エピローグなのかプロローグなのか

「だからな爺さん。このどスケベチャンネルっていうのに登録すると、このサイトで見れるエロ動画が、基本的に全部見れるんだよ。お得だろう」


「いやワシ、アニメとか、若めの奴とか、素人物は見んからのう。熟れ熟れの熟熟の、熟女専門じゃからのう」


「かぁーっ!! 損得の計算もできねえのかよ!! 熟女系チャンネル全部登録しても安くなるんだ、大人しくこっちのチャンネル登録しとけよ!!」


「あと、ワシ、魔法パソコンあんまり得意じゃないから。そんなに使い倒せるかどうか。勇者よ……テクニカルサポート頼めりゅ?」


「頼めりゅじゃねえよ? なんでそこでぶりっこした!! エロは革新力の源だろうがよ!! それを忘れちまったら、お前――男としておしまいだぜ爺さんよぉ!!」


 きびしい。


 勇者がワシに手厳しい。

 なーんでエロ動画一つ見れるようになるために、ここまでいろいろと言われなくちゃならないんじゃろう。


 最初は、おう、教えてやるよと、気風のいいこと言っておったのに、なんやかんややっとるうちにこの調子じゃ。そんな怒らんでもええじゃろ。

 こいつ本当に、人に教える能力というか、敬う姿勢というか、そういうのが欠如しておるのう。アカン奴じゃ。


「お主に魔法パソコン教えてもらうとか言うんじゃなかった」


「俺も爺さんに魔法パソコン教えるとか言うんじゃなかったよ」


「ふんじゃ!!」


「ふん!!」


「魔王さま、勇者さま、お茶が入りましたよ」


 慌てて、ワシは魔法パソコンの電源を切った。

 更に、勇者が、素早く悪魔神官の前に立ちふさがり視界を封じた。


 早業じゃった。

 見事な連係プレイじゃった。


 もう少しで――魔王軍の予算で買ったチョイ高めの魔法パソコンで、エロ動画サイト見ているというのがばれてしまうところじゃった。そうなったら、悪魔神官に、小一時間ほど説教されるのが瞼の裏に浮かんだ。


 流石勇者じゃ、頼りになるのう。

 分かっておるのう。


「魔王さまが魔法パソコンのお勉強なんて、魔王軍もIT化ですね」


「まぁのう。ワシがこう、びゅっばばーんと先陣を切って、ワールドワイドネットワークに飛び込んで、電脳世界をハックしてやることで、情報戦から何からまで、掌握してやるそんな感じなのじゃよ」


