最終話 若い勇者が自由を求めてこちらを睨んでくる件について(前編)
「魔王さま……勇者……申し訳、ござい、ま、せん」
「ひーちゃん!!」
「悪魔姫騎士!!」
「おい、筋肉バカ女!! なにぶっ倒れてやがるんだ!!」
魔王城のワシの私室に、突然悪魔姫騎士が現れたかと思うと、彼女はそのまま倒れ込んだ。体中には痛ましい生傷が。まるで、ついさっき斬られてきたという感じだ。
「回復魔法を!!」
すぐさまワシは、悪魔神官に、悪魔姫騎士を回復させるよう指示した。悪魔神官はモンスターじゃが回復魔法を使うことができる。
傷は深いが治らないものではない。治癒すれば命に問題はなかろう。
しかし、問題は――。
「どういうことだ、何があった?」
「ふむ。以前鎮圧した、北の都の視察に、悪魔姫騎士には行って貰っておったのじゃが」
「北の都――サマルトリアか!!」
魔王城より北東。大海を挟んだ場所に位置するサマルトリア大陸。深い雪と、凍った土でできたそこには、我が武威に恭順せぬ民が多く住む。
猛威を振るう自然を前に鍛えられた強靭な精神は権威に媚びぬ。その地に住まう者たちは揃いも揃って恐ろしいまでの気骨を持ち、独立独歩を由とする逞しき人々だった。
そんな彼らもワシが支配する世界の一部には違いない。
ワシ自ら何度かの遠征をおこない、また、勇者がこちら側に寝返ってからも、悪魔姫騎士を派遣して、何度か鎮圧を行っていた。
おかげで最近ようやく、恭順の姿勢を見せてきたと思ったが――。
「まだ反乱する気という訳か。まったく、凝りぬ王に民じゃのう」
「爺さんの下に入れば、安寧と平和が待っているってのに。だいたい、雪が深くてろくに作物も育たない。他国からの輸入に、食料の多くを頼っている国が、どうしてそこまで強気になれるのか――俺にはわからねえぜ」
「自由を求める気風という奴かのう。うむ、まぁ、人が生きる上では仕方ないことかもしれぬ――」
束縛された生に反抗しようというのを、どうして止めることができよう。
ワシは確かに支配者であるが、その支配を好まぬというのなら、その気骨は買うてやるつもりじゃ。人間にも、魔物にも、自分が思うままに生きる権利がある。
じゃが――人を傷つけるのはそれとこれとは話が別じゃ。
「悪魔神官。サマルトリアの王家には、彼らによる自治を認めておるな」
「……はい。恭順前と変わらぬ自治を認めています。ただ、王族の税収は一割に固定。新たに定めた税収はこちら――世界を掌握している魔王軍に回すようにと指示してあります」
「直近の反乱分子は?」
「すべて旧王族に連なる者たちです。税収の激減により生活が立ちいかなくなり、近隣の農村を襲ったり、交通路に関所を設けたのが始まりです」
既得権益に群がるゴミどもが。
ワシは握りこぶしを作って――ちゃぶ台にそれをたたきつけた。
ばらり、と、籠の中に入っていたみかんが飛び出して転がる。
床を転がったそれを勇者が拾った。
「しっかし、ここまで徹底的に反抗したのは今回がはじめてじゃないか?」
「じゃのう。これまでは、悪魔姫騎士が向かえば、すぐに白旗を上げて降参しておった。彼我の実力はわきまえておる、そう思っておったが……」
「そうだぜ、この筋肉アホ娘がこんなになるなんてあり得ねえ。俺でも、峰打ちするのに苦労した戦闘狂だぜ。四天王には及ばねえが魔王軍トップクラスだ」
すると――。
嫌な汗が背中に走った。
勇者は当年28歳。
そろそろ――次世代が生まれてもおかしくない頃合いじゃ。
その時、魔王城の私室の扉を開いて、慌てた男が飛び込んできた。
バニースーツ姿に、盾と剣を装備したそいつは、勇者のかつての仲間。
怒れるバニーボーイ。
ケツで割りばしを割りつつもまだその矜持は忘れていない――戦士じゃ。
「勇者!! 魔王!! 大変だ!!」
「おう、戦士。居ても立ってもいられずに、とりあえず装備だけ整えてやって来たって感じだな。鎧はいいのか」
「そんなこと言っている場合じゃない!! すぐに、魔法テレビをつけるんだ!!」
言われてすぐにワシはちゃぶ台の上のリモコンを手に取った。
電源を入れ、ぶぅんと起動音がしたかと思えば、そこには――。
『あぁん!! あっ、あっ!! あぁ、あぁん!! あっ、アッアッあぁあぁっ!!』
「おわー!! 有料チャンネルにしたまま、変えるの忘れておった!!」
「爺、おさかんだな、爺!!」
「ピーチテレビじゃないか!! 熟女専門ピーチテレビじゃないか!! いいな!!」
「スッケベ!! ほれ、スッケベ!! 爺のスッケベ!!」
「うるさい!! 魔王でも息抜きは必要なんじゃよ!!」
いくつになっても、魔王だって男。
お仕事していなくっても、不労所得で楽隠居状態でも、溜まるものは溜まってしまうし、出すものは出さねばならないよう、体ができてしまっているのじゃ。ほれ、マジックポイントじゃって、ちゃんと、溜まったら使いきらないと、もったいないじゃない。
