第9話 孫を倒した勇者を仲間にしたくなくて正視できない件について(錯乱)

「げぇーっ!! また勇者居る!! 勇者、どんだけ暇人なの!!」


「居たら悪いか魔王の孫。俺は今、勇者改め副大魔王さまなんだよ。だから、大魔王城に入り浸っているのは別段不思議なことでもなんでもない」


「いや、ちょっと入り浸り過ぎじゃぞ勇者よ。他にすることないのか?」


「ない!! それより爺さん、ゲーム機持ってきたから遊ぼうぜ!! あれだよ、レースゲーム!! 練習してきたから!! 俺、緑の恐竜!!」


「あー、ずるい!! あたしもやる!! あたし、きのこの子!!」


 ダメになる、あぁ、ダメになる、孫がどんどんダメになる。


 ワシの可愛い孫が、ダメな勇者にたぶらかされて、どんどん社会不適合者になっていく。なんだかそれがちょっと耐えられなくて、ワシは鼻頭を抑えてしまった。


 じぃじの所に遊びに来るのはいい。

 お小遣いをせびるのは構わない。

 けど、ゲームばっかりして、勉強をしない、ろくな大人にはならないで。

 世の中で生きていくには、勉強して知識を更新することが求められる。

 享楽ばかりに身を委ねていては、肝心な所で力を発揮できないダメな大人になってしまうのじゃ。


 それは絶対に、ダメなのじゃ。

 ダメよ、ダメダメ、なのじゃ。


「爺さんはどうする? スタンダードに、赤い髭男にする?」


「ワシ魔王じゃよ? そんなん、甲羅の魔王に決まっておるじゃろ?」


「超重量級でコントロール難しい奴だ!! すごい!! じぃじ、あんなの使えるの、凄い!! 流石魔王だね、じぃじ!!」


「まっ、ワシ位になれば、スタートターボ成功率100%の、ドリフトターボで重量級マシンも軽々トップスピードじゃて。伊達に隠居して、やり込んではおらんからのう」


 そして、一定の時間が過ぎると、大人も暇になるのじゃ。


 心配しなくても、大人になったら嫌でも遊ぶ時間が増えるもんじゃから。今は黙って勉強しておきなさい。そう言いたかったが、孫との触れ合いも大切。ワシは、勇者と孫娘の提案に載って、コントローラーを手にしてレースゲームに参戦した。


 うぅむ、ほんとは緑の恐竜が一番使い勝手がいいんじゃが、流石は勇者、勝負する際に相手の得意な手を潰しにかかってくるとは、見事よのう。

 機先を制されたわ。


 しかし負けん。この亀の魔王も、ワシの得意とするマシンなのじゃ。


 全員トップスピードで、ぺしゃんこにしてやるから、覚悟しておけ。


 と、そんなことを思いながら肩を寄せ合う。


 ちょうど左右にワシと勇者、真ん中に孫娘が入る格好になった。

 すると――。


「ちょっと!! 勇者、あんまりひっつくな!! 暑苦しいだろ!!」


「んだよ。爺さんの魔法テレビが小さいから、画面がこうしないと見えないんじゃないか。まったく、世界の半分を手に入れたってのに、なんでテレビがこんなに小さいかね。金の使いどころを間違ってるんじゃないの、もっと大きいテレビ買おうぜ!!」


