最終話 若い勇者が自由を求めてこちらを睨んでくる件について(中編)

 サマルトリアの城下にどんどんと人が集まってくる。

 鍋の蓋を被り、ひのきの棒やフォークを手にした農民たちだ。


 時代遅れのプレートメイルを着た盗賊貴族や、まったく使い込まれた感じのしない灰色のマントを被った魔法使いの姿もある。


 どいつもこいつも――。


使えないろくでもない


 僕はそう吐き捨てた。

 魔法テレビで呼びかけた人類決起。

 それに応じて集まったのがこいつら。


 どいつもこいつも、自由の重さを理解していない、ただ、自分に都合の良い世界だけを求めているような――そんな面構えの奴らばかりだ。


 けれども、そんな奴らでも、いないよりはマシである。

 矢避けの盾にはなってくれる。


 なにせこれから、僕はこの世界の支配者に喧嘩を売るのだから。


「おぉ!! ここにおられましたか、勇者さま!!」


「……サマルトリア王」


 サマルトリア王。

 醜く肥え太った剥げたおっさんが、にやけ面を携えて僕に近づいてくる。後ろには、幾人もの見目麗しい寵姫たちを従えてだ。国中の娘たちを自ら選んで寵姫にする。この好色王のことを、僕はスポンサーとはいえ好きになることはできなかった。


 寵姫たちの中に知った顔が一つ。

 僕が生まれ育った村に居た娘だ。


 幼馴染。

 よく遊んでくれた。

 そんな彼女は、僕が物心つくちょうどその頃に、王の寵姫として見初められて、ここサマルトリアの都へと連れられて行った。


 もう一度会いたい。

 そう思った。


 村で交わした最後の記憶が、僕をここまで突き動かした。


『サマルトリアは寒い国。人は望むように生きられない。食い扶持に困ったら、年頃の男も女も、奴隷として売られてしまう。私はそれよりは幸せよ、だって、一人の男の相手をしていればいいのだから』


 それは自由ではないと思った。

 そんなものは人間の本来の生き方ではないと、僕は激しく憤った。


 それから、気がついたら、僕は村を飛び出して、彼女の面影を追うようにしてここサマルトリアへと走った。冒険者ギルドに登録し、戦士、魔法使い、僧侶、ありとあらゆる技能を習得して、レベルを高めていった。


 転機は突然に訪れた。


『あなた、勇者の才能がありますよ』


 謎の女が僕に言った。

 どう見ても人間ではなかった。

 そして魔物でもなかった。


 茶色いフードを被った小柄な女だった。そこいらの冒険者が持っていないような、武器や防具、アクセサリーをどっぷりと担いでいた。目だけが、宝石を埋め込んだみたいに爛爛としていた。緑色の瞳だった。エメラルドの、綺麗だが、どこか怖い瞳だった。

 彼女は僕に言った。


『前の勇者は期待外れでした。魔王と殺しあうのを由とせず、一時の平和を望んだのです。結果がこの、面白くもなんともない、間延びした世界です。やれやれ、本当に私もとんだミスをしてしまいました』


 前の勇者。

 そいつについては聞いていた。


 人類を裏切り、魔王軍側に寝返った、黒い髪したトンガリ頭の勇者。

 魔王と共謀し、世界の半分を手に入れた、恥知らずの勇者。

 今は副魔王として、魔王と共にこの世界を牛耳っている。


 いずれ、新たな勇者の手により、魔王共々殺されるだろう。


 いや、殺されなければならないと。


 そいつが人類を裏切ったから、サマルトリアは寒いままなのだろうか。

 真の勇者が魔王を倒せば、サマルトリアに温かい風は吹くのだろうか。

 氷に閉ざされた大地は溶けて、緑が地に満ちて、安らかな時が訪れるのだろうか。


 王の寵姫となった僕の幼馴染は、再び村に戻れるだろうか。

 誰も奴隷として売られることのない日が来るのだろうか。


 分からない、分からない。


 けれども――。


『どうです? 貴方、勇者になりたくはありませんか?』


 女の言葉に僕は首を縦に振った。

 女は怪しく微笑んだ。悪魔か、あるいは、神ならば、こんな笑顔をするのかもしれないという、摩訶不思議な笑顔で、僕の言葉を祝った。


 ――それはそれは素晴らしいと。


『貴方に武器と防具を与えましょう。しかし、最も大切な――魔王殺しの剣は、必ず自分で取ってくるのです。大丈夫、どこにあるかはわかっています。ええ、知っています、なぜなら私は◇※×▽!〇◇&#なのですから』


 それから、この腰に佩いている剣――選定の剣カリバーンを手に入れるのには、それほど時間はかからなかった。そして、その剣を持って、サマルトリア王に謁見し、新たな勇者として認めて貰うまでも。


