第7話 競馬で倒した勇者が当たり馬券をほしそうにこちらを見てくる件について

「あー、競馬場、いいよね」


「昼間から酒飲んでも怒られんからいいよね。大人の遊園地」


「それじゃなぁ」


 ワシと勇者は競馬場に来ていた。

 お前ら何やってんの、おっさんかよという感じに競馬場に来ていた。


 ワシがかれこれ三千歳。

 勇者が二十八歳。


 足して二で割ればなんとびっくり、一千五百十四歳だもの。

 もはやおっさんと言ってなーんも問題なかった。


 いえい、大人って最高。自由って最高。なにより、世界の半分を手に入れて、税収入で暮らしていく、自由気ままな生活って最高。ビバ不労所得。ビバ、モラトリアム。


 そして、勝っても負けても、公営ギャンブルだから、上りがワシらの懐に入ってくる競馬場最高。

 というものであった。


 いやー、公営ギャンブルって儲かるから、ワシ、好き。


 競馬新聞とマークシートを睨みながら、むむと顔をしかめる勇者。

 彼を隣に、ワシは黒ビールをぐびぐびとと喉に流し込んだ。


 スタウト。

 最近は競馬場も、屋台を出してて、いろいろ飲み食いできていいよね。

 あとでローストビーフ丼も頼みに行こうっと。


「爺さん、次のレースはどう思う?」


 そんなのんきをこいてるワシに、勇者の奴が問いかけてくる。

 次のレースを前にして勇者は真剣にその結果を予想していた。


 ふむ、真面目な奴じゃのう。

 ことギャンブルについては、一切の妥協をせん奴じゃ。


 その情熱を、もそっと普段の生活に向けてくれたら、ワシも世界の統治がもうちょっとだけ楽になるというのに、困った奴じゃ。


 まぁ、休日にそんなお説教しても仕方ないからのう。

 日曜日は、休み、楽しみ、リフレッシュするためにあるのじゃ。


 ワシら毎日が日曜日だけれども。


「そうじゃのう。一番人気の、シンショウクッコロオンナキシは、GⅠでの成績はいいが、ここのところ連戦でちとバテておるからのう」


「二番人気の、セキトバカンウは、地方競馬からの移籍組だよな」


「本格的に移籍してきたが、まぁ、よくてGⅡどまりの実力じゃのう。次のレースは、GⅠ経験馬が何頭か居るからどうなるかわからん」


「……うがーっ!! 結局どれ買えばいいんだよ!! 爺さん、競馬歴長いんだろう!! これっていう馬を教えてくれよ!!」


 甘いのう勇者よ。

 競馬というのは当てるのを楽しむものではない。

 当てる過程を楽しむものじゃ。


 自分なりの理論を立てて、その上で推理する。当たった当たらなかったはどうでもいい、推理してとことん考え抜くからこそ楽しいのじゃ。


「配当金で風俗行くぞーとか、そういうこと言う奴には教えてやらん」


「そんなぁ!! スライム女専門店っていう、ちょとマニアックな店を見つけて、テンション上がってるんだから!! お願いだよ、爺さん!!」


 不純な動機。


 そんな気持ちで競馬場に来るのも結構だが、そこは自分で考えろ。

 老婆心ながら、ワシは勇者をそんな思いで突き放した。


 やれやれしかし――。


「業が深すぎない? 普通の風俗言ったらどうなの?」


「勇者の冒険は、昼も夜も危険に満ちているものさ」


病気バッドステータス貰って帰ってきてもしらんからのう」


 スライムってほれ、体を溶かして喰らう系の奴じゃからな。かわいい顔してるけど、本当はそういうモンスターじゃからな。鳥山絵に騙されてはいかんのじゃぞ。


 まぁ、ワシも昔、レッドスライムとオイタして、毒貰ったけど。

 あれじゃよ、あくまでその、パフパフレベルじゃよ。そりゃ、ワシも妻子ある身じゃったから、それ以上の関係には発展しなかったんじゃよ。


 本当じゃよ。


「あ、魔王さま」


「魔王さま!! こんなところで奇遇ですな!!」


「おーん? なんじゃ、悪魔神官と悪魔姫騎士ではないか?」


「悪魔神官ちゃんおっすおっす。大胸筋脂肪率0.5%ゴリラ姫騎士も元気そうだな」


「おい、勇者おい!! どういう意味だ!!」


 まーた勇者が悪魔姫騎士ちゃんに喧嘩を売る。


 この二人、割と武闘派で近い性格をしておるのに、顔を合わせれば喧嘩ばかりじゃ。

 なんとかならんもんかのう。


 最近は、悪魔姫騎士ちゃんが魔王城勤めになり、会うことも多くなったから、ことのほか大変じゃ。うぅん、そのうちなんか方法を考えんと。


 メンチを切りあい火花を散らす二人の間に、まぁまぁと悪魔神官が入る。

