最終話 若い勇者が自由を求めてこちらを睨んでくる件について(後編)

 ほーんに無茶をする奴じゃのう。

 いくら相手が勇者とはいえ、いきなり全力全開の勇者スラッシュをお見舞いするとか、先輩勇者として容赦ないというか、遠慮ないというか。


 まぁ、なんじゃのう。

 それでもちゃっかりと、次代の勇者を殺さないあたり。


「不殺の大勇者の名は健在のようでなにより」


「まーな。爺さん、俺を舐めて貰っちゃこまるよ。これでも男盛り、トレーニングにゃ余念がないのさ。まっ、戦士ほどではないけどな」


 物見やぐらを一刀両断した、ひのきの棒を肩に担いでニカッと笑う勇者。

 久しぶりにこやつが全力で戦う所を見たが、まだまだ現役のようじゃ。

 わしはもう、ここ十年の人間界の統治で、すっかりと魔王としての力が衰えておるのに。やれやれ、寄せる歳には勝てんという奴じゃのう。


 さて。


「……な、なんだ、お前たちは?」


 物見やぐらから落下して、更に、勇者に利き腕の右肩をひのきの棒で打たれても、まだ立ち上がる次代の勇者。

 絶対に屈しない。そんな不屈の瞳をこちらに向けて、彼は選定の剣にしてロトの剣、そして魔王殺しの異名を持つカリバーンを突き付けた。


 まぁ、魔王殺しとか言われておるけど、実際殺されるとこ見たことないんだけどね。


 ワシの先代、先々代も、寿命で死んじゃったから。


 いやー殺されてみたいわー。

 その魔王殺しで殺されてみたいわー。

 なんちって。


「なんだお前たちはってか?」


「ちょっとちょっと勇者ぁ。その返しだと、そうです私たちがってやらなくちゃならんじゃろ」


「今の若い子たち、変なおじさんとかわかんないよ」


「尚更ダメじゃわい。もそっと、分かりやすいネタを選んであげないと。今の子たちは、食いついてきてくれないよ。ちゃんと相手の知ってる知識を前提に話をしないと」


「んだよ面倒くせーなー。いいじゃんそんなの適当で。お約束、テンプレ、なにそれ、おいしいの?」


「なっ、なんだよ!! なんなんだよ!! 馬鹿にするなぁっ!!」


 魔王殺しの剣を構えて次代の勇者が突進してくる。


 その構えは間違いない。

 未熟じゃが勇者の必殺技。

 勇者スラッシュ。


 ギガスラッシュの上位互換。

 雷属性を付与した一撃である。


 そこに魔王特攻が加われば、なかなかのダメージが通るのじゃが。


「ふんっ!!」


「なにっ!?」


「太刀筋が甘い!! そのような綺麗な剣、勇者に届く前に俺が止める!!」


 戦士が、それを見事に止めた。

 剣でもなく、盾でもなく、尻で。


 そう――。


 神剣尻穴取りである。


「「ぶひゃひゃひゃひゃっ!!」」


「笑うなッ!! 勇者、魔王!! お前らを守ってやったんだろうが!!」


「だって、だって、尻で剣を受け止めるって、お前、凄すぎだろ!! 戦士ぃっ!!」


「仕事人の鑑じゃのう。もう、その勢いで、神剣も尻のギガスラッシュで折っちゃってよ」


「ほーれ、パイキルト!!」


「あふぅんっ!!」


 戦士がフェロモンと声を出す。


「ワシもワシも――パイキルト!!」


「はぁんンっ!!」


 ワシが胸を叩いてやると、戦士がフェロモンをさらにもわりと出した。


 むんむんじゃぁ。女の子が吸い込んでしまったら妊娠してしまいそうな、戦士のフェロモンむんむんじゃぁ。


 あかん、最終決戦っぽいシーンなのに、ワシ、笑いが堪えられない。


「ごめん、勇者、ちょっと、ワシ、もう無理。音頭はお主が取って?」


「しょーがねーなー、爺さんはよぉ。ほんじゃまぁ、戦士よぉ――パイキルトパワーが溜まってきたな!!」


「はぁはぁっ……溜まってぇっ!! キましたぁっ!!」


「よっしゃ、それじゃ、いっちょやったれ!!」


 神剣を、尻に挟んで、最上川。

 (字余り・季語なし)


