第6話 倒したギャルが彼女にしてほしそうにこちらを見てくる件について

「ごめん、待った!?」


「うぅん、今来たところ!!」


 デートみたいな感じの会話をしておりますが、相手は勇者。

 ワシ、魔王。


 鬱蒼と茂った森の中。

 斧を手にして待ち合わせ。

 そう、これからワシと勇者の二人で、斧と斧を打ち合わせて、激しい戦いが始まろうとしていた。今日の勝負は絶対に負けることができない、大切な感じの奴じゃった。


「くくっ!! 勇者よ!! この時をどれだけワシは待ったことか!!」


「決着をつけようじゃないか魔王の爺さん!! どっちが上かよう!!」


「ワシの軍門に下っておきながら、その威勢のよい口ぶり!! 勇者よ、お主のその図太さ!! この魔王もびっくり仰天という奴じゃ!!」


「そんな俺を副魔王として使っている爺さんも天晴だがな!!」


「くくくっ!!」


「ふはははっ!!」


 ワシと勇者は斧を構える。

 そして――。


 鬱蒼と茂った森に視線を向けて、お互いに背中を向けたのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「えーんやどっと、えーんやどっと、えーんやどっと♪ えーん、えーん、えんやどっと♪」


「木を切るならよー、こーいうふーうにぃー♪」


 木こりの歌を口ずさみながら、ワシと勇者は生い茂った森を切り開いていく。どしんどしんと音を立てて、すぐに十平米(六畳一間)の更地がそこには出来上がった。


 農地にするには根っこを掘り起こす必要はあるが――さしあたって、家庭菜園する場所は足りておる。

 問題ないじゃろう。


「爺さん、この調子でガンガン切ってけばいいのか?」


「おーう。しばらくほったらかしにしておるうちに、森林の際が城に近づいてきたからのう。魔王城の壁際から、だいたい10メートルくらい離れたあたりで整えたいのう」


「オッケオッケ。んで、それ以降はどうする?」


「ちょっとすいておこうかのう。殺人バチが巣を造ったら大変じゃからのう。あ奴ら、仲間のワシらに対しても平気で攻撃しかけてくるから」


 孫が殺人バチに刺されたら大変。

 痛い痛いじゃ。


 魔族だから死にはせんけど、ぼんぼんに晴れた孫の痛ましい姿を思い描くと、ちょっとワシも涼しい気分になった。夏になって、殺人バチが巣を作るようになる前に、その辺りどうにかしてやらんといかんのう。


「オラオラオラオラ!! こんなもんかよ!! 樫!! 杉!! 松!! 白樺!!」


「オラっておるのう、なんて平和な風景なんじゃ」


「爺さんは麦茶でも飲んでな!! ここは俺が一人で片付ける!!」


「そーさせてもらうかのう。いやぁ、流石にいい歳じゃから、重労働は堪えるのよね」


 うむ、流石はかつて、魔物の大軍を前にして、ひるむことなく立ち向かった勇者だ。

 その数よりもいくらか多い雑木を前にしても、まったく気後れすることなく突っ込んでいく。ついでに言うと、斧で必殺技とか繰り出して居る。


 平和になってから、極めた技を使うこともなくなり、溜まっておったのかもしれんのう。まぁ、これで息抜きになってくれるなら御の字じゃ。


「ヒャッハー!! ノッって来たぜぇえええっ!!」


「勇者のセリフじゃないのう。本当に、こやつは勇者じゃったのかのう」


 神話の時代の勇者なら、ヒャッハーかまして戦闘狂になるのもなきにしもあらずじゃけれど、JRPG的な世界観の勇者として、それはいったいどうなのだろう。どちらかというと、世紀末にバイクに跨って走っているほうが似合っている気がする。