「テレビ関係ないでしょ!! くっつかないでって言ってんの!!」


「よいではないか。よいではないか」


「よくない!! 勇者ばっちい!! お父さんと同じ匂いがする!! 加齢臭って奴!!」


「俺はまだ28歳だよ!! そんなのしないよ!!」


 うむ。

 確かに加齢臭というのはちょっと違うのう。


 勇者から匂ってくるのは――。


 腋臭じゃのう。


 ちゃんと風呂に入った時に、脇のお手入れをしておらんに違いない。

 ダメじゃぞ、そういうの。男は気にしないけど、女は気にするんだから。


 ワシだって毎日、匂いがしないかチェックして、無臭タイプの制汗剤使っておるのじゃ。


 若くて新陳代謝の活発な、勇者であるならば、そこは、ワシよりももっと丁寧に手入れをするべきじゃろう。


 臭くない、臭くないよーと、孫娘に迫る勇者。


 ぎゃぁ、やめろぉ、と、孫娘はワシの方に飛びついてくると、勇者に牙をむいて威嚇した。

 この子はあれじゃのう、ちょっと猫っぽい所がある娘じゃのう。


 女の子はこれくらいの方が、愛嬌があって可愛らしいとは思うがのう。


「じぃじ!! 勇者に風呂に入るように言って!! くしゃい!!」


「そうじゃのう、勇者よ、まずは風呂屋に行け!!」


「爺さん――その名言だと、俺、ますます不潔って女の子から嫌われるようなことになっちまいそうだけど?」


「なんでお風呂屋さんで不潔になるの!! 馬鹿なの!! バカなんだ!! 元勇者で副魔王なのに、勇者ってバカなんだ!! バァーカ!!」


 なんだかうれしそうにはしゃぐ孫。

 いや、このちょっとしたエスプリの利いたギャグを理解するには、年若いというのは分かるのだけれども――なんというか、不憫でならない。


 将来、ふと、この時の会話を思い出して、それってそういうことだったのかと、思い出して顔を真っ赤にしそうで、なんだか申し訳がなかった。


 それはそれとして、そんなネタを思わずいつものノリで言ってしまう、ワシがちょっぴり怖かった。


 孫に悪影響を与えないように、もうちょっと、言葉を選ぶようにしよう。

 ワシは孫を抱えながら、静かにそう決意したのじゃった。


「んだよ、人をまるでばい菌みたいに言いやがって」


「いーだ!! 勇者きらい!! 不潔!! ばっちぃ!! おっさん!! ぐぅたら!! 甲斐性なし!! 職もなし!! ついでに言うと、彼女もなし!!」


「泣くぞ!!」


 もういい、ちょっと、外出てリフレッシュしてくる、と、勇者。

 ちと孫娘が言い過ぎてしまったかのう。へそを曲げて、彼はベランダの方へと出て行ってしまった。


 せっかく、レースゲームの準備が整ったというのに。

 まぁ、愚痴っても仕方ないか。


 それよりも。


「こりゃぁー、あんまり勇者を虐めてやったら可哀そうだろう。あんなアレでも、一応、副魔王なんじゃぞ」


「えー、だってぇ」


 ワシは孫娘をたしなめた。

 勇者に対して、心ない言葉を紡いだ、孫娘をひょいと膝の上から降ろすと、よいかと、少しだけ空気を整えてから話し始めた。


「あ奴はのう、ワシとの戦いの直前で、人類を裏切って、ワシとの世界の共同管理を選んだ裏切者の勇者じゃ」


「知ってる!!」


「人類を裏切って、魔王側についた人間じゃ。のう、そういう人材に対して、くさいだのなんだのと言うのは、ちょっと残酷なはなしではないか」


「けど臭いもん!! それに勇者が裏切者とか関係ないもん!!」


 関係ない――か。


 そういう風に、あ奴の偉業と、あ奴の裏切り、そして、あ奴の性格を、切り離して考えることができたならば。きっとあの繊細な勇者は傷つくことはなかったんじゃろう。


 あるいはワシの誘いに対して、世界の半分で手打ちにする、世界を自分たちの手でコントロールする、なんて言い出すことはなかったじゃろう。


 力を持つものは恐れられる。

 魔王を倒すだけの力を持った勇者。

 平均より一歩抜きんでた勇者。

 人柱のようにワシの前へと走らさせられた勇者。


 その旅路の途中でいったいどれだけ、人間の不理解と、不義理、裏切り、打算といった暗い部分を覗いてきたのか。どのような経験が、ワシを倒すことよりも、ワシと手を取ることの方が、この世界を平和にするのに必要じゃと感じさせたのか。


