「漠北雙妃伝」あとがき2 中行說さんすき

今回「漠北雙妃伝」を書き上げたあと、改めて漢書かんじょ匈奴きょうど伝を眺めたら、あとがきで紹介した箇所の後ろで中行說ちゅうこうえつという人物が、今回のテーマとしたような内容を滔々と語っていました。まぁ基本的に被ってるので作品への反映もくそもないんですが、あまりにもこの人物が面白かったので紹介します。


どういう出自かはよくわかりません。えん出身、つまりかんと匈奴の間みたいなところの生まれです。文帝が老上単于ろうじょうぜんうの妃に、と派遣した女性の付き人としたそうです。なお本人は嫌がっていたのに、強制。なので「覚えてろよ、匈奴使っててめーらボコボコにしてやる」と決意、匈奴に帰属しました。いきなりアツい展開!


漢から匈奴には、食べ物や着るものが多く貢がれました。老上単于、これらの珍しさに大喜び。愛用します。するとそれを諌めたのが誰あろう、中行說。彼は言います。


「いや漢の衣類着るのは構いませんけど、ぶっちゃけ漢のヌルいライフスタイル向けですよ? そういうのに頼るようになったら牙抜かれますからね? そしたら漢が匈奴丸め込むのもあっという間ですよ」


きキュル・テギン碑文ひぶんンー!

(犬單于 𐰃𐱃 𐰖𐰉𐰍𐰆様「突厥碑文抄訳(稿)」)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883812863/episodes/1177354054883834957


中行說としては漢シンパになられたら困る、みたいなきっかけとは思いますが、その考え方はのちに突厥とっけつ王がとうの手管に対して警鐘を鳴らしたこと、そのまんまです。つまりこの諌言は、まこと匈奴のためになるもの、と言えるでしょう。じっさい中行說、めっちゃ老上単于から信頼されてたくさいんですよね。


さて中行說、漢人ですから漢から来る使節の対応も担当します。そんな中、漢の使節が、匈奴をあざけって言う。


「老人を卑しむとかあり得んわーw」


これにブチ切れる中行說さん。


「は? 漢人だって出征する若者に老人はうまい食い物送るだろうが。匈奴は常在戦場みてーなもんだ、なら戦えねー老人が若者に食いもん譲んのは当然だろ、守ってもらってんだし。むしろそうやって親を守ってんのに、なんでそれで老人を軽んじることになんだ?」


また別の人はこんなことも。


「親子が同じ空間で寝るとか、レヴィレート婚とかマジ野蛮。服装も雑だし。全くもって礼がなってねー」


ぁあん?

ゴングが鳴ります。


「匈奴の生活パターンわかってんのか? 家畜の肉を食う、その乳を飲む、その毛皮を着る。

その家畜に水と草を与えるため、常に移動して回る。こういう暮らしには急場がつきものだから、誰もが騎射を学ぶ。だが平和なときには、皆朗らかだ。

ルールの運用は簡潔、すぐ実行される。君主と臣下の間柄もシンプルだし、国の政が、文字通りの一体だ。

レヴィレート? そもそもひとがポコスカ死ぬんだ、漢人みたいなことやってたら簡単に跡継ぎが絶えちまう。それに、一度混乱したところで、トップに据えるのは結局一番尊いやつだ。漢のほうじゃ父や兄の妻を娶らない、確かにな! けどそんなとこを守ってても、結局親族同士で殺し合いし、終いにゃ皇帝の血筋だってすげ替えてんじゃねえか。

つーか礼だ道義だのせいで却って君臣が憎み合うわ、建物の豪華さを競い合うわで、民の活力はダダ下がり。衣食を農業だ養蚕だに頼り、ぎっちり城壁を構えるせいで、民もいざというときには戦力にならず、暇なときにゃぐーたらしてばかりの有様じゃねえか。

なぁ、泥屋敷に引きこもるお前らよ。もう喋んなよ、礼に則ったその冠とやらにゃ、なんのご利益もねえだろうが!」


殴ることに全力。中行說さん。

それ以降も、漢からの使者が何かを言ってきたら、そいつを遮ってぶん殴ってくるのです。


「うるせえ黙れ。黙って貢ぎに来い。貢ぎもんの内容がクソだったら略奪再開すっから。以上」


中行說の場合、漢憎しの思いが募って匈奴側に回った、みたいな経緯も、確かにあります。けど、そこの発言が訴えるのは「なんで漢の基準でこっちの行動評価されなきゃいけねーんだアホか」に尽きます。いやまぁ最終的に漢書は中行說を「まさに漢の災いとなった」って言い出してますし、相互の尊重なんてもんからはかけ離れてますけどね。


こういうところから、無条件で相手を踏みにじると殺し合いしか起こらない、みたいな教訓は出てこなかったのかなあ。まあ匈奴は「殺さなきゃ殺される」世界に生きてるし、歩み寄りなんか難しかったとも思いますけど。


ともあれ、中行說という人を漠北雙妃伝作成に当たって知ることができたのは、得難い収穫でした。





 

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