 ワシの所にたどり着いた時には――たしかモヒカンではなかったように思うのじゃがのう。

 いやはや分からんものじゃ。


「魔王さま、お茶とお菓子をお持ちしましたよ」


「おぉ、悪魔神官。ご苦労じゃ」


「勇者さまも、お茶をお持ちしましたよ。ひと休みしてください」


「今いい所だから、置いといて悪魔神官ちゃ――んはぁあああ!?」


 おりょ。


 なんか予想外のセリフが勇者の口から飛び出した。

 なんじゃろうか。そんな素っ頓狂なセリフを吐くだなんて、ちょっとないことじゃぞ。


 いや、割と頻繁に吐いておったか。

 あ奴と来たら、ちょっと、リアクション芸人的な所があるからのう。


「……どうされたんでしょう」


「ちょっと様子を見に行くかのう」


 任せておけと言われた矢先じゃが、勇者の身に何かあっては大変じゃ。

 ワシはよっこらせと腰を上げると、さきほど勇者を置いてきた森の方へと歩き出した。


 おっと、大切なことを言うのを忘れておった。


「……くくくっ!! 奴を倒すのはこの魔王と決まっておる!! 首を洗って待って居るがよいぞ、勇者よ!!」


「……魔王さま、認知症ですか?」


 違うのじゃ悪魔神官。


 これは言っておかんと場が締まらない感じの、そういう奴なのじゃ。

 ボケてなんかおらんもん。最近、ちょっと数字の計算が怪しいけれど、大丈夫じゃもん。


 ぷんぷん。


◇ ◇ ◇ ◇


「勇者よー、どうしたのじゃー、エルフ娘とでもエンカウントしたかー」


「勇者さーん、返事してくださーい。勇者さーん」


 ワシと悪魔神官は森の中を勇者が消えた方へと向かって進んでいた。

 割と雑木が生い茂っておる。勇者の奴が、ガンガンと切り開いてくれたはいいが、人ひとりが通るのがやっとという感じである。


 どうしてこんなに森が育ったのか、ちょっと不思議じゃのう。

 昔はこんなではなかったのに。


「世界、温暖化という奴かのう」


「火炎魔法の使い過ぎですかね」


 比較的習得が容易な火炎魔法。それを人間たちが使いすぎることにより、今、世界が全体的に温暖化しているという学説じゃ。その影響により、森の生育にも影響が出ているというのが、もっぱらここ十年言われておる。


 魔王城周辺の木々の急激な生育もそれが原因じゃろうか。

 だとしたら、北の果てにある氷の大地を、ワシの魔力でちょっと大きくしてやる必要があるかもしれんのう。


 やれやれ、世界の半分といいつつ、全体を管理する魔王は辛いのう。


「あ、あれ、勇者さんじゃ?」


 悪魔神官が指を向ける。

 するとその方向には、木の前で呆然と立ち尽くす勇者の姿があった。

 いや、それだけではない――。


「誰じゃ隣に居るのは?」


 勇者の隣には、水色の服に身を包んだ、朱色の髪の毛をした女がおった。

 なんじゃろう――この世界には居ってはいかん、そんな女の子じゃ。

 具体的には、世界観が違うというか、ゲームのジャンルが違うというか、作っている会社が違うというか、権利関係がうるさいというか。


 そういう感じじゃ。


 まずい、と、ワシはそんな女と勇者が一緒に居ることに危機感を覚えた。


「勇者よ何をしておるんじゃ!! 返事をせんから心配したんじゃぞ!!」


「……爺さん」


「勇者ちゃん、このお爺さんは?」


 喋った。

 朱色の髪をした女がおもむろに喋った。いや人間だしそりゃ喋るか。

 しかしながらなんというか、全体的に古臭い感じの顔をした娘じゃのう。なんちゅーか、色の数が256色しかなさそうな、そんな感じがする。


 あと、あれじゃ、足りない色をドットの配列で補完している、職人技的な感じのする女じゃ。ちょっと怖い。


 そんな女は、目をぱちくりとさせて、不安そうに手を胸元にあげた。

 彼女をかばうように、勇者がワシらの前に立つ。


「紹介しよう魔王の爺さん。彼女は――俺のマイスイートハート、SA・O・RI!!」


「マイスイートハート!!」


「SA・O・RI!!」


 ワシと悪魔神官に衝撃が走った。

 何を言っとるのじゃ、この勇者はと、衝撃が走った。


「森を切り開いている途中で俺は偶然見つけたんだ。この、【伝説の木下でんせつのきのした】を!!」


「伝説の!!」


「木下!!」


【キーワード 伝説の木下でんせつのきのした: 草履取りから初めて人臣位を極めし者が、手ずから植えた木が成長してモンスター(トレント)化したもの。その木の下で告白すると、理想の彼女が出てくる(幻覚)ということで有名】


