです。が、そういう所はさすがに本編から逸れすぎるのでカットしました。


フンナ

王力上古音で匈奴はxioŋ-na。そして現代モンゴル語で人間を意味する言葉がхүний (Khünii)。それぞれエセカタカナだとヒョンナ、フンニー。このへんを魔合体させて「フンナ」としました。この音自体は実は月刊少年マガジンでやってる龍狼伝で知って、「おぉ、確かに匈奴なんて当て字はどう考えても漢人側からの悪意の押しつけ甚だしいものな!」と感動したものです。彼らにとっての、いわば「我々」を表す言葉にここまで凶悪な字を当て込んでくる漢人たちの悪意最悪ですね!(満面の笑顔) ってやりたかったので。一応言っておきますが学説じゃないので鵜呑みにしちゃだめですよ?


大いなるバータル・大いなるルジャンク

それぞれ冒頓単于、老上単于ですが、冒頓が「バータル」、すなわち現代モンゴル語にまで通用している「勇者」であるところから引っ張り、老上でも同じような比定を……しきれませんでした。なので王力系統上古音「lu-ʑǐaŋ」をエセカタカナに落としたのがルジャンク。

「大いなる」語は、漢書や史記にある

撐犁孤塗單于:匈奴謂天為「撐犁」,謂子為「孤塗」, 單于者,廣大之貌也。

の翻案です。Wikipediaを引けば撐犂=tengri、トルコ系言語の「天」、孤塗=guto、ツングース語の「子」、そして単于=delgüüがモンゴル語の、「拡大する」に当たると推測されており、となると「天の子、偉大なり」がその訳語に当たるのかな、と感じました。故に匈奴が王を「大いなる」という冠詞をつけて呼んだ、と捏造し、作中で採用。だってかっこいいじゃん!(断言)


メドレグ

この人は史書に存在が乗っていません。と言うか要はレヴィレートをかますんなら老上の前に死んだ兄がいないと成立しないよね、という感じの子です。そして史書に存在していないのをいいことに堂々と現代モンゴル語「知識」мэдлэг(

medleg)から引っ張ってきた次第。


螽斯

https://kakuyomu.jp/works/1177354054918856069/episodes/1177354054919031786

この作品書いたとき「詩経」講座でちょうど螽斯のあたりを通り過ぎたばっかりだったんですよね。厨二なので覚えたての言葉はすぐ使いたくなるんです。


キェツィウ

老上単于のあざなとして残っている「稽粥」の王力上古音「kiei-ȶǐuk」をエセカタカナに落としたやつです。っつーか上古音の発音記号読めねえ。調べろって話ですね、はい。


閟宮

https://kakuyomu.jp/works/1177354054918856069/episodes/16816700427528551955

「老人を大事にしろって言ってる詩があったよな」と思って探して、たどり着いた詩。厨二なので覚えたての言葉ry まぁあんま詩経詩経言い出すと鬱陶しくなるんで先の「劉窈女」ネタを削ったって背景もあったりします。




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