 勇者のことを思うと、つい、手を差し伸べてしまうのは、仕方なかった。

 あの男はワシよりも大きな人間の悪意と、戦ってきた男なのじゃから。

 じゃから、ワシもまた、勇者と、戦うのではなく手を取ることを選んだ。


 遠い、昔の話じゃ。


「じぃじ!! じぃじ!! なに変な顔してるの!! ボケたの!!」


「ボケ!? ほんに、お主は自由な発言をするのう、孫よ」


 ワシが勇者との思い出にいい感じに浸っている所に、孫娘がちゃちゃを入れてくる。まったく、勇者を臭いと傷つけたり、ワシをぼけ老人扱いして傷つけたり、語彙力少ないのに確実に人の心を抉ってくるのう。

 もうちょっと勉強したら――将来は立派な魔王になるじゃろうな。

 ふむ、女魔王というのも、最近は流行りじゃし。いけるかもしれん。


 そんな孫娘は、ワシの膝からひょいと飛び出て辺りを見回り始めた。


 何を探しておるのか――。

 すると、部屋の隅の噴霧器を手にした。


 そう――ファブリーズじゃ。


「これ使えば勇者臭くない!!」


「やめたれ!! それ、直接噴霧されるとか!! 結構ショックじゃぞ!!」


「けど、臭くならないと、勇者と一緒に遊べないでしょ!!」


 はやく勇者と遊びたいもん。

 そう言って、孫娘は勇者の消えた魔王城のテラスに駆けて行った。


 関係ない――か。


「あの娘には、勇者の過去など、関係ないのかもしれないのう」


 ある種の勇者にとっての救いが、そこにはあるのかもしれないと、ワシは思った。


◇ ◇ ◇ ◇


「ぎゃぁーっ!! 勇者、勇者、来ないで!! やめてね、やめてね!!」


「ふはははっ!! 立ち上がったところに赤い甲羅!! 吹っ飛んだところに赤い甲羅!! コースアウトして戻ってきたところに赤い甲羅!!」


「いじめっ!! これいじめっていう奴!! 勇者は悪魔か!!」


「そう、俺は魔王にその命を売り渡した男――悪魔みたいなもんさ!!」


「ぎゃーっ!! じぃじ!! 勇者が狙い撃ちしてくる!! 卑怯だ!! 魔王としてガツンと言ってあげて!!」


 孫娘が、ワシに向かって言う。

 向かって言うが、同時に、勇者もワシに向かって視線を向けてきた。


 なんで、どうしてなの――。

 の。


 え、お主ら、一転して仲良くなり過ぎじゃろう。


 ファブリーズ振りかけられて、なんでそこまで距離詰められるんじゃ。

 むしろ、ショックで必要以上に距離が開く――それが普通ではないか。


「爺さん、勝負なんだから。そこは割り切ろうぜ。孫娘だからって、真剣勝負に水を差すのは俺は違うと思う」


「勝負の前に、人としてどうかと思う!! じぃじ、勇者は外道って奴だよ!! 外道勇者だ!! ガツンと性根を叩きなおしてあげて!!」


「……わからん、若者の距離感が、ワシにはわからん」


【じぃじが こんらんしためで ゆうしゃとまごをみている】


 あれこれ、もしかして、二人って意外と仲がいいんじゃないの。


 するってえと、今どきの流行りみたいに、冒険の後にくっついちゃう奴じゃないの。

 戦ってないけど、勇者とワシの孫が結婚とかなるんじゃないの。


 ダメじゃダメじゃ、そんなことは。


「勇者、緑の竜使うの禁止!! ハンデ、ハンデをください!!」


「ったくしゃあねえなぁ。黄色い悪い顔したおっさんにしてやるか!!」


「ダメじゃダメじゃ!! お爺ちゃんは、二人の関係を認めんから!!」


 なんかこう会話が食い違ってる気がしないでもなかったが、こういうことは早い目に釘を刺しておくに限る。ワシの大切な孫娘を、勇者のようなごくつぶしに、くれてやる訳には――いかんのじゃ。


 それはそれ、これはこれ、である。

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