「ギガスラッシュ!!」


 掛け声と共に、無刀ギガスラッシュを放つバニーボーイ戦士。

 割りばし割り続けてはや十年。彼の尻に挟まれた選定の剣は、あわれ、真っ二つに折れてしまった。


 いやー、折れるもんだね、魔王殺しの伝説の剣も。

 なんていうか、やっぱり折れましぇーん的なオチかなとか思ってたけど。

 十年鍛えた尻は、神の奇跡をも凌駕するんじゃぁねぇ。


 ようやった戦士。

 お主のバニーボーイ尻割りばし割り、見事であった。褒めてつかわす。


「ぷふっ、ぷふふふっ」


「ぎゃはははっ!! 本当に神剣折ってやんの!! お前本当、それ、天職な!! 尻でモノ割らせたら、右に出るものは居ないって奴な!!」


「笑うなァッ!! もう、お前ら、本当に――誰のせいだとォッ!!」


 ブチギレて言う戦士。

 しかし、バニーボーイ姿で怒られても、ちっとも怖くないのであった。

 いやだって、お前、そんな面白い格好で怒られても、困りますですよ。

 ほんと、かんべんしちくりー。


 酔っ払いみたいなワシらはさておき。

 剣を折られて呆然自失とするかと思った次代の勇者――。


「なっ、舐めるな!! たとえ魔王殺しの剣がなくったって!! 僕には魔法が!!」


「マホトーン!!」


 彼は魔法を詠唱しようとした。

 しかし、その機先を制して、魔法封じの魔法が放たれた。


 それはワシらの背中側から。

 思いもよらぬ方向から飛んできた。

 そして、思いもよらぬ声の持ち主であった。


「すみません!! 勇者!! それに、魔王さん!! 娘を託児所に預けるのに手間取ってしまいまして!!」


「魔法使い!!」


「……ダカラ、オネガイデス、ブタナイデ、ブタナイデ」


 ぶるぶる。


 なぜか瞳から光を失って、その場に膝を折る女魔法使い。

 何かこう、変なトラウマ抱えてるのが、あきらかじゃった。


 これ、助っ人に来てくれたはいいけど、大丈夫な奴かのう。

 なんかこう、女性の相談窓口的なところに行った方がいい奴じゃ。


 今度、悪魔神官派遣して、ちょっと事情を詳しく聞いてやろう。

 女性のケアはできる男の必須条件なんじゃぁ。


「くっ、まだ、俺にはスキルが」


「……痺れ攻撃」


「ぐぁっ!! なにぃっ!! まだ、伏兵が!!」


 武器を折られ、呪文を封じられ、それでもスキルで攻撃しようとした、次代の勇者。


 それを未然に防いだのは――。


「盗賊!!」


「あれお前、いつの間に蘇ったんだ」


 盗賊であった。

 かれこれ、勇者に死んだままにされて、長らく放置されていたはずの、盗賊であった。


 なーんじゃお主、生きていたなら連絡くらいよこし――。


 ぐふっ。


「えいえい!!」


 魔王はダメージを3くらった。

 魔王はダメージを5くらった。


「会っていきなり、地味な二回攻撃やめるのじゃ!!」


「怒った?」


「怒るわ!!」


 相変わらず、地味な攻撃を加えてくるのじゃった。


 なんなのこいつ。

 助っ人なの、敵なの。

 どういうつもり。

 なんでこっち来たの。

 もう、ほんと勘弁じゃぁ。


「まっ、まだだ、まだ、僕は、負けるわけには――」


「いいや、お前の負けや。往生しいや、次代の勇者ニューカマー


「そっ!!」


「その声は!!」


 城の中、突然に吹きすさぶ砂嵐。

 その中に人影が現れる。


 青い髪に、青い服、澄んだ白い肌に――イカしたサングラス。

 背中には大きな大きな――十字架パニッシャーを背負って、その女は立っていた。


勇者トンガリぃ!! お前がやらんのやったら、ワイが殺るだけやで!!」


「やったらいかん!! そのネタも、行為もやったらいかん!!」