 いろいろと世話になっている悪魔神官に止められては二人も喧嘩は続けることができない。矛を収めると、ちっと舌打ちして二人は離れた。


 やれやれ、この険悪なムード。

 年長者として、ひとつ、なごませてやるのもワシの仕事かのう。


「ふむ、二人はどうしてここに?」


「えへへ、デートです!!」


「しーちゃんが馬が好きでな。乗れないのに、見ているのが好きなんだと。それで、競馬場に行ってみるかという話になったんだ」


「だって、かっこいいんだもの」


 きゃっきゃうふふと肩を寄せ合って微笑みあう、ワシの自慢の部下二人。

 いよいよ、悪魔姫騎士が魔王城に勤めるようになってから、遠慮というものがなくなってきたのう。いや、仕事中はそういう空気出してないけど、えらいのろけぶりだ。


 お爺ちゃん、二人のほほえましい感じに、新しい世界が見えたよ。

 新世界じゃぁ。


「……尊み」


 勇者もいい感じに黙ってくれた。

 ほんと、こいつは百合百合大好き超愛してるで、わっかりやすいくらいこういうの見せると大人しくなる。


 まぁ、これはワシの頭脳戦による勝利という奴かのう。


「そういう魔王さまと勇者さまはどうされたんですか」


「二人もデートですか(勇者を睨みつつ、抑揚のない声で)」


「ふはは、デートとか、なぁ、勇者」


「まぁ、爺さんなら俺の尻のバージンを捧げてもやぶさかではない」


「やぶさかにして」


「俺はノーマル!! いや、百合は眺める分には好きだが!! いたってノーマル!! だから競馬で勝って風俗に行きます!! 文句あるか!!」


 女の子の前で、そういうこと言うもんじゃない。

 空気読んで。


 風系の魔法使えたはずじゃろう。

 空気読んで。


 あと、行こうとしてた風俗は、割とアブノーマルのジャンルじゃよ。


 顔を真っ赤にして、言葉を詰まらせる悪魔神官。

 お前、何を言っているんだと、激昂する悪魔姫騎士。


 二人になじられながらも勇者は顔色を変えなかった。

 いやむしろ誇らしげじゃった。

 感じているような顔じゃった。


 ほんと業が深い奴じゃ。


「こんなアホと一緒に居ると耳が腐る!! すみません魔王さま、私たちはこれでおいとまさせていただきます!! 行くぞ、しーちゃん!!」


「う、うん……。あの、魔王さまも勇者さまも、今日は休日ですので楽しんでくださいね」


「おー、分かっておる分かっておる」


「というか君らを見れただけで俺的にはもうお釣りがくるくらい楽しめたというか――とりあえずアザッス!!」


 そそくさと去っていく悪魔神官と悪魔姫騎士。


 そんな彼女たちを見送ると、再び、勇者は競馬新聞とにらめっこして、予想を再開したのであった。


「むむむ、一時間半コースとして、総額三万ゴールドは必要。投資額から考えて、次のレースで的中すれば三万ゴールドバックが来る馬券は――」


「あぁ、そういう邪な打算で買った馬券は、当たらないものじゃよ」


 まだまだ、修業が足りぬの勇者よ。

 そんなことを思いながら、ワシはスタウトビールを飲み干したのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


『第八レースの結果が確定いたしました。一着、三番ヨルノアバレウマ。二着、八番トラワレノヒメテカッコワライ。三着、一番ゴーレムメチャオモイ。オッズは単勝12.8。馬単103.5。馬連、57.5。枠連、21.8。三連単、302.8。三連複、172.9』


「オワーッ!! 万馬券!! 三連単買っておくんだった!!」


 勇者が打ちひしがれたようにその場にひざを折る。

 今までいろいろと一緒に行動したが、そんな風に膝を折るのは初めてみた。

 魔王にも屈せず――笑顔で、世界の半分で手打ちにしようと言った男が見せる、初めての挫折であった。


 まぁ、これだけ荒れれば、当たらないのは仕方ないというものじゃ。


「といいつつ、ワシ、当たっちゃったんだけどね。しかも三連単」


「マジか爺さん!!」


「競馬理論に乗っ取って、まっとうに予想したらのう――100G競馬でも、こういうのあるから、面白いよねほんと」


 そう言って、的中馬券を勇者に見せるワシ。


【ゆうしゃが まんばけんをほしそうに こちらをみている】


「→ころしてでもうばいとる」


「やめんか!!」


 アイスソードじゃないんじゃよ。

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