誰ぞがための戦いか 解説

「戦争とかマジでクソ」。そいつが着想の柱です。そこを考えた結果五胡十六国時代における最も不毛な戦争、即ち慕容垂vs慕容永に目が向きました。戦争なんざどれも不毛ですが。


馮安に出会ったのはどういう経緯だったかな。世代的に馮跋の親世代とか燕に絡んでそうじゃない? みたいな予断からだったと思います。そしたらものの見事に「慕容永の配下となっていた」と書かれていて、まじかよ! となりました。これで勝つる。


というのも、慕容永はどう頑張っても悪役なんですよ。つまり、ざまぁを喰らう側。なのでメインに据えなきゃいけないにせよ、「ざまぁさせる人間」は、別に用意しないといけなくて。で、馮安。何もかもがこの物語の主人公向きでした。晋書、魏書それぞれに馮安の記述はありますが、より情報量の多い晋書の内容をここに紹介します。


(馮跋)父安,雄武有器量,慕容永時為將軍。永滅,跋東徙和龍,家于長穀。


この記述から感じられるのは、慕容永配下として活躍しながら、「数而戮之」の対象外となった、ということ。いやもちろん可能性としてはただの木っ端将だったかも知れないわけですが、一方で「特別に温情をかけられていたかもしれない」とも感じられる記述なのですよね。なにせ結局のところ馮跋が後燕政権で慕容宝からも割と重んじられていたっぽいのが見えるので。あるていど一門として後燕政権より支持を得ていた、と考えるのが妥当でしょう。


まさか、この話を書くにあたって、こうも適切な存在に巡り会うなんて、と打ち震えたものです。



内容は、だいたい魏書慕容永伝

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894645693/episodes/1177354054894687484


の事績通りですが、そこに載る人間関係については極力シンプルにしました。やりたいのは歴史じゃなくて物語ですからね。それでも慕容沖と慕容忠についてはどうしようもなくてさ……慕容永と王永については「どうせ死のタイミング誤差の範囲内だし」と、主君の苻丕を据えてしまうことで解決させましたが。ただここ、すっげえ葛藤しました。というのも、史実からのズレが許容範囲外。ある程度ズレが出るのは仕方ないにせよ。


なぜあまりズラしたくなかったって、北魏がなぜ「魏」を名乗ったか、の仮説的にも存在してほしかったから、なのですよね。そこを主張したいなら、変に講談に走りすぎるわけにもいかない。


いや、資治通鑑とか読んでると、慕容永って割と拓跋珪とズブズブだったっぽいんですよ。ただ拓跋珪からはいつでも使い捨てが利くコマ、的に見られていたくさいですが。なにせちらほら国交を結んだ、的な記述があるのに、いざ慕容永が慕容垂に攻め立てられたときには「シカトしました」くらいのことが書かれています。


で、魏、ですよ。


拓跋珪が、いわゆる殷周以来の中華国家観をどこまで尊んでたかって聞かれれば、「ハハッ冗談は顔だけにしてくれよwww」くらいのことは言いかねません。そんな人にとっての中原国号選定なんて、どれだけ重い意味があったんでしょうか。正直「あー慕容永が臣属して魏の領土を献上したいとか言ってんの? 心底どうでもえーわ、けどここでそいつを大々的に受け取ったとアピールすりゃ、あのバカ、慕容垂と削り合ってくれんだろな……よっしゃ、どうせだし乗っかったろ!」みたいな、クッソ軽い動機だったんじゃないか、って思うんですよね。


ただ、一回でも名乗ったんなら、そいつは実績。そしたらあとは、崔宏さんを始めとした牽強付会の達人たちの腕の見せ所です。「劉邦の覇業の始まりが漢だった」ってところから魏を「覇業の始まりの地」と規定し(この時点でドチャクソ無理がある設定)、更には魏の国号をどう正当化するかにあたっては、直近の魏国との関係性を精算せねばなりません。


つまり、曹魏。


では曹魏と関係が深かったのは?

拓跋力微!


ちな、その後の晋との関係は?

最悪!


これは勝つる。


というわけで拓跋力微が曹魏より天命を授かり、「曹魏と同じ天命を授かったものとして」君臨したことにしましょう、となった。そう感じます。そして、これらの根源はどこに出てくるの? と聞かれたら、「拓跋珪が誰かから魏王即位をそそのかされて、しかもそれに迂闊に乗った」履歴がなきゃありえんでしょ、と。


そして385年前後で拓跋珪に魏王即位をそそのかせる人間なんてその辺りのタイミングで魏のエリアを実効支配してる人間しかおらんでしょ、となったのです。


こういうアレをキメるためには、ある程度物語が史実に沿ってなきゃ無理じゃないですか。だから守りたかったんですが、無理でした。ただやらかして思うのは、物語としての因果関係はスッキリするんですよね。ならこの史実違反は正解だったんでしょう。



ところでこのお話、タイトルにもある「誰ぞがための戦いか!」を言わせたいがための構成となっております。これをロシア軍に強制的に組み込まれた戦士たちに言ってもらいたい、そういう願いからです。


ただ、悲しいかな、作中からは浮いています。


物語を、この言葉のために進めたかった。

けどこの物語と長く接し続けると、自分の心そのものが危うい。


以上のことから、物語の展開はやっべぇーくらいに圧縮しています。もろもろ反則なんじゃねーのって思うくらいです。けど、ここについては反省しません。俺が健全に日々を過ごすのが第一。


だから、作品に割りを食ってもらっています。めっちゃ駆け足だし、物語で描くべきこともト書きで片付けたりしてます。そうしましよう、それがいいよ。自分のための最良だ。


ただ、その最良が、残念ながら「一番語りたいセリフ」を物語に置くにあたっての致命的阻害要素となりました。


「作家でごはん」というサイトにこの作品を投下したとき、「アン・カルネ」様より以下の感想を頂戴しています。


「双眼鏡を通して描かれた世界を見た」


ものすごい的確な表現を頂いてしまった! と驚いたものです。極限まで物語を圧縮したいと思って書けば、自分自身「双眼鏡から、自作を見る」愚を犯さずにおれません。そのため、作中に自分が最も配したいと思っていたはずの言葉に、心底乗ることが出來なかった。本来なら、もっと丹念に人物の心の襞を掘り出した上で書くべきセリフであったはずなのに。


現行のスタイルは、「届く」ひとを極限まで狭めています。それはわざとやっています。ただ結果として、自分自身も双眼鏡づてに自作を見てしまっています。


そういう形でこの物語を生み出そう、と決意して、書いて、公開しました。そしていま、満を持して次の物語のために思考を巡らせています。けれど、この作品を書き、公開するに当たって、最善を尽くしたと思っていてなお、もっとやれることがあったのではないか、とも思ってしまいます。


はぁー、人間は愚か。具体的には、俺は愚か。そこを重にわきまえ、踊るアホウであることを貫きたいものです。

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