レンタルDVDもいいけれど、魔王の身分を隠して借りに行くのも面倒だし、それならと有料チャンネルを契約するのが人情じゃない。
いいじゃん、ワシ、世界の半分を手にしているんだから。
月3000ゴールドくらい、浪費したって許してくれてもいいじゃん。
「爺さん、最近は魔法ネットワークで提供されてる見放題チャンネルの方が質もいいし種類も豊富だぜ?」
「マジで!?」
「魔法テレビのチャンネルだと番組表に沿ってしか見ることができないからな。しかし、最新作品を専属契約しているチャンネルも多い。特にピーチテレビは新旧名作を取り揃えているから――選択としては悪くない」
「戦士も詳しいのう!! なに、二人とも、情報強者なの!?」
「常識だぜ爺さん」
「冒険者の嗜みだ」
「知らんかったー、ワシ、魔王だからよく知らんかったー。今度それ、落ち着いたタイミングでじっくりと教えてくれる?」
「なに馬鹿なやり取りしてるんです!! 魔王軍の危機ですよ!!」
悪魔神官がキレ気味に言う。
恋人の悪魔姫騎士がひどい目にあって帰ってきたのじゃ。そりゃ、ワシと勇者と戦士が、エロトークに華を咲かせはじめたら、怒ってしまうのも無理はなかろう。
ワシとしてはもうちょっと、その魔法ネットワークに興味があったが。
しかし、そんなことを言っている場合ではない。
すぐにワシはチャンネルを地上波へと切り替えた。
すると、そこに映ったのは――。
歓喜に沸くサマルトリアの城。
そして、城の扉の上に立ち、剣を天に向かって突き立てる、少年の姿。
その瞳は勇者と同じく――赤い。
『ご覧ください!! ついに、サマルトリアの地に勇者が現れました!!』
「……マジか」
「……よもや、サマルトリアに現れるとは。厄介な所に現れてくれたのう、まったく」
「それだけじゃない。あれを見ろ」
戦士が言ったのは他でもない。
若いサマルトリアの勇者が持つ剣。
あれなるは、勇者のみが使うことができる最強の武器。
選ばれしものだけが抜くことができる、選定の剣。
魔王を殺す意思持つ者に力を与える神の剣。
聖剣カリバーンである。
またの名をロトの剣ともいう。
『魔王軍に寝返った勇者!! 彼が火山の中に突き刺して放置したロトの剣を、彼がついに奪還したのです!! すなわち、彼こそが、私たち人類を救う真の勇者!!』
「かぁーっ!! 絶対に取れないように、エグイ所に置いてきたのに!! 余計なことしてくれるぜ、あのクソガキ!!」
「海に放り込んだ方がよかったかもしれんのう」
「いや、それならそれで、神の導きにより、どこかの国へと漂着する。選定の剣とはそういうものだ――そうだっただろう、勇者?」
「まぁな。くっそ、あの厄剣めぇ。粉々に砕くか、溶かしてディルドーにするか、そんなことして二度と使えないようにしとくんだった」
やってしまったことを悔いた所で始まらん。
勇者が剣を中途半端に処分したことがあだとなったらしい。
下手な希望を残しておくべきではなかった――ということか。
ツメの甘い話じゃのう。
ワシも。そして、勇者も。
勇者と魔王が和解・協力して、二人で平和な世界を作る。
王族も、魔族も、貴族も、匪賊も、偉人も、奴隷も、何もない――。
ワシらに支配されることで、限りなく平等な世界を造る。
多くの為政者たちの横暴を見てきた勇者だから口にしたことだ。
魔物たちが人々に虐げられるのを見てきたワシだから理解したことだ。
人を騙し、甘い汁を啜る外道を知る勇者だから目指したことだ。
自然の無慈悲さの中で命が等しいことを知るワシだから同意したことだ。
それでハッピーエンドなどと、夢物語に酔っておったのかもしれない。
じゃが、ワシとてこの通り、老いには逆らえない身である。
今はこうしてその理想に従っておられるが、ボケて、いつ、世界に大いなる災いをもたらすともわからない。
抑止力として、選定の剣を残したのは――ある意味で仕方なかった。
勇者を責めることはできない。
『聞け、サマルトリアの民よ!! そして、全世界の人類よ!!』
画面の中の若き勇者が叫んだ。
彼は、強い意志に満ちた眼を、魔法テレビの向こうからこちらに向けた。
いい勇者じゃ。真っ直ぐな、己の正義に真っ直ぐなものの目じゃ。
『我が名は勇者㋣ンゐㇻ!! 魔王を討伐し、人類に真の自由を導くものだ!! これより、魔王討伐の軍を上げる!! 人類の自由のために戦うというものがあれば、我が軍の下に集うがいい!! 我々は、勇気ある同志の参加を待っている!!』
そして、名前がバグっておった。
強い勇者の例にもれず、名前がバグっておった。
うぅん……。
「なんでお主ら、揃いも揃って発音できなかったり環境依存文字の名前でこの世に現れるの? 馬鹿なの?」
「バグ技使ってるからだよ」
ちなみにこの勇者はもョ毛⑩。
じゃから名前じゃなくて勇者と表記しておるのじゃよ。
手抜きじゃないんじゃよ。
本当じゃよ?
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