第8話 尻で割りばしを割る戦士がうらめしそうにこちらを見てくる件について

「勇者ァ!! 酒を飲むのは、楽しいのぉー!!」


「たーのしぃー!!」


「おねーちゃんの居る店を、民から搾り取った税金で梯子するのは、楽しいのぉー!!」


「すごぉーい!!」


「ワシら、人様の金で平然と大酒飲めるフレンズなんじゃねぇー!!」


「そして、世界の半分を持ってるフレンズなんだねぇー!!」


「わーっはっはっは!!」


「ぎゃーっはっはっは!!」


 人間、たまには飲まないとやってられない時というものがあるものじゃ。


 例えば長年身を粉にして勤めてきた会社をリストラされた時。

 または大事にしていた思い出の品を嫁に無断で捨てられた時。

 あるいは娘が連れてきた彼氏があきらかにカタギじゃない時。

 嫁が不倫していることをサプライズで早く帰ったら知ってしまった時。


 そういう時、人間というのは、酒を飲んで忘れてしまうのじゃ。たまに、酒でも忘れることができなくて、お薬でどうにかすることもあるが、とにかく忘れようとするものなのじゃ。


 人間は忘却ができる生き物。

 そう、辛いことをいつまでも覚えていたとしても、人生は暗いままなのである。ならば、そんなことはさっさと忘れて、新しい自分になって生きた方がいいのじゃ。


 少なくともワシはそう思う――。


 まぁ、魔王なんじゃけどね。


「ミツコーーーーーっ!!」


 先ほどまで笑っていた勇者。

 その勇者が、突然、道端に膝をついたかと思うと、だぁん、と、無刀まじん斬り。

 大地は震え、道路は割れ、街には重苦しい空気が広がった。


 おぉ、せっかく忘れておったというのに、もう、酒が切れてしまったか。

 なんだかんだで、こいつ結構、飲んで忘れるタイプじゃないんじゃよな。


「ミツコー!! なんで結婚したんだ、ミツコー!! あんなに貢いでたのに!!」


「商売じゃからしかたないんじゃよ」


「それでもお前!! 『勇者ちゃん、周りは勇者ちゃんのこといろいろ言ってるけど、ミツコだけは勇者ちゃんが悪い人じゃないって知ってるからね』って、言ってくれたじゃないか!! ミツコー!! 俺はお前のその言葉に救われたんだぞ、ミツコー!!」