「勇者さま? 勇者さま?」


「……ん、あぁ? すまない、何か言っていたか?」


「もう、困りますな。決戦を前に、そんなぼうっとしておられては」


「……すまない」


「我が軍、準備は整いましたぞ。魔法テレビでの檄に応じて集まったのは、サマルトリアの民1万人。常備軍2万とあわせて3万の大軍です」


「……そうか」


 少ない。

 あまりに少ない。


 戦争の経験はないけれど、かつて軍人をしていた冒険者に聞いたことがある。戦争は、結局のところ数がモノをいう世界であると。一騎当千の兵とは、その者が強いということではない。千人で囲めば、そいつは死ぬということだと。


 数だ、数だ、戦は数だ。

 多い方が勝つ。

 少ない方が負ける。


 富めるものが勝つ。

 全てを奪い去る。

 貧しきものが負ける。

 全てを奪われる。


 真理だと思った。

 けれども。

 逆らいたいとも思った。


 魔王軍は全軍で三十万からなる。

 しかし、その全軍が、全て自由に動かせるわけではない。

 各個撃破の上、各国にくすぶっている魔王軍への反乱分子を吸収して進撃する。それしかないだろう。


 糧道については――適当な理由をつけて徴発する。魔王軍に与する街だと、枢機卿司祭に虚偽の告発をさせ、街を潰すということだってできる。


 勝てる。

 いや、勝つ。


 どんな手を使ってでも。


「行きましょう勇者さま!! 人類の恐ろしさを、今こそ魔王に思い知らせるのです!!」


「……あぁ」


「反逆の時です!! 今こそ、人類の自由のために、我らが立ち上がる時なのです!!」


「……そうだな」


 共に歴史に名を残そう。そんなことを言っていたような気がする。

 けれどももう、僕にはサマルトリア王の言葉は聞こえてこなかった。

 光のない目をして俯く、美しく着飾った亜麻色の髪の娘。

 幼馴染の悲しい顔しか、僕の目には映らなかった。


 絶対に、この悲しみを終わらせる。

 サマルトリアの冬を、この僕が終わらせるのだ。魔王の死で――。


 そう、覚悟した、時だった。


「敵襲!! 敵襲です!!」


「……なに!?」


「早いな。どういうことだ。魔王軍が動いたという情報はまだなかったように思うが」


 敵の数は。

 布陣は。

 攻勢は。


 部屋に飛び込んできた兵に対して、僕は矢継ぎ早に問いかけた。

 しかし、その僕の問いに対して兵は、信じられないという顔を向けるばかり。ぱくぱくと、唇を空気を求めて動かすことしかしなかった。


 愚図め。


 僕は兵とサマルトリア王をその場に置き去りにし、すぐに城の外に出た。

 僧侶だった時に覚えた転移魔法を使い、物見やぐらに移動すると、僕はその襲来した敵について確認した。


 そして――。


「……馬鹿な!!」


 あり得ない光景に目を剥いた。


◇ ◇ ◇ ◇


 ――サマルトリア王都。北西部。平原地帯。


「うぉおおおおん!! 脆い、脆いぞ人の子らよ!! お前たちは、ワシの本気の拳を打ち付けるには脆すぎる!! もう少し、強度を増してから来るがいい!!」


 岩のような肌を持つ、その巨躯は竜人族のもの。

 灰色の二本足で立つ竜が、兵たちを薙ぎ払い進んでいた。

 しかしながら、彼になぎ倒された兵たちは、傷一つ負っていない。

 槍を破壊され、盾を砕かれ、無力化されただけだった。


「我が名は魔王軍四天王!! 竜王スカルミリョーネ!!」


 彼こそは、魔王の股肱の家臣にして、魔王軍一の力自慢。四天王で一番最初に勇者と戦いやられるタイプ系魔物、竜王スカルミリョーネであった。


「我が甲羅を破りし勇者の顎!! それと等しき武器もなしに、我が前に立つなど、愚かなり愚かなり!! ぐははははっ!!」


 ――同時刻。

 ――サマルトリア王都。北部。


「……めんどくせえでござる」


 そのモンスターは、いくつもの触手を持っていた。透明でぶよぶよとした体を持っている、不気味な姿をしていた。おおよそ、この世のものとは思えぬ、醜悪な姿をしたその異形は、しかして――鳥山明が描いたようなぱっちりとしたスライム顔を持っていた。