 なんと、そんなレアモンスターが魔王城の裏で育っておったとは。


 迂闊。迂闊であった。


 というか、勇者よ。

 それ、幻覚なのによいのか――。


「長いこと男やもめだから!! 幻覚でも理想の女なら問題ないぜ!!」


「お主、ほんと、そういう所、ちょっと拗らせておるよね」


 いまさらであった。


 まぁ、勇者はワシに裏切ってからこっち、基本的に人からは信頼されておらんからのう。仕方ないっちゃ、仕方ないかもしれなかった。


 しかし、伝説の木下か……。


「爺さん!! 爺さんもあれだ!! 男やもめが長いんだろう!!」


「長いのう」


「ヤング雑誌で好きなのは、なんだかんだでラブコメ系なんだろう」


「きゅんきゅんするのがいいのう。いつまでたっても、恋は人を若い気持ちにさせてくれるからのう――って、コラーっ!! 性癖を暴露するな!!」


「だったら、こっち側に来いよ爺さん!! 爺さんも、理想の彼女を、伝説の木下にお願いするんだよ!!」


 えー。

 お願いしちゃうのー。

 理想の彼女を、伝説の木下でー。

 告白しちゃうのー。


 やぶさかではなーい。

 ワシ、やぶさかではなーい。


「じゃぁ、街の貧乏食堂で働いている、おっぱいの大きい清純派アラサー系女子、ちょい化粧薄目の天然美人でお願いします」


「具体的ですね魔王さま!!」


「婆が婆じゃったからのう。これくらい夢見ても罰はあたらんじゃろう」


 ちなみにワシの嫁さん――こと婆は、物理的にも精神的にも鬼でした。

 そんな嫁からまともな息子が生まれて、ワシ歓喜でした。


 そして、そんな鬼嫁に振り回された結婚生活は――。

 結婚生活は――。


「ときめきの記憶メモリアルがないんじゃぁ!!」


「魔王さま!?」


「新婚ほやほや感も、結婚までのどきどき感も、なかったんじゃぁ!!」


「そうだったんですか魔王さま!?」


「……ウホ、ウホホ、オレ、オマエ、スキ!! コドモ、ツクル!! で、結婚、出産、魔王就任のスピード結婚だったんじゃ!!」


「というかマスオさんだったんですか魔王さま!?」


 昔は今ほど恋愛結婚に理解がなかったんじゃ。


 家と家とのつながりのために、結婚というのはするものだったんじゃ。

 そういうものだから、仕方が、仕方がなくって――。


「ちゃんとした恋愛を、爺もしたかったんじゃー!! というわけで、伝説の木下!! 理想の彼女ちゃんを、ワシにもプリーズして、ギブミー!!」


 ぼわん、と、伝説の木下に煙が立ち込める。


 するとそこにワシが妄想した通りの、黒髪美人ちょい化粧薄目のボインウェイトレスちゃんが現れたのじゃった。


 ひゃっほー、青春派じゃー。

 体つきはどエロいけど、清純派な感じじゃー。


「ふふふっ、魔王さんたら、もう、そんなじろじろ見ないでくださいよ」


「ほぉん、変な声がでちゃう!! 性癖を確実に抉りに来てるのじゃ!!」


「たまらんだろう爺さん!!」


「たまらん!!」


「たまらんだろう!!」


「たまらん!! あと、これ、ネタ的に大丈夫かのう――」


 でへでへへと、理想の彼女ちゃんといちゃいちゃするワシ。


 わー、これ、幻覚なのに、胸を触れてる感じとか、いい香りとかちゃんとして、なんか近未来感が半端ない。


 どういったらいいのか。

 強いて言うなら――3Dカスタム少女なのじゃー。

 3Dの女の子といちゃいちゃする未来が、すぐそこまでなのじゃ―。


【ゆうしゃとまおうが なさけないかおで きんみらいをみている】


「とりゃぁああああっ!!」


 と、そんな風に悦っているところに、突然、悪魔神官の声が響いた。

 ワシが放り出した斧を手にして――伝説の木下に斬りかかっていた。

 ざっくり、根元から切り落とされる伝説の木下。


 それと同時に、ワシらの前に現れた理想の彼女は、霧散した。


「の、のわぁあああああっ!!」


「悪魔神官ちゃん!! 何をいったいしてくれるの!!」


「しっかりしてください!! 魔王さま!! そして、勇者さま!!」


 悪魔神官がちょっと怒った声でワシらに言う。


 いつもだったら、おどおどと、こちらの言うことやることに文句を言わないでついてきてくれる彼女が、今日はどうしてちょっとお怒りのご様子。


 悪魔姫騎士に強く出るのは知ってたけど、ワシらにも強く出れるのね。

 たくましくなってきてくれて上司として嬉しいけれど――いいところを邪魔されたのは、ちょっと心外です。


 まぁ、それはさておき。


「理想の彼女も結構ですが、現実を見ないと幸せは掴めません!!」


「……現実」


「……見る」


「妄想は妄想!! ちゃんとそこは切り分けてください!! いい大人なんですから!!」


 流石はちゃんとした彼女が居る悪魔神官ちゃんじゃ。

 言うことがとても説得力があった。

 女の子同士じゃが説得力があった。


 ほら、今、そういうのってうるさいから――愛があればいいじゃない?

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