「……勇者よ、あからさまなリップサービスなのじゃ」


 この勇者、毒も、麻痺も、混乱も、火傷も効かないのに、色仕掛けだけは効くんじゃのう。なんというか、そういう所の修業が、まだまだ足りていない感じじゃのう。


 ことのあらましはもうこの会話で分かってくれただろう。


 勇者のいきつけのスナック。

 そこで働いていた、ミツコというキャストが、突然結婚してスナックをやめてしまったのじゃ。


 それで、俺、もうどうしたらいいかわかんないよ爺さんと、死んだ顔して魔王城にやって来たから――こうして夜の街に繰り出したのじゃ。


 ほんと、勇者なのに、こういうメンタル弱いところあるよね。

 勘弁してほしい。というか、勘弁してあげてほしい。


 魔王に勇敢に立ち向かった男よ。

 もそっと優しく扱ってあげて。

 たとえ最後の最後で、魔王に寝返ったとしても、それはそれじゃないの。


「まぁ、裏切らせたワシが言っても説得力ないがのう」


「ミツコー!! ミツコ!? そこに居るのはミツコなんだろう!? ミツコー!!」


「いかん、幻覚が見え始めた。明らかに飲み過ぎた奴じゃこれ」


 例によって、酔っ払っていてもスペックは勇者である。こんな調子で、ギガスラッシュを道行く人に放たれたりしたらたまったものではない。

 ワシは、勇者を抱えると、急いでなんとか避難できる店がないかと辺りを探した――。


 というか、これ、ワシ一人じゃ手に負えん奴じゃ。


 助っ人を頼むとするかのう。


◇ ◇ ◇ ◇


「で、俺のところにやって来たという訳か、魔王どの」


「そういうことなんじゃよ。いや、ほんと、お仕事中にごめんねごめんね」


「別に構わない。俺もちょうど得意の客が来なくて暇していた所だ」


「そうなの。得意のお客さんとかいるくらい、人気者なんじゃな。いやはや、この仕事を始めたと聞いた時には大丈夫かと思ったが――元気にやっているようで何よりなのじゃ」


「元気に見えるか? この格好が?」


 バニーボーイは、スッパマンのように渋い顔をしてワシを睨んだ。

 睨んできた。それはもう、すべてお前が悪いと、そんな感じの目で。


 怖い、怖いわ。

 店自体も怖いのだけれど、お相手してくれるキャストもまた怖いわ。


 前職が戦士だけに、キレられたらどうなるか、ちょっと考えられないわ。


 そう、勇者の相手が一人では難しいと判断したワシは、助けを求めるべく、かつての勇者のパーティを頼った。できれば話の一番通じる僧侶あたりを頼りたかったのじゃが。魔王の手前、教会に出入りするのはどうなんということになり――。