「ていうか、なんでお前がテロ牧師ウルフウッドになっちゃってんだよ!!」


 もう、なんというか、いろいろ収集つかなくなってきたのう。

 なんでこんなことになったのか。

 慢心、うぬぼれ、あとなんかそれっぽいの。


 とりあえず――。


 戦士はバニーボーイ。

 魔法使いは男性恐怖症。

 盗賊はポプ子かぶれ。

 僧侶はテロ牧師。


 そんな感じのアカン状態じゃが、それはそれ、締めるところは締めねば。


「なんなんだよ、ほんと、アンタらいったいなんなんだよ!! 僕の邪魔をするなよ!! 僕は、魔王を倒して、この世界に平和を取り戻すんだ!! 正義を行うんだ!!」


「小僧、イキったお前に、いいことを教えてやるぜ」


「正義の敵はまた別の正義」


「この世に悪い奴なんて存在しねえんだな」


「ただ、己の欲望に従い、この世は力ある者が喰らいあう地獄じゃ」


 何を言っているんだ、と、きょとんとした顔をする、次代の勇者。

 ふむ、まぁ、見た感じ、まだ十歳をちょっと超えたくらい。

 それなら、ワシらの言っていることが分からなくてもしょうがない。


 つまるところ。


「この世になんていない」


「そいつに居てもらっちゃ都合の悪い奴が、そう呼んでいるだけじゃ」


「……馬鹿な!! そんな馬鹿な話ってあるかよ!!」


 自分の存在意義を否定されたように叫ぶ彼に、ワシと勇者は近寄る。

 そして、その震える肩を――ワシと勇者は優しく抱き留めた。


 この震える肩に必要なもの。

 それをワシらは知っている。


 魔王が死んだという束の間の平穏。

 ではない。


 勇者が凱旋したという空虚な誇り。

 でもない。


 人類が自由を奪還したという妄想。

 でもない。


 ただひとつ。


「だからもう、安心していいんだぜ」


「この世にお主の敵などおらん」


「俺が勇者で」


「ワシが魔王だ」


「「文句があるなら俺たちが相手だ。気に入らねえなら、かかって来い」」


 この世すべての悪と、この世すべての正義。

 その虚飾と欺瞞を全て身に受けて、ワシと勇者はこの場に立つ。

 すべての矛盾を抱えたまま、圧倒的な力でもって、その矛盾を越える秩序を押し付ける。


 それがワシらにとって――都合のいい正義であった。


 ぼろり、ぼろり。

 ワシの肌が水で濡れた。

 見れば肩を抱いた少年は、堰を切ったように涙を零していた。


 その赤い瞳がくすむ。

 そして、ワシと勇者を交互に見た。


「もう僕は、戦わなくていいの?」


「「もちろん!!」」


 迷うことなどなかった。

 言い淀むことなどなかった。


 なぜなら、それがワシと勇者が、この世界で掲げた正義なのだから。


 お主のような子供はそうじゃのう。

 ゲームの中で、世界でも救っている方が、よっぽどお似合いなのじゃよ。


「仲間になるか次代の勇者よ?」


「おいおい、世界の半分は俺がもう貰ってるぜ。他に何をやるんだよ」


 自分の持ってる、もう半分の世界か、とワシに勇者は言った。


 お前のようなごうつくならともかく、このような子供は、そんなことは言わんじゃろう。それに、いま、この子に必要なものは――世界なぞよりもっと身近なものじゃろう。


「ほーんと、気前がいい魔王さま」


「そうでなければ魔王は務まらん」


「成り行きとはいえ勇者討伐だ、俺もボーナスほしぃーなぁー」


「あぁもう、ダメな大人じゃ。こういう大人になってはいかんぞ」


 そう言ってその頭を撫でると、少年はようやくワシに笑顔を見せた。


 そうそう。


 その笑顔のために、ワシは魔王をやっておるんじゃよ。

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