 そう、このモンスターはスライム。巨大なホイミスライムである。


 名を――。


「魔王軍四天王。海王カイナッツォ。魔王どのの命によりお相手する」


 という。


 触手がぬらめき、サマルトリア王都の正面の兵たちに襲い掛かる。

 ぐわぁ、ぎやぁ、という叫び声の後、聞こえてきたのは――。


「んほぉおおおおお!!!!」


「触手、触手、ぎんもちいいいいのぉおおおおお!!!!」


 気色の悪い男たちの嬌声であった。


「だーからいやだったんでござるよ。拙者、こういう、エロゲー向きのモンスターなのでござるから、あまり出たくないって言ったのに。ぷんぷん」


 そう言って、魔王軍四天王の一角は、あきれたような溜息を吐いた。


 ――また、同じ時刻。

 ――サマルトリア王都南部。


 後詰の部隊として配備されていた兵たちが、ばたりばたりと倒れていった。

 折しも、その時南部には、太陽により温められた地に対して、南側の海から風が吹いていた。


 そのやさしき海風に乗って、甘い毒が軍へと流れ込む。


「ほんに、スカルミリョーネも、カイナッツォも、華いうもんがわかっとらへんわ」


 手にした扇子からさらりさらりと桃色の粉を撒く。

 八本の脚を持ち、漆黒の着物を着たその魔物は、紫色の複眼を光らせて、紅を差した口を少し吊り上げた。

 誰も知らずにひっそりと、彼女はサマルトリア南部の兵を、毒により昏睡させ、無力化してみせた。


 そう、彼女こそは。


「魔王軍四天王、毒姫バルバリシア。ウチは雅に堕としますえ」


 魔王軍四天王の一角にして紅一点、魔性のアラクネであった。


 ――そして。

 ――三将が動くのに合わせて。

 ――サマルトリア北東部。

 ――主力部隊が展開された場所。


「ヒャァーッハ!! 久しぶりに爺さんから戦争の許可が出たぜ!! 燃えるよな、燃えるだろう!! 燃えちまってるぜ!! 全力全開全勝全焼って奴だぁ!!」


 狂ったように笑う赤マントの男。

 そいつは、人に非ざる漆黒の肌をしていた。そして、その身を、激しく揺らめく赤い炎により焼いていた。


 焼けているのになぜ動けるのか。

 焼けているのになぜ笑えるのか。

 そう、それこそは――この男の得意なる種族としての性がなせる業。


「サラマンダーの体が燃えるぜ!! ゲヒャヒャヒャッ!! こんなに激しく濡れちまって、燃えちまってるのは、勇者の野郎と三日三晩戦った時以来だ!! こんなに熱く濡れれるんだから、勇者の奴には感謝だなぁ!!」


 サラマンダー。

 そう、彼は、サラマンダーの魔人。


 火の中でも自由に動き回ることができるトカゲの魔人。

 彼の名は――。


「俺か、俺の名か、俺の名だろう、そう俺の名だ!! よく刻め、今日は俺の名を聞いて帰れる特別な日だ!! 爺さんから、殺すなと命令されてるからな!! いいか、俺こそはお前たちの悪夢!! お前たちの絶望!! そう――魔王軍四天王筆頭、黒王ルビカンテだ!! ぐひゃひゃっ!!」


 炎が、盾を、矢を、槍を、剣を、溶かして焼いて消し去っていく。

 強固な装備により固められた、サマルトリア王国軍の主力部隊は、四天王ルビカンテの撫でるような炎で、まるでバターを切るように無力化された。


「さぁ、殺しあいたい奴はいないか!! いねえのか!! 自殺志願者までは、殺すなとは言われちゃいねぇ!! 俺に殺されてえっていうなら、縊ってやるぜ人間ヒューマン!!」


 サマルトリア正規軍は、その狂える炎の戦士を前に戦慄した。


◇ ◇ ◇ ◇


「馬鹿な!! たった一人!! いや、四体の魔物に、三万軍の兵が立ち向かうことすらできないだと!!」


「あーたりまえじゃ。アイツら、あれでも魔王軍四天王じゃからのう。それくらいできんと、すぐにクビにして三天王じゃ」


「げぇ、締まらねえ呼び名でやんの。ほんとセンス最悪な、爺さん」


「ほっとけ!!」


 勇者の耳に老人の声と、軽薄そうな男の声が聞こえる。

 誰だ、と、彼がその声の方向――上を向いた時にはもう遅い。


「遅えよ!! すばやさを上げておけ、次代の勇者!!」


よ、魔王殺しの剣がなくとも大丈夫か?」


「爺さん、こういう時はこう言うんだ――そんな装備で大丈夫か?」


「……ひのきの棒で大丈夫か?」


「だぁもう締まらねえ!! 大丈夫!! 俺を誰だと思ってんだ!!」


 ――勇者スラッシュ!!


 まったく締まらない必殺技名と共に、稲妻のような一太刀が、若き勇者がいる物見やぐらに向かって打ち下ろされた。


「俺は不殺の大勇者!! 魔王さえ殺さなかった男だ!! 信じろよ!!」

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