 こうして、戦士が勤めるバニーボーイのお店にやって来たのじゃ。


 いやぁ。男でも入ることができたので、それは助かったのじゃが。


「ほんと、どこぞの馬鹿が勇者を甘言で惑わさなければ、こんなことにはならなかったのに――なぁっ!!」


「あっ、ちょっと、乳首見えてるのじゃ。そのはち切れんばかりの胸板を、これ見よがしに見せるの勘弁して。ワシ、ノーマルじゃから」


「そういう商売なんだよ!! 俺の、胸板を、見ろ!!」


「ひぃーっ!! えらい所に入ってしまったんじゃー!!」


 血の気が体から引いていくのが自分でもわかる。


 バニーボーイに迫られて、人間の女というのは楽しめる物なの。

 そもそも、男がこんな店に入ったのが、何かの間違いなのかもしれん。

 いや、間違いなんじゃろう。


 恨み節を利かしてワシを睨んでくる戦士からすすすいと逃げる。革張りのソファーの上を滑るように移動すると、勘弁してくれと頭を下げた。

 そんなタイミングで。


「オァっ!? ミツコ!?」


「勇者ァ!! ようやくお目覚めか!! 助けてくれぇっ!! 戦士が、戦士が凶暴な胸板を、ワシに見せつけてくるんじゃぁ!!」


「……目を覚ましたかろくでなし」


「おーん? ぶっひゃひゃひゃ!! なに、戦士、なにその格好!! お前、いつ遊び人に転職したの!! ていうか性別間違えてんぞ!!」


「「お主のせいじゃろうが!!」」


 能天気に、笑う勇者に思わずワシと戦士はハモってツッコんでしまった。

 ほんとろくでもない奴じゃのうこいつは。お主が人類を裏切って、ワシと単独で世界の半分で手打ちにしたから、こうなったんじゃろうが。


 それで、裏切者の汚名を着せられたお主らは、就職しようにもいろんなところで白眼視されて……。流れ流れて、こんな所で戦士は働くことになってるんじゃろう。


 いや、ほんと、裏切らせたワシが悪いんだけれどもさ。


 それで戦士も、そんな感じに、ワシを睨んでくるんだけれどもさ。


 かんべんしちくりー。


 マッスルバニーの熱視線を受けて、わしゃもう死にたい気分になったのじゃった。


 ほんと、世の中って裏切者に厳しいよね。勇者にも勇者なりの、裏切るだけの事情があったのだから、そこらへん汲んであげてほしいのじゃよ。


 ほんと、人間の世界ってそういうのがあるから怖いわ。


「なんにしても、さっさと酔いを醒まして帰れ。男の客というのは目立つ」


「そうじゃのう。ワシも正直、さっさと帰りたいわ、こんなとこ」


「まぁまぁ、こんなことでもない限り、バニーボーイのお店なんて入ることないんだからさ、そこはほら楽しんじゃおうよ」


「お主、この世の終わりみたいな顔してたのに、なんじゃその切り替え」


 寝れば忘れるとかサルかお主は。

 呆れるワシの前で勇者は――。


「パイキルトォーッ!!」


「ふぅんッ!!」


 いきなり戦士の胸を平手打ちしたのじゃった。


 いや。

 いやいや。

 いやいやいやいや。


「なんで平手打ちした!? なに、パイキルトって!? なんなのじゃ!?」


「えー? バニーボーイ店の遊び方だけど? 知らないの、爺さん?」


「知る訳ないじゃろ!! こんな特殊なお店、初めて入ったもの!!」


「はぁ、はぁ……いいパイキルトでした、お客様ァ!!」


「んで、なんかフェロモンむわぁって出しながら、戦士もそういうこと言うの!? そういうお商売なの!? だとしても、パーティの元仲間に、もうちょっと、こう、あるでしょ!?」


「もういっちょいっとくかぁ!!」


「……ッ!! お願いします!!」


「やめるんじゃ!! 誰得なんじゃよこのサービス!! 誰得なんじゃぁッ!!」


 入ってみて、初めて知った特殊なお店の、特殊な業務形態。


 バニーボーイ屋。その底の知れなさに、ワシはただただツッコむことしかできなかった。いったいこのやり取りのどこに楽しさを感じ、人間はこんな場所に通うのじゃろうか。


 謎じゃ、謎過ぎる。人類の文化の奥深さについては、いろいろと考えさせられることの多いワシじゃが、この分野については、特段知りたいと思えないのじゃ……。


「よっしゃ、じゃぁ、パイキルトでパワーが溜まって来ただろ!!」


「……溜まってぇっ!! 来ましたァっ!! お客様ぁああああっ!!」


「全力全開行けるだろう!!」


「行けます!! 戦士行けます!!」


「よっしゃ、それなら――やってみろや!! 割りばしじゃーい!!」


 そう言って、テーブルに置いてあった割りばしを戦士に渡す勇者。


 飲食店でもないというのに、筒に針山のごとくぶっさされていたそれ。

 まぁ、その、そういうお店とは風のうわさには聞いておったが――。


 本当に、やるのか。

 そんなワシの視線を受け流し――。


「割りばしいただきましたっ!!」


 バニーボーイは尻とバニースーツの間に、割りばしをセットした。


 やるのか?

 本当にやるのか?


 やれるのか?

 尻で割りばしは割れるのか?


 そんな疑念を抱くワシの前で!!


「……ギガスラッシュ!!」


 かつて彼が使うことができた最強の必殺技。その技名と共に、戦士は、尻に挟んだ割りばしを、縦ではなく横方向に二つに割ってみせたのだった。


 綺麗に、戦士の尻で真っ二つにされた割りばしが、スポーンと宙を飛ぶ。


 それを見た瞬間。


「「ぶっひゃひゃひゃひゃ!!」」


 ワシと勇者は、酔いと悪ノリと勢いとあまりの光景に、汚らしく噴き出したのじゃった。


 無理。

 こんなもん見せられて、笑うなというのが無理じゃから。ほんと。


【せんしが うらめしそうに こちらをみている】


「いや、そんな目で見られても……ふひっ、ふひゃひゃひゃっ!!」


「お前もう本当、これ、天職な!! 尻でもキレッキレじゃないの!!」


「誰のせいだと思ってるんだ!!」


 そう言いながらも、自分が割った割りばしを律義に回収する戦士。

 やぁー、ほんと、苦労しとるね、この子も本当に。


「爺さんもやってやれよパイキルト」


「いやじゃよ!!」


「……やれるもんなら、やってみろや、魔王ぉおおおおおっ!!」


「ほんでお前も、むわぁってフェロモン出すんじゃない!! 戦士!! お主、実はちょっとくらいこの仕事楽しんでおるじゃろ!!」


「……楽しまないと、もうやってられないんだよぉおおおおっ!!」


「真面目か!!」


 まぁ、アホで真面目じゃないと、戦士なんてならんよな。

 今度なんか差し入れ届けてやろう。

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