「まぁ、現代で軍隊やるなら、魔法ネットワーク理論は必須だからな。爺さんも、軍団の長として、使えなくちゃいけないってもんさ」


「サマルトリアのこともありますし。これから忙しくなりますからね」


 まぁのう。


 あーの、私利私欲をむさぼる、駄王どもを生かしておいたのがそもそも間違いじゃった。ワシに隠れて、寵姫集めとか、くだらんことをしおって。

 あんまりにもくだらんものだから、王族郎党まとめて首を跳ねたわ。


 今サマルトリアは、民衆から代表者を立て、国を作り直しておる。

 まぁ、上に立つ者がごそっと入れ替わったので、混乱はするかもしれんが――。


「悪いようにはならんじゃろう」


「だな」


「サマルトリアのために頑張りましょう!! 魔王さま、勇者さま!!」


 そう言い残して、お茶を勇者に渡すと、悪魔神官は去って行った。


 ふぅ、やれやれ。

 ちょっと肝が冷えたわい。


「じぃじ!! 遊びに来たよ!!」


「と思うたら、またこれじゃ!!」


「げっ、また勇者だ!! 勇者、今日も臭い!! あっち行って!!」


「悪いか!! 臭いは男の勲章なんだよ!!」


 相変わらず、口の悪い上に、語彙力の足りない孫じゃのう。


 可愛いが、やっぱり心配じゃ。

 そして――最近、勇者を見る目が、色っぽいのが輪をかけて心配じゃ。


「そうだ勇者!! 新しくクレープのお店ができたんだけど知ってる?」


「知らん」


「知っとけよ!! バーカ!! なんで知らないんだよ、バーカ!!」


「三十手前のおっさんが、やん、新しいクレープ屋が気になるのォ、行きたい、とか言い出したら気持ち悪いだろ!! お前、常識で考えろや!!」


「いいもん、ふーん!! 勇者のバーカ、バァーカ!!」


 たぶん、あれは、一緒に行きたかったんじゃろうなぁ。


 我が孫ながら、好きな相手への、不器用な愛情表現が心配になってくる。

 まぁ、このろくでなしと結婚されるのは――こっちとしてもあまり考えたくないが。


「ったく、なんだよアイツ。訳わかんねーな、爺さんよぉ」


「うん、そのまま、訳わからんままで結構じゃよ、勇者」


「は?」


 世は今日もこともなし。

 勇者とワシが立てた平和で、この世界は回っておる。


 この平和を、どれだけ回せるか。

 いつまで維持できるか。

 じゃが――。


「ワシは、今の世界を愛しておる」


「あーん、なに哲学的なこと言ってんの爺さん? ついにボケた?」


「いい感じにまとめに入っておるのに、そういうこと言わんの。ほんと空気読んで」


 そんな空気の読めない勇者じゃが。

 こいつと一緒ならば、まだもうちょっとだけ、この矛盾と欺瞞とそれを無理やり抑え込む秩序の中で、上手くやっていけるのではないか。

 そんなことを思うワシじゃった。


「で、さっきの続きじゃが」


「えー、まだやるの爺さん。もうやめとけよ、あんたもう向いてないよ。魔法テレビで有料チャンネル見てるのがお似合いだよ!!」


「動画サイトのラインナップを見てしまったのじゃ!! ちょっと、気になる作品が多かったから、今さら引っ込みがつかん!! 頼む勇者!! よっ、この天下の副大魔王!!」


「あ、全然しっくりこないわー。全然心に響かないわ、その呼称」


 とまぁ、そんなやり取りをしているワシらの下に、また来訪者が。

 それは――鎧姿から、絹のパジャマに着替えた少年。


 すっかりと年相応らしい顔をするようになった、次代の勇者。


 彼は、なぜだか内また気味になって、もじもじとした感じで、ワシの執務室に入ってきた。


「お爺ちゃん、お兄ちゃん」


「おーう、どうした、なんかあったか、次代の」


「ボウズどうしたもじもじして。トイレなら、廊下の突き当りを左だぞ」


 なんだか困った感じで顔を俯かせる次代の勇者。

 その様子を見て――ワシは何かこう、ピーンと来るものがあった。


 そう、嫌な予感という奴が。


「あのね、あのね。お爺ちゃんの部屋でね、魔法テレビを見ようとしたの」


「お、教育チャンネルみてお勉強か、偉いねぇ」


「……ま、まさか!!」


「そうしたらね。裸のお姉ちゃんとお兄ちゃんが出てきてね」


「……ぉぃ」


「……しもうた」


 内またを擦る次代の勇者。

 同時に、ワシと勇者は顔を見合わせた。


 えらいこと、してもうた、と。


「それを見てたら、おちんち〇が痛くなって。僕、病気なのかな……」


「……じ、爺っ!! だから気をつけろって言ったじゃねえか!!」


「……しもうた!! チャンネル、変えるの忘れておったわ!!」


 こりゃあれじゃ。

 破滅ボケのはじまりという奴かのう。

 あかんあかん、脳トレしてボケ防止に勤しまねば。


 いや、まずはそれより、次代の勇者のケアの方が優先じゃのう――。


◇ ◇ ◇ ◇


 男は疲れた顔で立っていた。

 剣を構えて立っていた。


 老人は、そんな男を見つめていた。

 剣の代わりに赤黒く変色した腕を構えて男を見据えていた。


 疲れた、と、男は言った。

 後ろの仲間たちに聞こえるように。

 相対する老人に聞こえるように。

 男ははっきりと言った。


 そして――老人を殺せる剣を捨てて、かぶりを振った。


「もう、こんな茶番は終わりにしようぜ、爺さんよう!!」


「……茶番?」


「くっだらねえんだよ!! 命のやり取りも!! 生存圏争いも!! こんなことして、いったいなんになるっていうんだよ!!」


 老人は答えなかった。

 男の問いに答えなかった。

 一顧だにする価値もない言葉だったからではない。


 その言葉の重みを、彼自身がよく知っていたからだ。


 老人は沈黙によって、男の言葉を肯定した。


 こんなやりとりは無意味だと。


 こんな茶番は無価値だと。


 そして――答えず問うた。


「勇者よ。世界の半分をお前にくれてやろう」


「なに?」


「お前は夜の世界を治めよ。ワシが昼の世界を治める」


「ははっ、随分気前のいい冗談を言うじゃねえか、爺さんよぉ」


「お主。寝ておらんな。夜の世界の王ならば、もう誰にも咎められることなく寝ることができる――いや違う」


 すべて、ワシに任せよ。


 この世すべての罪悪と、正義を背負って立ってやる。

 老人は、男に対して言い放った。


「勇者よ、仲間にならんか――」


【了】

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隠居魔王の成り行き勇者討伐 倒した勇者達が仲間になりたそうにこちらを見ている! kattern @kattern

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